第19話 浮気現場?
他人事だから楽しいなあ、できれば彼らがよく見える場所でハンバーガーとコーラ片手に野次馬見物したいわ、と思っていると、いつの間にかダミアノじいさんが不味い薬の入ったコップを目の前に突き出してきていた。
コーラが欲しいと思った瞬間にこれかよ、とへこんだものの、いつものルーチンワークみたいな感じだから大人しくそれを受け取って一気飲みした。相変わらずとんでもなくクソ不味いが、飲み終わるとテンション上がる。俺、頑張った! 的な感じで。
それに、俺が飲み終わるたびにダミアノじいさんが嬉しそうにするんだよな。前はどんなにこれをリヴィアに渡しても、無言で投げ捨てて絶対に口にしなかったらしい。
「体調はどうじゃ?」
ダミアノじいさんが毎回そう訊く。俺はすっきり快調大丈夫、という意味で親指を立てて見せたが、じいさんの双眸には懸念の色が浮かんでいた。
「どうしたんですか?」
「体調を整えるための強力栄養剤みたいなもんじゃがの、薬が効きすぎているのか、お主の魔力量が増えている感じがするぞい? もっと強い使役獣と契約した方がいいかもしれん」
マジか。
やっぱり、そうなると下手に動き回ることはやめた方がいいんだろうなあ。でも、ハリーは可愛いからレンタルは続けたい。
魔力や気配を遮断するマントは派手だから昼間に着るのは避けたいが、そうも言っていられないかもしれない。
とりあえず身の安全のために、できるだけ地下に引きこもろう。
そう思ったとしても、色々と誘惑は多くてすぐに外出することになる。
ある日の放課後の時間帯、俺は中庭の外れでジーナと久しぶりに会っている。レアアイテムのお礼として、調味料やレシピのお土産を渡したいと連絡があったのだ。連絡も魔法学園らしく、手紙が空を飛び、俺の部屋のドアの下の隙間をすり抜けてくるというサプライズ付きだ。
ジーナと会うというからには、マントは着ていてもハリーは連れていない。だから、派手なデザインのマントに目をやる生徒の姿もあった。ある意味、着てない方がよかったかもしれない。
「これ、全部頂いていいんですか?」
俺はジーナが大きな籠に入れてきてくれた、たくさんの調味料入りの瓶を見下ろして感嘆の声を上げた。色とりどりのスパイス。岩塩とスパイスを混ぜたっぽいもの。
籠の脇には、レシピの紙の束。
「そのために持ってきたんですから、ぜひ。それぞれの調味料にお勧めのお肉、野菜なども書いてあります。レシピは簡単だけど美味しいを基準に書きました!」
――おお、至れり尽くせりだなあ。
俺がお礼を言って頭を下げた後、彼女はアイテムを貴族に渡したその後の様子を教えてくれた。とりあえず、貴族連中は満足してくれたようだ。「これに懲りたら、教室では小さくなって生きていきなさいね、平民」という捨て台詞と共に、ジーナに関わるのはやめてくれたという。
「それに、今年は色々な話題の人物が入学してきていますので、彼女たちも平民には関わっている時間がないんだと思いますよ」
ジーナは苦笑交じりに言う。
俺がこっそり覗き見たラウール殿下の他にも、ラウール殿下の側近である公爵家の息子、他の国の王子、そしてその側近、ジーナ曰く、見目麗しいだけではなく身分の高い連中が一気に入学してきているようだ。
年下の少年とはいえ、運よく婚約できれば――と色めき立つ在校生も多いようで、確かにそっちに集中するのも仕方ないんだろう。
「わたしなんか、あまりにも他人事すぎてどうでもいいんですけどね。逆に面倒だから関わりたくないです」
ジーナは俺と同じことを考えているようだったが、彼女はやがて意味深に笑い、声を顰めて俺の顔を覗き込んでくる。「リヴィアさんは美人だから、見初められるかもしれませんよ? 新入生だけじゃなく、上級生も狙い目です。ほら……」
