第23話 男装少女になりたい

 というわけで、男の娘に俺はなる!


 いや、違うな。男装少女になりたい場合は何て言ったらいいんだ。


 俺はその日の夕食が終わってから、ダミアノじいさんに用意してもらって男物の服を身に着けている。これまでだって黒いブラウスとズボンという格好で、それはそれで女らしくはないのだが、一応女物のデザインだった。

 しかし、男物だったら雰囲気が変わるのでは?

 かっちりとしたシャツと、女性らしいラインを誤魔化すためのズボンは結構いい感じだが、問題はやっぱり髪の毛だろうか。

 手入れなどせずにただ後ろで一つにまとめているから、それほど女らしくはない……とは思うんだが、それでも長すぎる。


「髪の毛を切ったらどうでしょうか」

 俺が鏡の前でそう言うと、ダミアノじいさんが残念そうに唸る。

「お主の唯一の女らしさが」


 にゃにおう!?


 自分で思うのはいいが、他人から言われるとムカつくのは何故だ。俺は唇を尖らせつつ、鏡の中に映るダミアノじいさんを睨んだ。

 鏡の中にはソファに座ったままのリカルド先生もいる。どうでもいいが、先生は暇なんだろうか。結構ここに入り浸り気味じゃないだろうか。

 普通に食堂で美味しい食事が出るだろうに、雑談がてら夕飯を食べていくのも日常になりつつあった。

 俺は台所に行き、作業台に置いてあったジーナからもらった籠を覗き込み、調味料の瓶をいそいそと取り出して棚に並べる。後で使いやすい順番も考えねば――と真剣に考えだしたところで、これって俺、だんだん沼にハマりつつあるんじゃないかと気づく。

 大丈夫か俺、いい嫁になれる修行を積んでるわけじゃねーんだぞ、とも思うが、よくよく考えてみれば世の中のレストランのシェフだって男性がたくさんいるんだから、料理にハマったとしても問題はない。そうとも、まだ俺は料理男子のままである。


 そう、心だけは。

 これからは男装もするからもっと大丈夫。多分。


 そんな悲しい思考の渦を振り払い、俺は晩御飯の準備を始めた。レシピの紙を引っ張り出し、今あるもので作れそうなものを探しながらソファに座ったばかりのダミアノじいさんに声をかける。

「購買の横に美容室もありましたよね。営業時間はやっぱり昼間だけですか?」

「お主、本当に髪を切るつもりかの?」

「はい。男らしくしてもらいます」

 ダミアノじいさんが顔芸で『厭だ』という表情をするので、俺も顔芸で『どや』顔をしてみた。俺をとめられると思うなよ!


 そこに響いたのがリカルド先生の声だ。

「私が切ろう」

 彼は物憂げに前髪を掻き上げ、いつもより力のない瞳を露にする。やっぱり疲れているようだ。何故だ、俺のせいじゃないよな? な?

「……格好よくしてもらえますか」

 断る勇気がなくて恐る恐る言うと、彼は「任せろ」と言葉を投げつけてくる。引きつった笑みを返すと、リカルド先生は目を細めて俺を見つめる。俺が目を逸らしたのは、怖かったからじゃないと思う。


 ジーナお勧めの調味料を使い、鶏肉のパリパリ焼きをメインとした夕食を取る。俺が『このちょい辛スパイシーな感じが美味い!』と驚きを隠せずにいると、どうやらじいさんも先生も同じように感じたらしく、感心したように食事に集中していた。


「一波乱ありそうなのですよ」

 やがて、リカルド先生はダミアノじいさんに向かって口を開く。じいさんは「酒が欲しいの」とか言いつつ野菜とチーズのサラダを食べていたが、リカルド先生の言葉を聞いてため息をこぼした。

「やはり今年の新入生は問題児が多いんじゃろか?」

「ええ。どうも不思議なのですが、あのヴィヴィアン・カルボネラという少女は一癖ありますね。偶然かそれとも故意なのか、入学式直後から結構な実力と家名を持つ人物と接触しています」

