第33話 学園長は不良物件を押し付けたい
リカルド先生がちょっと早めにダミアノじいさんの部屋に姿を見せたのは、話があったかららしい。
俺の女装――女装?――に驚いた様子を見せた後、我に返ったのか彼は「これから少しだけ時間をもらえるか?」と訊いてきた。
まあ、別に夕飯を作るくらいしか予定はないから、それに頷く。
どうやら、グラマンティ学園長が俺に会いたいと言っているらしい。だからリカルド先生に促され、学園長室へ向かうことにした。
学園長室は、本館と呼ばれる小さな建物にある。学園長――セヴェリアーノ・グラマンティは色々な国を訪ねていたり、街の管理をするために外出していることが多く、この学園ではレアキャラみたいな扱いのようだ。
マントを着ていない俺は――ジュリエッタさんに駄目出しされたからな!――、傍らにケルベロス君を連れ、リカルド先生に案内されるまま学園長室へと向かう。姿を消しているから生徒の誰も俺に気づくことなく、中庭を通り過ぎてあっさりと目的地に到着することができる。
静かな廊下を歩き、目的地に着く。
目の前にある学園長室の扉はとんでもなく大きく、分厚く、堅牢だ。というか、本館の建物が全体的にそんな造りなのだ。他の塔と比べても、
リカルド先生がその扉の前に立って、「失礼します」と声をかけるだけで自動でそれは開き、居心地の良さそうな家具と本棚に囲まれた、本好きの人間にはたまらないだろうと思われる落ち着いた空間がそこに現れた。
「急に悪いね」
大きな机、重厚そうな革張りの椅子。そこに座っていた白髪の男性がにこやかな笑顔で立ち上がり、俺たちを迎えてくれる。白髪だからそこそこ年齢がいってそうなのだが、健康的な肌と若々しい体つき、張りのある声。まさに年齢不詳である。まあ、多少、広いおでこが気になるが。
鋭い顔つきをしていて、鍛えられたがっちりとした肉体とその油断ならない目つきから武人といってもいいくらいだ。単なる魔法使いとは思えない何かが彼には感じられた。
リカルド先生が彼に向かって頭を下げたので、俺もそれに続いて真似をする。
「時間がもったいないから手早く言うが、君は私と主従契約をするつもりはないかね?」
――おお?
俺はびっくりして身を引いた。
「以前、君にはダミアノ先生を通して会ったことがある。だが、あの時は私もお手上げ状態になってしまうほど、君は酷かった」
――えっ。
「本当に酷かった」
重要なことだから二回言うんですかね? 俺は顔を引きつらせつつ、そっと横目でリカルド先生を見やる。すると、苦々しい顔で学園長を見ている彼の横顔があった。
「色々なところから今年の問題児の報告が上がってきていてね」
そう言いながら、学園長は椅子に腰を下ろし、足を組んだ。この世界の住人は大体スタイルいいし、足が長い。俺はその組まれた足を見て、素直にすげえなあ、とか思いながら彼の話を無言で聞く。
「君という存在が彼らに見つかれば、面倒なことになるだろうから、先手を打っておこうかと思ったのだよ」
「失礼ながら、学園長」
リカルド先生がそこで軽く手を上げ、低く訊いた。「戦力を持たないとされているこの街で、そのトップであるあなた様が神具を持つのはどうかと思うのですが」
「バレなければ大丈夫だろう」
「学園長?」
はっはっは、と笑う学園長の顔は、妙に若々しく輝いているように見える。
「それにな」
学園長が意味深に唇を歪め、リカルド先生を見つめた。「ここ最近、私がライモンド王国を訪れていたのは君も知っての通りだろう?」
「はい。ライモンド王国の……魔法騎士団の視察ですよね?」
リカルド先生はそこで顔を顰め、厭な予感がすると言いたげに息を吐いた。
「あの国の王が持っている神具があるだろう? 先見の杖という、未来を予言する神具」
「……はい」
「そこで色々言われてね。我々が何をしたとしても、何を隠そうとしても、秘密は明かされると言われたよ。はっきりとは言われなかったが、ずっとダミアノ先生が隠し持っていた神具だがね、どうも誰かのものになるようだ」
「それは」
どういう意味でしょうか。
俺は眉根を寄せ、じっと学園長を見つめ、考える。俺が誰かのものになる。それはどういう意味か。
そして、現実逃避しつつ呟く。
