第29話 新しい使役獣はケルベロス君です
「ヴィヴィアン・カルボネラという生徒は謎だ」
リカルド先生がぐったりとした様子でそう言ったのは、とある夕食の後だった。俺は空になった皿を洗いながら、ソファに座って天井を見上げたまま固まっている先生を見て、その向かい側のソファに座っているダミアノじいさんにも視線を投げた。
ダミアノじいさんは他人事だと言いたげに本を読み始め、沈黙を続けている。
え、何コレ、俺が話を聞かなきゃいけない流れ? まあ、興味あるから聞くけど。
「何か問題を起こしたのですか?」
「……必要以上に私に声をかけてくる」
――おお。リカルド先生も狙ってるのか。あの淫乱ピンク、すげえ。着実にイケメン狙いでハーレムを作ろうとしている。
「それはさておき、ジュリエッタ様の様子はどうですか?」
俺がそう言葉を続けると、リカルド先生は自分の言葉をスルーされたと恨みがましい目つきで俺を軽く睨んできた。でも俺は気にしない。
「あの淫……ピン、ヴィヴィアン嬢がジュリエッタ様に嫌がらせをしていると思われるのです。だから、何とかしてジュリエッタ様を守りたいのですが、いい手段を教えてください」
お前は一体何を心配しているんだ、と表情で語ったリカルド先生だったが、僅かにため息をついてから口を開く。
「噂では逆だな。ジュリエッタ嬢が妹を疎ましく思い、邪険に扱っていると他の生徒たちの間では囁かれている。実際に、随分と冷ややかな対応をしているのが教師たちにも見られている」
「誤解です」
俺は自分が作ったアイテムの眼鏡を取り出し、リカルド先生の前のテーブルに置いた。「覗き見をしていただければはっきりしますが、ヴィヴィアン嬢には裏があります。間違いなく、ジュリエッタ様の評判を落とすために罠に嵌めています」
「しかし、それを証明するのは難しいだろう」
「悪魔の証明というやつですね」
ジュリエッタさんは冤罪である。しかし、その悪事に関係がないことを皆に示すのは――『した』ことを証明するよりも、『しなかった』ことを証明する方が遥かに難しいものだ。
しかし今、ジュリエッタさんがそれで苦しんでいると言うのなら。
「推しであるジュリエッタ様を守ってやりたいと思うのです」
そう拳を握りしめて力強く言った後で、この地下に引きこもっているせいで、ジュリエッタを遠くで見守ることしかできない現状を何とかしたいと熱弁する。
すると、それを聞いていたダミアノじいさんが本を閉じて立ち上がった。
「使役獣が問題かのう」
彼はいきなり、木の床にしゃがみこんで何かし始めた。俺とリカルド先生がそれに近寄ると、いつの間にかダミアノじいさんの手の中に白いチョークのようなものがあるのが見える。
がりがりと音を立てながら、じいさんの手によって魔方陣らしきものが描かれていく。
「残念ながら覚えても無駄じゃぞ」
俺が必死にチョークで書かれた文字を覚えようとしていると、あっさりじいさんは言ってくる。「これは人間が聖獣と契約するための魔方陣であって、神具のお前には使えない」
「ええ……」
それを聞いてテンションが一気に落ち込んだ。俺だってハリーみたいな可愛いのが手に入るのかと思ったのに!
「加護は隠蔽に特化している方がいいじゃろな。それと、敵に襲われた時に戦ってくれる獣で、できるだけ強いのが希望じゃ」
ぶつぶつとダミアノじいさんは呟きながら、さらに細かい文字を書き込んでいく。魔方陣ってのは綺麗なんだなあと感心しながら、「できればもふもふしたやつでお願いします」とお願いしておく。
そう、もふもふした猫耳美少女とかで! ぜひとも今の生活に潤いをお与えください!
「……何か厭な予感がする」
と、リカルド先生は不穏な言葉を吐き、そして結局それが現実になる。
どおん、という凄まじい地響きと共に、青白い光が魔方陣の上で弾け、巨大な何かがそこに姿を現した。眩しくて目を開けていられず、右腕で自分の顔を庇う。
しかし、すぐに猫耳美少女なんかじゃないことは解った。
ダミアノじいさんは右手を『それ』に差し出して、魔法の呪文らしきものを詠唱し続ける。手の平の前に、青白い光で描かれた小さな魔方陣が展開されたかと思えば、それが目の前に現れた巨大な生物の身体に焼き付いた。それが主従契約というものなんだろうが――。
「あの、これ、もしかしてケルベロスっていいませんか?」
俺が唇を引きつらせてそう言うと、ダミアノじいさんが輝くような笑顔をこちらに向けて親指を立てた。
「もふもふじゃぞ! しかも強い!」
「えええええ……」
俺は途方に暮れつつ、ダミアノじいさんの結構広い部屋の中でも、窮屈そうに身を屈めて座っている、三つの頭を持ったワンコと対面することになった。
地獄の番犬、というのがケルベロスの一般的なイメージだろうか。
でも、ありがたいことに目の前のケルベロスは怖いというより格好よかった。三つの頭はそれぞれ、狼みたいなシュッとした顔立ちをしていて、その目は聡明そうな輝きを放っている。もふもふの毛皮は黒と銀のまだら模様ではあるが、とても美しい光沢を放つ。
ぶっとい足は、これで殴られたら即死だろうと思われるほど力強いし、尻尾は何故か恐竜のような硬い鱗に覆われて床の上で跳ねている。機嫌良さそうに尻尾がばしばしと叩かれるたび、部屋の床だけじゃなく壁すら震える。地震かな?
「つ、強そうですね?」
疑問形になってしまったのは許して欲しい。間違いなく目の前のケルベロス君は強いだろう。しかし、それ以前にデカい。
俺だけじゃなく身長の高いリカルド先生も見上げるレベルでデカい。
体重は何トンありますか?
餌はどのくらい食べますか?
っていうか、ハリーだったら俺のまな板と呼べる胸とシャツの間に沈んで隠れることができたけれど、こいつはどこに隠せますか?
頭の上に乗せたら俺が圧死じゃないですか?
「まず、餌はお主の魔力に設定しておいた」
ダミアノじいさんはケルベロスの喉の下、三つの頭が生えている胸の辺りを撫でつつ説明してくれる。そこには魔方陣が焼き付いていて、ある意味神々しい。
「ご飯はわたしの魔力ですか。つまり、トイレは必要ないのですね? 散歩は?」
「犬と一緒にするな」
リカルド先生から突っ込みが入ったが、混乱しているので俺も色々いっぱいいっぱいなのだ。
そして、色々とダミアノじいさんに説明してもらった結果、解ったのがこんな感じである。
ハリーと違って、戦闘用の使役獣であるからとんでもなく強い。ハリーと違って魔力量が多いから、触れていなくても俺の存在を他の人間からほぼ完璧に隠蔽できる。
デメリットとしては、姿を消していたとしてもケルベロスの魔力が強すぎるせいか、魔蟲を呼び寄せてしまう。これからはきっと俺の周りで湧き放題になるだろうとのこと。しかしこれは俺としてはありがたい。倒せば倒すほど小遣い稼ぎができる。
だが、魔蟲が魔物化して暴れ出す可能性も高くなるんだとか。
「お主はきっと、魔蟲を殺すじゃろう。魔物化した魔蟲も同じく、のう」
ダミアノじいさんはそう言った後で、少しだけ困ったように笑う。「じゃが、魔物の波動はとても強い。それに引きずられて、お主が神具化することもある」
「神具化……」
首を傾げる俺に、じいさんは鷹揚に続けた。
「人間の形を取れなくなり、強制的に剣になる」
「えっ」
「そうなってしまえば、その辺の馬鹿が神具を手にして契約してしまうかもしれん。じゃが万が一神具化したとしても、使役獣に守ってもらえるよう魔方陣を組んでおいた。わしやリカちゃんがお主を回収するまでの時間は稼げるじゃろ」
何というか。
俺はジュリエッタさんを近くで守ってやりたいだけだったのに、妙に話がデカくなってる気がする。
「それに、リカちゃんも気にしているじゃろ? オスカル殿下にリヴィアが目をつけられたとしても、そして他の誰かに狙われたとしても、そう簡単には渡さんということじゃ」
そうじいさんが言うと、リカルド先生も言葉に詰まったようだった。
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