第31話 男装もマントも駄目出しされた

 そして、何がどうなったのか俺もよく解らないのだが。


 たった今、俺は光の塔のジュリエッタさんの部屋にお邪魔している。ジーナも一緒に。


「ジュリエッタお嬢様……」

 困惑した声を上げているのは、ジュリエッタの身の回りの世話をする女性である。二十代後半の、長い金髪を頭の後ろできっちりとまとめた、いかにも規律には厳しいですよ、と身体中で表現している痩せた女性。背筋を伸ばした格好で立った彼女は、どんな訓練をしているのか立っている時は微動だにしない。

 その彼女の名前はダフネという。

 冷徹な輝きを放つ青い瞳が俺とジーナの顔を交互に見やる。俺はともかくとして、すっかりジーナは委縮して身をがちがちに固くしていた。


「ダフネ、お茶の用意をしてくれるかしら。今日の昼食は、三人で取るわ」

 そうジュリエッタが言いながら、食堂脇の購買で買ってきた、女の子向けのおしゃれなお弁当の袋を見せる。このお弁当――ランチボックスと皆は呼ぶらしい――は、食堂で食べてもいいし自室でも、中庭のベンチでも食べてもいい。数が限定で毎日販売されていて、大体昼休み直後に売り切れるんだという。

 だから、フットワークの軽いジーナが走って三人分、早々に買ってくれていた。ちなみに俺、その支払いはレアアイテムと物々交換としていた。お弁当より遥かに高いアイテムなので、ジーナは後日、また調味料を差し入れると言ってくれた。持つべきものは友達である。


 俺はジュリエッタと図書館で会ったあの日、しばらく色々話をしていた。それをどうやらジーナが遠くから見ていたらしく、恐る恐る声をかけてきたところから、この奇妙な交友関係が出来上がったのだ。

 俺はジュリエッタが妹である淫乱ピンクに嫌がらせをしているという噂を払拭したかった。ジーナはそのために必要な人材だし、声をかけるつもりではいたが……。

 ジーナはジュリエッタに会うと一番最初にこう言った。

「ジュリエッタ様の追っかけをしております、ジーナと申します」

 そして彼女は、持っていたバッグから数冊のノートをテーブルの上に出し、明るく笑う。怖いもの知らずの表情である。

「できる限り、ジュリエッタ様の行動を記録してあるノートです。いつ、どこで、何をなさったか。事細かに記入してありますので、万が一ヴィヴィアン様に『事件』が起きた時、その場にいなかったこと、関わっていなかったことを証明する記録でもあるのです」


 最早、追っかけというよりストーカーである。

「わたし、一度ハマるとどこまでもこだわる体質なので」

 と彼女は頬を染めながら自慢げにノートを俺たちに見せているが、本当にこれでいいのか。大丈夫か、道を誤っていないだろうか。おまわりさんこいつです、と言いたくなるような感じ。

 ジーナの将来が少し不安でもあるが、これはなかなかの僥倖とも言える。

「アリバイ証明になりますね」

 俺がそう言うと、二人とも首を傾げる。どうやらこの世界では推理小説とかないのだろうか。アリバイという言葉が通じないので、『不在証明』について説明する羽目になった。

 でもきっと、遠からずジーナの追っかけ日記はいい仕事をしてくれるに違いない。俺という存在は結局のところ、目立つ行動をしてはいけないし、ジュリエッタを表立って庇える人間ではないのだ。


 ダフネがお茶を用意してくれている間に、俺たちはとんでもなく広い彼女の部屋を観察しながらテーブルにつく。テーブルすら他の生徒たちの宿舎とは違って、とても高級そうな造りをしていた。

 広げたお弁当はさすが学園の料理人が作ったものだけあって、見栄えもとてもいい。それほど高価な材料は使っていないが、日本人のお弁当生活を彷彿とさせる内容となっていた。

