第53話 召喚獣暴走

 そうして、しばらくの間は平穏な日常が続いた。

 ここ最近は淫乱ピンクも普通に授業に出ているようだ。前と比べて少しは精神的に安定しているのか、笑顔で『男子生徒と』会話しているのも見られるとか。いい加減、女友達を作ればいいのに。

 オスカル殿下とはもう会っている様子もなく、時折、彼女が暗い表情でジュリエッタを見つめてくる以外は何も不穏な感じはなかった。


 そうしてやってきた、剣術大会の当日。

 剣術大会といっても、純粋に剣技だけで腕を競うわけではない、らしい。考えてみれば、魔法騎士という名称からしてもそれは当然だったが、実際に目にしてみると派手だ。

 飛び交う掛け声、潰されている刃だとはいえ、まともに喰らえば怪我をするだろう剣がぶつかり合い、魔法によって造られた輝く盾、共に戦う召喚獣の呼び出し、と次から次へと息つく暇もない。

 体育祭と同じく、また空中に造られた競技場で行われることになったが、前回の魔蟲襲撃の一件があったため、警備が厳重になっていた。前回より外部からの入場者は制限され、出店は少ない。

 それでも、未来性のある魔法騎士をスカウトしておきたい人間が少なからずやってきて、どこかの騎士団に属しているらしい偉そうな風貌の連中も多かった。

 俺はダミアノじいさんの傍にいたけれど、途中で俺を見かけたジュリエッタとジーナに呼び止められ、じいさんに送り出されて彼女たちと一緒に行動している。もちろん、足元にはケルベロス君がいた。

 ただ、いつもの作業服みたいな黒いシャツと黒いズボンは駄目出しされ、ジュリエッタさんの部屋に引っ張り込まれて着替えさせられた後である。というわけで、今の俺はダフネみたいに貴族に付き従う使用人らしい、落ち着いた感じの紺色のベストとスカートという格好だ。

 そうして、のんびりと貴族が使用できる個室のボックス席とやらに入って椅子に座っていた。


 テーブルの上には、ダフネが用意してくれたお茶の入った水筒とカップ、軽食やお菓子まで並んでいて至れり尽くせりである。ダフネも個室に控えていて、さりげなく色々やってくれる。うん、見習おう。俺は生徒じゃないわけだし。

 午前中はまだウォーミングアップみたいな試合が多く、弱い生徒はあっさり敗退し、強い生徒だけが次の試合に進んだ。ラウール殿下もその流れで次に進んでいるが、とりあえず気にしないことにした。

 まあ、一応、応援には来てやったということで感謝してもらおうじゃないか。


 ……あれ、応援? してないな。


 昼食はさすがにジュリエッタはヴァレンティーノ殿下と一緒に取るようなので別々となる。俺がジーナと一緒に屋台を覗き、色々食べ歩きして満足した後に剣術大会の午後の部へと突入した。


「やっぱりラウール殿下と仲いいのね」

 個室席に戻り、ジュリエッタがそう言いながら笑う。

 俺はげっそりしつつ首を首を傾げる。しかし、ちょっと高い位置にあるこの個室にいる俺の姿を目ざとく見つけ、遠い場所からラウール殿下が大きく手を振ってくるのだ。イケメン王子に含まれるであろう彼がそんなことをすると、否が応でも目立つ。

 俺たちがいる個室へと、誰がいるんだと興味津々の視線も色々なところから飛んでくる。いい迷惑である。

「断らなかったの?」

 ジーナが俺に耳打ちして、不承不承頷く。

「色々ありまして……」

「リカルド先生は怒ってない?」

「先生が怒ってるのはいつものことなので慣れてます」

「可愛そうに」


 ――どっちが!?


 俺は半目になりつつジーナを睨むが、彼女は気にした様子もなく笑っている。


「召喚獣って格好いいですね」

 それより、俺が気になっているのはコレである!

 魔法騎士科の生徒たちがそれぞれ、試合中に呼び出す獣は様々だが、皆、格好いい。たまに可愛いフォルムのものも混ざっているが、大体は強そうな獣である。巨大な狼のような生き物だったり、熊のようでもあったり、大蛇や大きな鳥の場合もある。

 生徒たちは呼び出した召喚獣に身を守ってもらったり、相手の隙を作るために攻撃させたりするが、あくまでも剣で戦うのが主なのでそれは補助的なものだ。それでも、見た目が格好いいと観客席から歓声が上がるし盛り上がる。

