第41話 襲撃イベントが始まった

 午前中の競技は、俺も前世で見たような緩いものが多かった。

 単純な短距離走、障害物競争――ただこれは、途中の障害物が魔法で作られたトラップを解除して進むというもの――、魔法を使って壊れやすいガラス細工を運んだりするもの。

 上級生も下級生もなく、ランダムでチーム分けされて競うのがグラマンティの体育祭スタイルのようだ。そして、誰もが全ての競技に参加するわけではなく、これもまたランダムに選ばれる。

 楽な競技に参加するのが決まって喜ぶ生徒もいれば、派手な競技に出られずに悔しい思いをする生徒もいる。まあ、自分の格好いいところを見せるにはいい機会だし、新しい友人を作るというのもイベントの一つらしい。

 友人だけじゃなく、恋人同士になるのも結構あるんだとか。いいですねえ、青春で。いや別に、嫉妬しているわけじゃないですよ?


 という、心にちょっとした闇を抱えつつも、俺はそれなりに体育祭の観戦を楽しんでいた。

 体育祭の本番とも言える、派手な競技は午後にある。何となくなんだが、魔蟲襲撃イベントとやらが起きる時間というのは、そういう派手な競技中なんじゃないだろうかと予想してしまう。

 万が一のことも考えて、リカルド先生は朝からずっと淫乱ピンクの周りを監視しているらしい。そのおかげで俺たちはのんびりできてありがたい。遠くから拝んでおこう。


「……疲れる」

 昼食の時、ぐったりとしたリカルド先生が炎の塔の地下にやってきた。ずっと緊張感を持って動いているんだから、心中お察しします、って感じだ。

 かわいそうなので、出店で買ってきたおつまみやら、俺が作った料理やらを出して労っておく。デザートは、これもまた出店で買ったドーナツやらクレープやらを並べておく。どれも小さめだから浮かれて買い込んだらとんでもない量になっている。

「……楽しそうで何よりだな?」

 リカルド先生の恨めし気な視線は気にしない。

 ダミアノじいさんも気にしていない。

 美味いなあ、と食べるのみである。

「まあ、いい。午後は導師も私の近くで待機してもらう。必然的にお前もな」

 やがてリカルド先生が疲れたように言い、俺はそれに頷いたのだった。


 午後の一大イベントは、飛行獣の召喚。

 魔力が強ければ強いほど、凄い獣を召喚できるようだ。空を飛ぶ獣を呼び、その背中に乗ってグラマンティの街の空をぐるりと回って帰ってくる、というタイムを競う競技。それはスタジアムの空に魔法で作られた映画のスクリーンみたいなところに映し出され、盛り上がるのが間違いないというもの。

 これもグループ分けされての競技なので、貴族の連中がトップで帰ってきても、集計されるまで結果は解らない。何かと一波乱ありそうな感じでもある。


 ヴァレンティーノ殿下も、淫乱ピンクも、ジュリエッタも参加する。リカルド先生の弟とやら、オスカル殿下も出るようだ。

 俺はダミアノじいさんと一緒に会場入りし、参加者の皆を少し離れた場所で見守っている。リカルド先生も俺たちのそばにいて、魔蟲が現れたらすぐに対応できるように待機。


 そして、見ごたえのある飛行獣の競技が始まった。


 競技場に集まった生徒たちが、次々と魔法を使い、何もないところに魔方陣を描く。そこから現れた獣は、巨大な鳥が多い。しかし、そのどれもが大きさも種族も違う。グリフォンのような獣もいるし、貴族連中が呼んだ中にはドラゴンらしきものもいる。

 召喚した獣に鞍のようなものを付け、次々と乗っていく生徒たち。皆、とても楽しそうだ。

 すげー格好いい、と俺がテンションを上げていると、足元で寝転がっていたケルベロス君がちょっとだけすねたように俺を見る。目つきが可愛かったので撫でておいた。


「生徒たちはグラマンティの外れの中継点に向かいます」

 女性の声でアナウンスが会場に響き渡る。聞き覚えのある幼い声は、夜中、学園の見回りをしていた見た目だけ幼女のミレーヌ先生だろう。

「中継点には、教師のアンナマリア先生が待機しています」

 そう言った直後、空に浮かび上がったスクリーンに、小麦色の肌をした活発的な先生、アンナマリア先生がカメラを意識した目線でポーズを決め、手を振っているのが映し出されている。