と、そこでジーナは俺の手を掴んで木の陰に引っ張り込んだ。
俺たちがいるのは中庭の端、木々の他には何もないところだから、生徒もほとんどやってこない。
……はずだった。
しかし、ジーナが唇の前に指を立てて静かにするようにと仕草で示す。俺は彼女の視線の先を追って、おう、と声を上げたくなったものの、手で口を押える。
……なるほど。
そこにいたのはヴァレンティーノ殿下と、淫乱ピンクことヴィヴィアンである。
「申し訳ありません、こんなところにお誘いしてしまって」
恐縮して身体を小さくしているヴィヴィアンは、ヴァレンティーノ殿下の優しい笑顔を見上げながら弱々しく目を伏せた。「ヴァレンティーノ様に話しかけると、あまり……姉がいい顔をしないので」
「そうなのか」
殿下はそれを聞いて苦い顔をして見せる。ジュリエッタさんの株が下がった予感である。
「最近、話題のお二人ですね」
こそりと俺の耳元で囁くジーナはとても楽しそうだ。「噂によれば、ジュリエッタ様がヴィヴィアン様をいじめているそうです。その噂を聞いたヴァレンティーノ殿下が、だんだんジュリエッタ様にきつく当たるようになってしまったそうで」
「なるほど……」
俺はふと、この世界はきっと恋愛がメインの軸となるゲームなんだろうと思った。主人公の淫乱ピンクのための世界。そして順調に、恋敵であるジュリエッタを蹴落とそうとしている。
「修羅場ですね」
さらに、ジーナが俺の手をばしばしと叩いて、俺の視線をある方向へと向けさせた。
随分と離れているから、かろうじて見えるといった感じだったけれども、中庭を歩いてきたジュリエッタが殿下とピンク色の頭を見て足をとめたのが解った。
気性が激しそうな彼女のわりには、二人のところに怒鳴り込んでくることもなく、ただ傷ついた様子を隠すこともせず、身じろぎを忘れて立っている。
「正直、浮気性の男性ってどうかと思いますよね」
やがてジーナの声に暗いものが混じった。俺がそっと彼女の顔を見ると、明らかにヴァレンティーノ殿下への失望の色が浮かんでいる。
「どんなに格好よくたって、やってることが格好よくないと思います。婚約者はジュリエッタ様なのに」
「……確かに、そうです、よね」
そう小さく返しながら、俺は自分の心のどこかを引っかかれたような気がして胸を押さえる。
浮気。
浮気?
頭の中でちらつく影が、ゆっくりと形を取っていくのを感じて目を閉じる。目を閉じた世界に広がったのは、おそらく――。
「母さんが浮気したんだ。もう……帰ってこないって言ってる」
そんな声もどこからか響いた。
忘れていた声だった。
ああ、これは父さんの声だ。少し高めの声で、掠れ気味なところが特徴的な。
そして、俺の前ではほとんど泣いたことのない父さんが、肩を震わせて泣いていた。苦し気に身体を小さくして、嗚咽を堪えるように。
「俺の何が悪かった? あいつ、俺が仕事ばかりで家庭を顧みないからって言ってたけど、お前たちを育てるのに、いい学校にいかせるために……」
そうだ、父さんは不器用だけど真面目な男だったと思う。怒ると怖かったし、不器用すぎるまでに曲がったことが嫌いだった。
そして俺も、父さんに似ていた。
父さんを裏切った母さんを……軽蔑したのだ。
僅かに頭痛が襲ってきて、目に浮かんでいた光景が掻き消えた。それからどんなに必死になって記憶を追い求めても、それ以上は思い出せない。
俺は頭を軽く振りながら目を開けると、ちょうどジュリエッタが踵を返し、学園の建物へ足を向けるところだった。
自分でも知らないうちに、俺はジュリエッタの背中を追って歩き出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます