第18話 イベント消滅後の淫乱ピンク
「竜の心臓じゃな」
俺が持ち帰ったレアアイテムを見て、ダミアノじいさんが驚いたように目を見開いた。テーブルの上に俺が無造作に転がしたそれは、拳大の大きさで毒々しいまでに赤く輝いている。少し角度を変えただけで、赤い光が反射して見る者を威圧するかのような魔力を放ってくる。
「レアですか」
「激レアじゃな」
なるほど、ゲームで言うところのSSRみたいなもんだろうか、と俺は小さく唸る。俺は未だに腕の中にハリーを抱いているが、ハリーの主人、もしくは契約者? であるじいさんには目くらましの力は効かないらしい。彼はしばらく腕を組んで難しい顔をしていたが、おれに視線を向けると提案をしてきた。
「売ればとんでもなく高値になるのは間違いないんじゃが、お主、これをわしに預けるつもりはないかの? 合成で使えば、出来上がったものが何であれ、間違いなく凄いものとなる。じゃが、わしに預けてくれればそれ以上のもので返してやるぞ」
「何ですか、その詐欺みたいな台詞……」
「馬鹿にするな! こう見えてもわし、合成に関しては自信があるのじゃ!」
「いえ、それは疑いませんけども」
俺は手の中のトゲトゲを撫でながら、少しだけ考えこんで頷いた。「私が合成するよりは安心だと思いますので、どうぞ。代わりに、ハリーをしばらく貸してください」
「それは構わんが、使役獣の効果は教師には通じるとは思わんほうがよいぞ。好き勝手に暴れておると、お仕置きとしてリカちゃんに殴りに行ってもらうからの?」
ダミアノじいさんの表情は渋い。しかし、根が優しいのか最終的には認めてくれた。多少、厭な感じのフラグが立った気がしないでもないが、暴力は反対である。
そして、俺はじいさんが鼻歌を歌いながら薬の調合を始めたその脇で、ソファに座ってまた眼鏡で覗き見を始めていた。
逃げるようにして帰ってきてしまったが、淫乱ピンクとジュリエッタさんのその後が気になってこともあって、最初に覗いたのは俺がアイテムを拾った中庭だ。
パーティは終わる時間を迎えているのか、大ホールから出てくる生徒たちの姿が多い。皆、パーティで気分が高揚しているのか、友達らしき人たちと賑やかに笑いあっているのが見えた。
俺がガゼボと花壇の辺りを覗いた時は、誰の姿もそこにはなかった。しかし、中庭、裏庭、それぞれの塔の玄関前、と見ていくと、ピンク色の髪の毛が目に入った。さすがに目立つ髪色で、しかも世間一般的には美少女と呼ばれるような少女だから、辺りの生徒の視線も集めていた。
やがて彼女は、そんな視線を避けるかのように人が少ない場所へと足を進め、またガゼボの辺りに戻ってきていた。
彼女の周りには誰もいない。
静かすぎる空気だけが漂う。
「……何で?」
彼女は酷く落ち着かない様子で、右手の親指の爪を噛む。「何か間違った? ここでイベントが起こるはずでしょ?」
――イベント?
「だって、わたしは主人公だもの。ヒロインだもの、幸せになる運命なのよ」
自分に言い聞かせるように呟くヴィヴィアンの目は、どこか暗い炎のようなものが浮かんでいた。
俺はソファの背もたれに寄りかかりながら、そっと息を吐く。
曖昧な前世の記憶しかない俺だが、それなりにゲームとかの一般的な知識だけは残っている。だから、大体の予想はついた。
やっぱり淫乱ピンク、俺と同じ転生者だろ。
日本において小説やアニメでは、輪廻転生ということはありきたりすぎる展開だ。死んだら無に帰るのではなく、新しい命を与えられるものなのだ。
天国に行くとか地獄に行くとか関係なく、死んだ直後に新しい生が始まるものなのだ。
でも、それらの創作物のほとんどが、前世を完全に思い出して新しい生活を送っていると思う。俺みたいに記憶が歯抜けになっている中途半端な奴の方がイレギュラーだろう。
俺もいつか完全に思い出すだろうか。
未だに前世の俺の名前すら思い出せないというのに。
「……わたしは生まれ変わっても、惨めな子供時代を送ってきたのよ」
ヴィヴィアンの声はさらに地を這うように暗く、それでいてどこか熱いものを持って響く。「前世だって今だって、あれだけ苦労してきたんだもの、幸せにならない方がおかしいのよ。ジュリエッタなんか蹴落とすの。あんな、苦労知らずの女」
爪を噛みながらの台詞だから、時々聞こえにくい。
しかしそれでも、その声に潜んだ憎しみははっきりと伝わってくる。
彼女の独り言が全てを語っているのだ。ヴィヴィアンは姉であるジュリエッタを妬み、恨んでいる。それが正しいかどうかは解らないが、彼女にとってはそれが真実であり、正義でもある。
――ジュリエッタさんはどうなんだろう。
彼女も転生者だろうか? それとも、この世界の純粋なる人物――NPCか?