「ジュリエッタ様と恋人同士として結ばれる未来が」
「ないな」
あっさりリカルド先生が否定した。
うん、だろうな。知ってた。だが少しは夢を見させて欲しい。
「まあ、予言は単なる予言であって、確定された未来ではない。私はそう思っている。だが、ライモンド王国の神具の予言はほとんど当たる。覚悟はしておくべきだし、どうせなら我々の手元に置いてあった方がいい。何しろ、うちの神具は狂犬だ」
多分、俺の眉間の皺がさらに深くなっただろう。
学園長はそんな俺を見て悠然と笑い、軽くテーブルの上を指先で叩いた。
「さて、どうだろうか。リヴィア嬢?」
「いえ、それは」
俺は思わず後ずさりつつ、ぎこちなく笑いながら頭を働かせる。正直、どうすればいいのか解らない。安全になるという利点は確かにあるだろう。だが、きっと主従契約なんかしてしまったら、今みたいに自由に動き回ったりできなくなるだろうし、この学園長の下で一生こき使われるんだろうかとか、考えてしまう。しかも、今初めて会ったわけだし――リヴィアとしては別として――、やっぱりその話は受けたくない。もっとゆっくり考えさせてもらいたい。
きっと、学園長も俺の考えを読んだのだろう。
「では、私が無理なら他の誰かだな。ダミアノ先生は」
「厭だと言ってます」
「確かに年だし、筋金入りの面倒くさがりか……」
リカルド先生と学園長の間でそんな短いやり取りの後、また学園長が意味深に笑うのだ。
「さて、リカルド先生」
「厭ですよ」
「何も言ってないじゃないか」
「でも、言いたいのではないですか?」
「君は自分の国とは縁を切ったのだろう? この地に骨を埋めるつもりだと言ったことがあったね?」
「それとこれとは話が別です」
「浮いた話の一つもないことだし、ここで結婚しておいても」
「厭です」
「厭です!」
つい、俺も口を挟んだ。
何がどうなってそんな話になった。主従契約じゃなかったのか。どこで結婚という話が!
俺にはジュリエッタ様という心に決めた相手が!
「こんなに美少女なのに、何が不満だ」
学園長は本当に納得がいかない、と言いたげに首を振る。確かに言われてみればその通りだよな。今の俺、すげえ美少女なのに瞬時に否定しやがって。
と、変な憤りを感じつつリカルド先生を見ると、心底厭そうな目がこちらに向いた。
「これを狂犬とおっしゃったのはあなたです、学園長。私に不良物件を押し付けるような真似はやめていただきたく」
「誰が不良物件ですか」
俺は彼を睨みつつ人差し指を突きつけた。「後悔しても知りませんよ! わたしは明日から、ジュリエッタ様のところで礼儀作法を習って優良物件に生まれ変わりますから!」
「お前は何を目指してるんだ」
リカルド先生は呆れたように額に手を置いたが、自分でも目指しているところが解らない。
そして気が付けば、学園長は妙に生暖かい目つきで俺たち二人を見ていたのだった。
――しかし、これだけ頑張っているのにバレるのか。
学園長室を出て、またリカルド先生の横に並んで歩き出した俺は低く唸り声を上げた。俺の足元をとたとたと歩くケルベロス君は可愛いし、ハリーに比べてもとても優秀な子だ。しかし、このケルベロス君たちでも俺の存在は隠しきれないのだろうか。
「明日から学園は魔法試験期間に入る」
歩きながら、リカルド先生がそう口を開いた。「それが終われば、体育祭と剣術大会も待っている。かなり忙しくなるのは間違いない」
へー、体育祭か。
俺は何となく懐かしさを感じた。前世での体育祭と、どんな感じの違いがあるのか解らないが、楽しそうだ。この学園には特にクラスというものが存在しないから、クラス対抗で戦うというものじゃないんだろう。ってことは、属性か? それとも個人主義なのか。
「塔の管理人も、体育祭の手伝いに回る。だが、お前は隠れていた方がいい」
そこで、リカルド先生の声に僅かな懸念のようなものが混じり、心配してくれているんだな、と解った。
「解りました」
そう応えながら、物陰から体育祭の見物はできるんだろうか、と楽しみだった。間違いなくこれは、現実逃避だった。
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