第27話 肝試し
元々、俺の――リヴィアの感覚は鋭い方だと思う。
その上で、リカルド先生から魔力察知の魔法を教えてもらいつつ、隠し部屋から外へ出た。中庭の見回りが終わればそれぞれの塔へ向かうわけだが、魔法察知の魔法を展開させつつ歩くと、どの辺りに人間がいるのか解る。
研究棟にはまだぽつぽつと窓に明りが灯っていて、これは生徒ではなく教師が授業の準備で使っていることもあるらしい。廊下を歩いているだろう気配も、ぼんやりと解る。
俺たちは先に実技塔の前に立ち、真っ暗な建物を見上げた。ここにも間違いなく誰かの気配がある。
先生は俺を促して中に入り、俺はそれを追う。廊下を歩きながら、時々、隠し部屋の場所を教えてくれる。広さはどこも同じような感じで、揃っている家具も似たようなものだ。でも、木の壁か石の壁かで受ける印象は随分と変わる。
階段を使って上に上がり、どこかに気配があるなあ、と思いながら歩く。
「学園七不思議みたいなものはないんですか?」
暇なのでリカルド先生に適当に話題を振ったが、不思議そうな顔をされた。
「七不思議とは何だ」
そう訊かれたので、俺は前世でよく学校にありがちだった話を説明する。階段の段数が変わったり、音楽室で誰もいないのにピアノが鳴ったり、骨格の標本が動き出したり、飾られている絵が喋ったり――。
「それのどこが不思議なんだ?」
怪訝そうにそう訊き返されて、ああ、この世界にはそんなものは不思議でもなんでもないんだな、とがっくりくる。俺、都市伝説とか怖い話とか好きだったなあ。ここにはないのか。
そんなことを話しながら、大ホールを見回りを終え、さらに上の階へ。そして、廊下の奥で新しい隠し部屋の場所を先生が教えてくれたが、多分俺だけじゃなく先生も気づいていただろう。
ずっと感じていた人間の気配。手を差し出して確認するより早く、中に誰かいるな、と解った。
「場所さえ覚えておけばいい」
だから先生はそう言ってその場を離れようとしたのだが、しかしその寸前に中から姿を見せた女性がいる。
「あら、見回りお疲れ様」
そう微笑んだ女性は、二十代後半くらいの妖艶な美女である。長くてストレートの金髪はポニーテールにして、アイラインのくっきりしたアーモンドアイ、濃い緑色の瞳。元々なのかそれとも日焼けなのか、健康的な小麦色の肌としなやかな肉体を持った彼女は、その均整の取れた身体つきもあってとても目立つ。男性だったら間違いなく目を惹きつけられるだろう。
そして隠し部屋にはもう一人の気配を感じたから、ああ、デートの際中かと納得した。
「アンナマリア先生、こんな時間まで何をしてらっしゃるのか聞きたくないのですが」
慇懃無礼といった様子で、リカルド先生は冷ややかな視線と共にそう言葉を投げると、アンナマリア先生とか言う、女の子の名前を二つ繋げました感の強い名を持つ彼女は形の良い唇の端を意味深に持ち上げて笑った。
「無粋なことはナシでお願いって、いつも言ってるじゃない?」
「そうですか、面倒なので自室へ戻ってください」
「あー、はいはい」
ひらひらと手を振った彼女は、ふと俺に目をとめてニヤリと笑う。「珍しく可愛い子連れてるじゃない? 男の子?」
――よっしゃ!
男装は努力の甲斐があって成功しているようだ。俺は自分でも気持ち悪いだろう笑みを浮かべ、拳をぐっと顔の前で作る。
「残念ながらマントのセンスはないけど……ああ、何かのアイテムね?」
と、彼女は可哀想という感情を顔に出し、俺のマントの裾を引っ張った。
今夜はハリーを連れていないから、俺の気配を消してくれるマントは重要な相棒である。しかし、俺の新選組を否定しないで欲しい。アイテム効果はさておきとして、デザインはイケてる方だと思うんだが。そう顔を顰めながら拳を下ろすと、気が付けばアンナマリア先生の背後から小柄な女の子が姿を見せていた。
茶色のくるくるした長い髪の毛と、同じ色の瞳。可憐と言っても過言ではない、守ってやりたくなるような雰囲気を持った少女である。ただ、生徒ではなさそうで、服装も随分と質素な感じだ。何というか――もしかして他の塔の管理人とか、その関係者か? と俺は眉間に皺を寄せる。
って言うか、デートじゃなかったのか。てっきり同僚の男性教師と出てくるのかと勝手に想像していた。
そんなことをぼんやり考えていると、どこからか他の人間の気配が伝わってくる。
「階下……大ホールだな」
リカルド先生が舌打ちすると、アンナマリア先生がご愁傷様、と言いたげに彼を見やる。
「見回り大変ねえ。新入生もいるし、当分は騒がしいでしょ?」
「そうですね。アンナマリア先生のように風紀を乱す教師もいますし」
「あらあ」
「否定できるものならしてみろ」
と、急にリカルド先生の声が低くなった。結構血の気多いな、リカちゃん先生。
アンナマリア先生は冷蔵庫みたいな気配を放ち始めたリカルド先生を放置して、先に立って暗い廊下を歩き出す。そのすぐ後ろを、茶髪の少女が可愛らしい足音を立てて追った。
リカルド先生も彼女たちの後を追って階段を降りていくので、俺もそれに続く。
足音をできるだけ立てないようにしながら大ホールへと続く廊下を進みながら、どうやら結構な人数がそこにいるようだと気づいた。しかも、どれも魔力量が結構多いようだ。貴族連中か?