 彼女は小さな青いドラゴンの背に乗っている。ドラゴンには口輪のようなものがつけてあり、手綱を持った状態で鞍の上に立つという、何とも雄々しい姿だ。

 しかし、彼女のトレードマークである金色のポニーテールが風に揺れ、派手な顔立ちもあってとても魅力的な女性に見せていた。

「アンナマリア先生の手から、中継点通過の証である魔法玉が渡されます。それを受け取って、帰ってくるのがこの競技です。皆さん、どうぞ応援してくださいね!」

 その言葉の後、アンナマリア先生の手のひらの上に、無数の光り輝く玉が現れる。見た目だけなら七つ集めたら願い事が叶うような玉のようにも見えた。

 観客席にいる生徒も随分と盛り上がっていて、それぞれ歓声を上げている。

 どこにカメラ――魔道具?――があるんだか解らないが、スクリーンにはいい角度で映し出される生徒たちがいて、次々とカメラが切り替わった。

 獣の凄まじい羽音、風の唸り声、獣の叫び声ですら聞こえて空気を震わす。


「生徒の魔法による妨害は禁止されています」

 ミレーヌ先生のアナウンスは続く。「しかし、獣同士がぶつかり合うことはよくあること。身を守る魔法も、これまで学んできたはずです。生徒たちの学習の成果をご覧ください」


 その言葉の通り、大空を翔る獣たちは時折、近くを飛ぶ他の獣の邪魔をする。我先にと羽ばたく獣たちの猛々しさは、勇猛でもある。

 防御魔法が飛び交い、その魔法の光が辺りを照らす。

 そして、先頭の辺りを飛ぶ生徒たちの姿が映し出された。


 巨大な白いドラゴンに乗ったヴァレンティーノ殿下、これもまた巨大な白い鳥に乗った淫乱ピンク、その取り巻きみたいな貴族連中。見事なまでに見覚えのある生徒たちが多かった。

 その少し後ろに、ジュリエッタの姿もある。ジュリエッタが呼び出したのは、他の生徒たちよりも小さめのドラゴンのようだった。黒い鱗に大きな翼、細めではあるけれどしなやかな躰。

 本当にたまにだが、淫乱ピンクの乗った鳥がバランスを崩してスピードを落とし、ジュリエッタの飛行を邪魔している。

 しかし、ジュリエッタの乗った小さなドラゴンは、躰が小さいから小回りが利くのかもしれない。あっさりとその邪魔を躱し、ぐいぐいと前に進む。時折、ヴィヴィアンの前に出ることもある。

 ジュリエッタさん格好いい。


 グリフォンらしき獣に乗ったラウール殿下もその後に続いているが、正直、どうでもいいからジュリエッタさんを映してくれ。


 そして、先頭グループがアンナマリア先生のところに突っ込んでいく。

 アンナマリア先生の手の平の上から、オレンジ色の玉が放たれ、それを次々と生徒たちが手を伸ばして掴む。そして、またスタジアムへと戻っていくのだ。

 ここまで、あっという間に進んで。


 たくさんの生徒が玉を手に入れて戻り始めた後、僅かに空が曇り始める。

 夕立が降る時のように、雲が分厚く膨れ上がり、流されてくる。


 ああ、ヤバいな、と思った瞬間だ。


 その雲の合間から、見覚えのある黒い霧が吹き出してきた。いつも以上に濃い瘴気。コールタールみたいにねばついているのが見て解る、その空気の流れ。

 魔蟲が生まれる時の前兆である。


 異変に気付いた生徒たちが、観客席で悲鳴を上げる。それを必死になだめようとする教師たちの姿。混乱が生まれ始めていた。


「とうとう始まったぞい」

 俺の横でダミアノじいさんが言い、首をぐるぐると回してぼきぼきと音を立てる。腕まくりをして、今すぐにでも突撃しようとする態勢を取った。年の割に勇ましい。

 リカルド先生も表情を強張らせ、辺りにいた他の教師、塔の管理人たちに叫ぶ。

「魔蟲に警戒してください! 生徒の安全を確保するように! 動けるものは魔蟲の討伐へ!」

 俺もケルベロス君の背中を軽く叩いて、これから出陣だぞ、と合図を送る。すると、待ってましたと言わんばかりに三匹の顔がこちらを向いた。

 ケルベロス君は翼はなくても凄まじい跳躍力を持っている。俺の願った通りに地面を蹴り、空中戦に参加できるだろう。

 しかし。


「ここはわしの見せ場じゃ! リヴィアはできるだけ下がっておるとよいぞ!」

 と、ダミアノじいさんがその枯れ木のような腕を突き出し、白く輝く魔方陣を描く。そして、巨大な黒いドラゴンを召喚した。


 えええ……、マジっすか。

 俺の見せ場はどこだ。せっかく動きやすい格好をしてきたのに。


 そう顔を強張らせたが、いや、その方がジュリエッタを守れるだろうと思い直し、ケルベロス君の背中に乗ったのだった。もふもふの背中、気持ちいい。よし、頑張ろうじゃないか。

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