第40話 体育祭

 というわけで、やってきました体育祭。

 結構準備が大変でした。俺じゃなくてグラマンティ魔法学園の先生方が。

 体育祭ってどこでやるんだと最初は不思議に思っていたのだが、先生方が魔法で空の上に会場を作ると知って、さらに驚いた。

 そして今、中庭の上に期間限定で巨大なサッカースタジアムみたいなものが出来上がっている。広い校庭みたいなところをぐるりと取り巻く観客席、雨が降った時のために観客席の上には雨避けもついている。

 一般席以外にも、ボックス席みたいなところがたくさんあって、どうやらそこには貴族の関係者が入ることになるらしい。つまり、体育祭は生徒の親も見にやってくるということだ。

 だが、さすがに王族の身内が来ることはない。防犯上のことも考えれば、それはとてもありがたいと思う。


 食事のために食堂ももちろん解放されるものの、期間限定スタジアムの下、中庭にはグラマンティの街からやってきた飲食店の出店や、お土産などを販売する露天商も並ぶ。ちょっとしたお祭りである。

 塔の管理人たちは、その出店関係者の設置手伝い、期間中の掃除なども行う。本当ならば俺も皆に混じって働くところなのだが、ダミアノじいさんやリカルド先生から勝手に動くなと言われて行動範囲は制限されていた。

 基本的にはじいさんの横でささやかに手伝いをしているか、ケルベロス君たちに姿を隠してもらいつつの体育祭観戦、というありがたい立場だ。


 体育祭は基本的に魔法科の人間の見せ場であり、魔法騎士科の人間はその翌日に行われる剣術大会が見せ場である。二日間のこのお祭りは、関係者ではなくても入場料を払えば見ることができる。

 ここで、将来有望と思われる人材が、どこかの騎士団やギルドに引き抜かれることもあるんだとか。そのため、貴族ではない生徒の盛り上がりは凄いらしい。そりゃそうだ、卒業後の生活がかかっているんだから。


 他人にかまけている余裕がない生徒たちもいれば、貴族連中のように体育祭は手抜きでいいや、と思っている者もいる。

 しかし、見栄っ張りな王族、貴族なんかは平民よりも自分たちの方が優秀だと見せつけるみたいに本気でやるようだ。魔力が強いんだから、そりゃ無双できるだろ、って話だ。ちょっと迷惑。


 というわけで、先生方にちょっと警戒されている連中もちらほらと見受けられた。問題児が多いそうだからな、今年は。


 ダミアノじいさんや俺は、朝一番から出店関係者の搬入の手伝いを行っていた。次々に設置されていく出店を見ると、前世の花火大会とかを思い出す。

 並んでいる料理も、ケバブや串焼き、クレープみたいなデザートといった感じで食べてみたいものばかりだ。ありがたいことに、貴族連中はこういった出店には下賤だとか言って興味を持たないらしいので、俺も姿を見せて買い食いできそうだな、とそわそわしている。


「一言言わせていただいてよろしいでしょうか。殿下は馬鹿なんですか?」

「発言許してないだろ。ってか、殴るぞ」

「蹴りを入れてから言わないでください」

 そんな会話をしつつ、生徒や保護者たちで賑わう出店の前、中庭の片隅で言い合っているのは俺の一番の天敵になるかもしれないラウール殿下とブルーハワイである。

 細マッチョ系イケメンの殿下と、小柄な小動物系、頭が地球上の生物の色ではないブルーハワイが中庭の片隅でじゃれている様子は、間違いなく他の生徒の目を引いているらしい。何か笑いながらその脇をすり抜けている生徒の姿も多い。

「陛下が何も問題を起こすなっておっしゃってましたよね?」

 蹴られた腹を押さえつつ、噛みつくように言うブルーハワイ。

「まだ起こしてないだろ」

 片頬で馬鹿にしたように笑う強気な男、ラウール殿下。

 前に俺に声をかけてきた時なんかは、凄く好青年っぽく見せていたくせに、本性はどうやらこっちらしい。胡散臭い笑顔よりはマシかもしれないが……いや、そんなのはどうでもいいか。