「怖いから、置いていかないでくださいねぇ……」
そんな、か細い声が聞こえてくる。さらに、それに続く密やかな笑い声も。
どうやら大ホールの中で複数の人間――生徒たちが騒いでいる。
俺が意識して耳を澄ませてみると、彼らの足音すらはっきり響く。
「大丈夫だ。ヴィヴィアン嬢こそ、しっかり掴まって」
そう笑った少年の声には聞き覚えがあった。
ってか、ヴィヴィアンって淫乱ピンクかよ!
何やってんだ、こいつら!
魔法で魔力察知も一緒に発動させると、女性らしい軽やかな足音――これは淫乱ピンクだろう――と、少年らしい足音が複数あるのが解る。
聞き覚えのあった少年の声は、どう聴いてもヴァレンティーノ殿下の声だ。ヴィヴィアンと違って上級生だろ、殿下。こんなところで何やってんだ。王族のくせに規則無視かよ、もう門限過ぎてんだろ! 子供はさっさと寝ろ!
「肝試しなんて初耳ですが、まあ、面白いですね」
そう言ったのは、俺も知らない少年の声だ。その後に続いた会話から、どうやらヴァレンティーノ殿下の学友らしく、親し気な言葉遣いで殿下に接しているのが解った。
さらに、その少年は楽しそうに笑い、こう続けた。
「この学園に通っていると、色々な噂が聞こえてきます。この大ホールでも、夜中に踊る少女――幽霊が出るそうですよ。制服が随分と昔のものらしいので、かなり前に亡くなったんでしょう」
「ええええ」
ヴィヴィアンが怯えたように声を上げた。
「それに、女の子のすすり泣く声がどこからともなく聞こえるって噂もありますね」
そう別の少年が言うと、淫乱ピンクが殿下に抱き着いたのか何なのか、衣擦れの音やら笑い声やら色々重なった。
前を歩いていたアンナマリア先生も同じ会話を魔法で聞いていたようで、くすりと笑う。そして、とんでもない一言を続けた。
「それはもう、あたし、ひんひん言わせちゃうものねえ」
と、その瞬間。
そばにいた茶髪の少女がアンナマリア先生の背後から、ポニーテールを掴んで思い切り引いた。のけ反るアンナマリア先生と、泣きそうになりながら「先生ぃ……」と言った少女。彼女は暗闇の中でも解るほど、真っ赤な顔をしていた。
くそ、やっぱりカップルだったんか、この二人! だからリカルド先生も風紀を乱すとか言って渋い顔をしてたのか。
ちょっとぎょっとしつつも、まあ、女の子同士なら見た目麗しいからどうでもいいや、と聞き流しておくことにした。俺はその辺、心が広い。
っていうか、ヴァレンティーノ殿下もいるってことはジュリエッタさんも一緒にいるのかな、と考えつつ、リカルド先生が大ホールに入るのを見守る。俺は中に入って目立ちたくなかったから、ドアの陰に潜んでこっそり覗き見。
「お前たち、もう遅いからすぐに塔に戻りなさい」
そう言ったリカルド先生の声に、文字通り飛び上がった淫乱ピンク。
その彼女の周りには何人もの少年がいる。ヴァレンティーノ殿下の他に、五人。おお、ハーレム状態じゃねえか。
「そうよぉ。もうすぐこの実技塔も入り口に鍵がかかるからね」
アンナマリア先生もそう言いながらリカルド先生の隣に立って、彼らの顔を見回した。
「あのピンク色の子、今年の問題児だって噂ね」
いつの間にか俺の隣に、ドアの陰に隠れてアンナマリア先生の恋人疑惑のある茶髪の少女がいる。彼女はいかにも困ったようにため息をつきながら、重ねて言った。
「誰の婚約者に収まるか、管理人の間でも賭けが始まってるわ」
「本当ですか」
そう俺が呆れた声を上げつつも、ヴァレンティーノ殿下と淫乱ピンクがいるのに、ジュリエッタさんが一緒にいないことを確認して、ちょっと厭な気分になっていたのだった。
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