「ほう?」

「ラウール・シャオラ殿下を筆頭に、オスカル・ファルネーゼ殿下、彼らの側近たち、上級生であればヴァレンティーノ・レオーニ殿下、闇魔術の公子の異名を持つラザロ・ジュストー殿下、凄い顔ぶれだと思いませんか」

「何か変じゃの」

 じいさんは食事の手をとめ、顎を撫でつつ考えこむ。「そのヴィヴィアンとか言う娘、本当に普通の生徒なんじゃろうか」

「暗殺者とかではないと思います」


 思わず、俺はそこで咳き込みそうになった。なるほど、確かに色々な国の王子様たちに近寄ってるんだから、何か裏があると思われても仕方ない。


「この私にも接触してきましてね。それが……何と言うか、限りなく自然な感じなのです。まるで、演出された男女の出会いのような」

 リカルド先生は明らかに解せぬ、と言いたげに顔を顰めていた。

 その表情には不快感だったり疑念だけが浮かんでいたから、あの淫乱ピンクに落とされたわけではないようだ。

「誘惑されたのですか」

 俺は思わず彼らの会話に口を挟む。

 すると、リカルド先生が横目で俺を見て、首を傾けつつため息をこぼした。

「あれは誘惑と言っても間違いではないだろうな。人の心に入り込むのが上手い。それに私の……学園関係者でしか知らないことを知っていた」

「お主のことを、か?」

 ダミアノじいさんが驚いたように言い、それに先生が頷いたことで、どうやらリカルド先生にも裏がありそうだと気づく。下手につつくと蛇が出てくるかもしれないから、俺はそんな会話を聞き流し、食事を終えて手を合わせた。


 そして、全部の片づけが終わったら先生に髪の毛を切ってもらう。

 とんでもない髪型にされたらどうしようと戦々恐々としていたものの、意外と先生は手先が器用だった。

 凄くボーイッシュな感じに出来上がりました。

 後ろはすっきりしてしまったが、前髪を長めにしてサイドに流し、少しだけ目の辺りが隠れるようになったので、女の子っぽい印象が強い長い睫毛も見えない。よし、美少年として誤魔化せる気がする。


 これだったら、人気のない時間帯――最悪、皆が寝静まった後にアイテム探しに出られるだろうかと相談した。どうせ無理だろうと思っていたら、驚いたことにリカルド先生が学園内の夜回りに出る時だったら付き添うと言ってくれた。


 やべえ、これは『見張り』だ。俺が何かやらかさないための保険。

 でもとりあえず、ありがたくそれを受け入れることにする。そして、リカルド先生にはジュリエッタを心に留めておいて欲しいと頼んでおいた。

 彼女が淫乱ピンクの罠に嵌められ、ヤバいことにならないように。

 本当なら俺が淫乱ピンクのイベントやらフラグを全部潰して、ジュリエッタさんがこれ以上悲しまないように守りたいんだが、どう考えても無理だ。


 ただ、ちょっとだけ……これでジュリエッタとリカルド先生がいい感じになったら落ち込むと思う。

 人間、弱っている時に優しくされると……やめよう、考えないことにする。


「リヴィア」

 リカルド先生がここから出て行く前に、ドアのところで足をとめて俺を見る。俺はダミアノじいさんがまた調薬を始めたのでそれを覗き込んでいたのだが、そこから顔を上げて先生を見ると、予想以上に真剣な顔があって驚く。

「何ですか?」

「オスカル・ファルネーゼ殿下にはできれば接触してもらいたくない」

「え?」


 それ、淫乱ピンクが接触した恋人候補だよな? と俺が首を傾げていると、先生は無表情のまま続けた。


「お前が神具だと解れば、必ず手に入れようとする男だ」


 なるほど解った、と頷けば、先生はそれに続いてとんでもない言葉を続けたのだ。


 ――我が弟ながら、あいつは強くなることに貪欲すぎる、と。

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