 そして。

「失礼ながら申し上げます」

 ダフネが俺たちの前に、これまた高級そうなティーカップを置き、冷ややかな視線をこちらに向けた。「ジュリエッタ様は身分あるお立場です。お付き合いする人間は選ぶべきです」


 ジーナは制服を着ているが、立ち振る舞いは平民のそれである。無邪気な仕草は可愛らしいが、貴族に仕える使用人から見れば『論外』なのだろう。

 そしてそれ以上に、俺は明らかに塔の管理人である私服――男装中である。どう考えても俺の存在はまずいので、ほとんどの時間はケルベロス君に姿を隠してもらっている。こうしてジュリエッタさんと人目を避けて会える時だけ姿を見せているが、ダフネには納得いかないだろうから、姿を他人に見せずにいられる魔道具があることを伝えた。だから少なくとも、俺の存在がジュリエッタの評判を落とすことはほとんどないと訴えたが、伝わらなかったようだ。

 さらに冷え切った目が俺を見て、鼻で嗤われた。

 強い。


 だが、ジュリエッタは優雅な手つきでカップのお茶を飲みながら言うのだ。

「いつもわたしと行動していた二人、いるでしょう? 名のある貴族で、幼い頃からお茶会なども一緒だった子たち。今は、わたしに近寄ってもこないわ」

 すると、ダフネが言葉に詰まったようで、その視線も僅かに揺らいだ。

 ジュリエッタはそんな彼女に力なく微笑み、自虐的な響きのある言葉を続けた。

「もう、わたしは選ばれる立場になってしまったのよ。学園内に広がったわたしの悪い噂は、どうにもならない。彼女たち、わたしと一緒に行動すれば自分の評判も落とすと判断したのね。長い付き合いだったけど、貴族のつながりなんてこんなものよ」

「しかし、お嬢様」

「いいのよ」

 ジュリエッタは俺たちに食事をするように促し、限られたお昼時間なのだから、とジーナはランチボックスに手を付けた。具沢山のサンドイッチ、フライドチキン、温野菜サラダ、デザートの小さなチョコレートケーキ。ジーナの顔が綻ぶ。

「どうせ、わたしは殿下に遠からず見捨てられるし、もしかしたらこの学園生活も長く続かないかもしれない。その僅かな時間を、少しは楽しみたいだけ。いいでしょう?」

 ジュリエッタが重ねてそんなことを言うものだから、今度こそダフネは沈黙した。

 どうやら彼女にもジュリエッタとヴァレンティーノ殿下の不仲説は伝わっているようで、その表情が暗くなる。

 そして、とうとう折れたのだった。


「ただし!」

 ダフネは俺のすぐ横に立って、何だか見えないオーラを吹き出しつつ言うのだ。「正直に申し上げて、その男装はいただけません。ジュリエッタお嬢様のそばにいたいのなら、それなりの格好をしていただきます」

「えっ」

「大体、確かに一見は少年のようにお見受けしますが、よく見れば体つきが少年ではありませんし限界があります。あなたにはもっと似合う服装があるでしょう。いくらこの学園の下働きとはいえ、わたしの美意識が許しません。覚悟をしていただきます」

「えっ」


 挙動不審になる俺を、ジュリエッタは「確かに」と言いたげに頷いて見つめる。ジーナもまた、それに同意しているようだ。

「そうですよね。男の子の格好をしているリヴィアは確かにいい感じだけど、ちょっとあか抜けないと思ってた」

 と、サンドイッチを食べながら言う彼女。

「顔立ちが整っているだけに、問題は色々あるわね」

 ジュリエッタさんも辛辣に続ける。「大体、何なのそのマント。センスないわ」


 おおおおお! 俺の新選組を悪く言うな!


 顔芸で『解せぬ』と表現したが、あっさりそれもスルーされ、いつの間にか俺は放課後、ジーナと一緒にまたジュリエッタの部屋にやってくることを約束させられたのだった。

 そして、そこで完全に着せ替え人形と化す。

 女の子ってすげえな、と実感した時間だった。

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