 いかにも悪友といった感じで言い合いが続く彼らだが、やっぱりブルーハワイの方が形勢不利のようだ。

「問題ならもう充分起こしてるじゃないですか! 国交問題を起こすつもりでしょうか!? あなたが喧嘩を売ったのは、レオーニ王国の次期国王ですよね!?」

「うるせえ。黙れ」

「ここで黙ったら、飼い主に忠実で可愛いなあ、馬鹿犬、とか言うでしょう!?」

「ああ、言うとも。学習能力があることは褒めてやる」


 俺は中庭の片隅で、ケルベロス君を腕に抱いて身を隠している。その上で、彼らの会話を盗み聞きしているわけだ。

 俺の隣にはダミアノじいさんもいて、同じ会話を聞いている。その視線は出店に向いていて色々質問も自然な様子でしているから、盗み聞きしているとは相手に解らないだろう。

「あれが一番の問題児かのう」

 出店の前を離れながら、隣を歩く俺に向けてそう呟く。「相変わらず、あの脳の中が筋肉の殿下はお主を探しているようじゃぞ?」

「いい迷惑ですね」

 そう小声で返しながら、小さくため息をつく。

 体育祭が始まるまでまだ少し時間はある。準備は終わっているので、俺たち学園関係者は僅かな休憩時間というわけだ。

 だが、魔蟲襲撃イベントとやらがいつ起こるか解らないから、俺もじいさんも気は抜けない。


「……見張っている奴がおるぞい」

 ダミアノじいさんは足をとめず、辺りの屋台を興味津津といった目つきで眺めながら、ぼそりと言う。

 そう言われて俺も辺りを見回してみれば、ラウール殿下とブルーハワイの様子を遠巻きに見つめている双眸があることに気づく。

 並んだ出店から少し離れたところに立っている少年。痩せた赤毛の男で、魔法騎士科の制服を着ている。名前は知らないが、確かヴァレンティーノ殿下の取り巻きの男だった気がする。彼の姿も、少し前の『肝試し』とやらの場にいたと思う。

 なるほど。

 俺の知らない間に、ラウール殿下とやらがヴァレンティーノ殿下に喧嘩を売って、何か起こりそうだからヴァレンティーノ殿下の友人が見張っている、という図なのか。


 ってか、何やってんだこいつら。


 体育祭が始まる直前になると、次々に生徒が空中のスタジアムへと向かう。色々なところに、魔法によって作られた透明なエレベーターみたいなものが設置されている。床だけしかないエレベーターに乗る生徒たちの姿は、皆楽しそうだ。

 っていうか、俺も乗ってみたいなあ、と遠巻きに見つめていると、俺の視線の先にジュリエッタとジーナ、マゾ仲間たちが楽しそうに笑いながら歩いていくのが見えた。

 いつもの制服じゃなく、身動きの取りやすい白いシャツと、紺色のキュロットスカート、細身の黒いロングブーツは彼女たちにとてもよく似合っている。動くときに邪魔にならないように、マントはいつもより短いタイプを使っているようだ。

 似合うなあ、とじっと見つめていると、また別の姿が目に入る。


「頑張りましょうね、ヴァレンティーノ様!」

 もちろんそれはヴィヴィアンである。

 ヴァレンティーノ殿下は他の友人たちと一緒に歩いていたのに、彼の姿を見つけたらすぐに駆け寄るその淫乱ピンクの姿は、あざといを通り越してちょっと怖い。すげえ必死だな、って解る。

 可愛らしく笑いながら、ぎゅっと拳を作る彼女と、それを微笑ましく見守る殿下の友人たち。

 彼らは気づいていないんだろうか。淫乱ピンク、女友達が全然いないんだぜ? いつも男子生徒と一緒にいるため、女生徒と話をすることも少ないんだ。

 目に見える地雷ってこういうヤツのことだぞ?


「怪我がないよう頑張ろう」

 ヴァレンティーノ殿下は穏やかに笑い、そう淫乱ピンクに声をかける。でも少しだけ、おや、と思ったことがある。俺が思っていたよりもずっと、殿下の声は静かだ。優しい声音に熱は感じられず、どこか打算的な何かを含んでいるように思える。

 しかし、淫乱ピンクは辺りの視線など気にした様子もなく、殿下の腕に自分の腕を絡ませ、浮かれたように歩く。


 そして少しだけ、殿下が目を細めてそのピンク頭を見下ろした後、疲れたように顔を上げ、遠くにジュリエッタの姿を見つけて唇を噛む。

 ジュリエッタは俺たちの事前の打ち合わせ通り、殿下たちのことを気づいていない風を装っている。ジーナたちと談笑し、体育祭を心から楽しんでいるように誰からも見えると思う。そしてその笑顔は、演技ではない。

 ジュリエッタは『逃げる場所』を見つけてしまったのだから、気が楽になっている。だからこそ、余裕を見せていられる。笑っていられる。そこに嘘はなかった。


 だが、淫乱ピンクはそこでヴァレンティーノ殿下の視線の先を追って、その顔を強張らせていた。その顔に余裕はなく、それでも必死に笑おうとして失敗していた。


「若いっていいのう」

 お気楽なのはダミアノじいさんだけかもしれない。ふぉっふぉっふぉ、と笑い声を上げ、買ったクレープに食らいつく彼を、俺はちょっと羨ましく思いながら見上げた。


 そんな感じの、嵐の前の静けさ、だった。

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