 俺も幾度も声を上げた。しかし、たまにケルベロス君がすねたように吠えるので、お前たちが一番だよ、とその三つの頭を撫でておくのは忘れない。

「強い召喚獣を呼べるのは、魔力の強さが反映しているものね。やっぱり、最終的には王家の人間が争うことになるかしら」

 ジュリエッタがそう言いつつ、ふと視線を競技場の隅にとめた。

 そこには、ヴァレンティーノ殿下とその学友らしき少年の姿があった。あの赤毛も一緒だ。

 魔法騎士科の友人の応援なのか、今日はヴァレンティーノ殿下はそちらに付き添っているようで、ジュリエッタのそばにはなかなか来れないようだ。たまに殿下もジュリエッタに手を振って見せているから、気を遣っているのは間違いない。


 そして、そんな彼らに近寄る悪魔――もとい、淫乱ピンク。

 俺もジュリエッタもそれを見て顔が強張ったが、淫乱ピンクはどうやら出場するその学友の応援の声賭けだけが用事だったのか、それほど時間はかからずにその場を離れていく。

 声をかけられた少年はどことなく困惑している。何か一言二言、殿下に言った後、少年は競技場の中央へと進んだ。緊張しているらしく、剣の柄に置かれた手が震えているのが遠めでも解る。


「ラウール殿下が対戦相手なんですね」

 ジーナがこれは分が悪そうだ、と言下に伝えてくる。午前中の試合を見ただけでも、ラウール殿下の剣の腕は確かだというのは俺にも解る。多少魔力のコントロールが怪しそうだが、魔力自体も強いのは間違いない。

「別に負けても問題はないですよね?」

 俺がそうジュリエッタに顔を向けると、彼女は曖昧に頷いた。

「まあ、後はプライドの問題でしょう」

 ――まあ、そうか。

 ヴァレンティーノ殿下の側近候補ともなれば、少なくとも、格好悪い負け方だけは避けないといけないだろうしな。沽券にかかわるといったところか。


 そんなことを考えていると、競技場の中央近くに立った二人が頭を下げ、審判らしき先生に色々何か言われた後に開始位置まで下がった。

 合図と同時に剣を抜き、試合が始まる。


 まあ、早い話が、いいところを見せたいのはラウール殿下の方が上だったのかもしれない。何だか妙に大きな仕草で剣を振りかぶり、剣に魔法による強化を加えたらしい。バチバチと火花を散らす剣、呼び出される召喚獣。

 巨大な六本足、鱗の生えた肌、背中に広がった翼。魔獣とも呼べそうな、なかなか凶悪な姿。

 対してヴァレンティーノ殿下のご学友が呼び出したのは、恐竜の一種みたいな巨大な鳥である。その鳥は口から炎を吐き、威嚇する。

「派手ですねえ」

 ジーナが心から感心したようにそう呟き、胸の前で手を組んでいる。

 ラウール殿下も空気を読んだのか、一撃必殺、というわけではなく、相手に多少の花を持たせてやるくらいの意識はあったらしい。幾度か流れるような動きで剣を切り結び、お互いの召喚獣を戦わせ、会場を沸かせた。


 しかし、異変が起きたのはその直後。


 ご学友が呼び出した召喚獣が、ラウール殿下の呼び出した召喚獣に攻撃された弾みなのだろうか、凄まじい雄たけびを上げつつ炎を辺りにまき散らす。下手に飛び回る召喚獣であったのが災いして、観客席にまでその炎は届きそうだった。

 生徒たちから上がる悲鳴と、審判の先生が手を挙げて何か言ったその瞬間。


 その巨大な鳥はまるで激痛に悶えるように身体をくねらせ、競技場の上を四方八方飛び回る。

 呼び出した少年がそれを制御しようと手を挙げて何か魔法を使ったようだったが、その返事は彼を攻撃する炎として返ってきた。

 さらに、その巨大な鳥はぐるぐると円を描くように飛びまわり、少しずつ観客席を攻撃し始めた。


「ジュリエッタ様、安全な場所へ」

 俺は素早く辺りを見回す。いくら個室とはいえ、ガラスなどない、ただの箱だ。盾となるものはここにはない。

「殿下は?」

 ジュリエッタが緊張した様子で会場を見回し、ヴァレンティーノ殿下の姿を探す。しかし、それどころじゃない、と俺は彼女の腕を引いた。


 巨大な鳥は、急に俺たちの方向へ飛んできたのだ。

「ダフネさん!」

 俺のその叫びに、ダフネが素早くジュリエッタを身を挺して庇い、避難経路を探してそちらへ足を向ける。それに続けとジーナに俺が合図すると、「リヴィアはどうするの」と震える声が飛んできた。


 俺の足元にいたケルベロス君が、「いつでもいけるぜ!」的な、キラキラした目をこちらに向けている。

 俺は背中側のベルトの間に差していた短剣に手をやった。幽霊からもらった、意志のある短剣。どうやらそいつも、「俺はやるぜ!」的な雰囲気をばしばし放っている。


「久しぶりに、わたしの見せ場がやってきたみたいです」

 俺はジーナにそう微笑みかけると、鞘から短剣を抜いて、個室から飛び出そうと前に出たのだった。

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