「……メインヒーローはヴァレンティーノ殿下。彼だけは絶対にジュリエッタには渡さない。でも……」
ヴィヴィアンはそう呟いた後、沈黙した。俺はそんな彼女を観察し続けて、もうこれ以上情報は手に入らないか、とあきらめようと眼鏡に手をかけた時、新しい動きがあった。
「こんばんは」
ヴィヴィアンにそう声をかけた少年がいる。短い黒い髪と黒い瞳、精悍な男らしい顔立ち、きつめの眉毛。でも、その目尻が下がっていて、雰囲気を少しだけ和らげていた。
ヴァレンティーノ殿下よりも身長が高く、体格もいい。そして、身に着けた制服の左胸には、魔法科ではなく魔法騎士科の模様が入っている。
「こんな暗いところで女の子が一人きりというのは、いくら学園内でも危険だな」
「え?」
唐突に声をかけられて、彼女は驚いたように身体を強張らせた。しかし、相手の顔を見て困惑の色を浮かべる。
「……あの、あなたは確か、魔法騎士科の新入生で」
恐る恐るそう言った彼女に、今度は少年が目を見開いた。
「ええと、どこかで会ったことある? 君みたいな女の子なら忘れるはずがないと思うんだけど」
「いえ、あの! 噂が聞こえてきています。その、シャオラ王国の獅子王の息子が入学してきている、と」
挙動不審になりながらも、ぎこちなく笑う彼女はやがてその目元を赤く染めていった。豊満な胸の前で組んだ両手が、女の子らしいいじましさを表現するかのように微かに震えている。
――おいおいおい、ヴァレンティーノ殿下はどうした、淫乱ピンク!
てか、何だよその、中二病の心をくすぐる呼び名は。どこかの王国の獅子王の息子? それって明らかに――。
明らかに、重要な立ち位置にいる人間なんじゃね?
だから淫乱ピンクが瞳を潤ませてんのか。
「俺はラウール・シャオラ。君が言う通り、シャオラ王国の次期国王となる男、かな?」
冗談めかした口調でありながら、自信にあふれたその物言いは、確かに上に立つ人間特有の響きがあった。
「お会いできて光栄です、ラウール殿下」
ヴィヴィアンは制服のスカートをつまみ、淑女っぽいお辞儀をした。だが、あくまで『っぽい』感じだ。洗練されてはおらず、元気で親しみやすい仕草。
「わたしはヴィヴィアン・カルボネラと申します」
「カルボネラ?」
そこで、ラウール殿下とやらは眉根を寄せた。「確か、ヴァレンティーノ・レオーニ殿下の婚約者が――」
「それはわたしの姉です。姉の……ジュリエッタ・カルボネラが」
「ああ、君は妹なんだ?」
「はい」
ジュリエッタの名前を口にした瞬間に、仄かに漂わせる微妙な空気――怯えのような感情がラウールにも伝わったようだ。怪訝そうに彼女を見下ろし、少しだけ困惑したように微笑みかける。
「どうしたの?」
「いえ!」
ヴィヴィアンは明るく微笑み、ぱたぱたと可愛らしく両手を身体の前で振って見せた。やっぱり小動物じみた仕草だな、と俺は思う。ここまでナチュラルに新しい登場人物の心を惹きつけようとするヴィヴィアンという少女が末恐ろしい。
「とにかく、もっと人のいる方へ移動した方がいい。君みたいな魔力量の多い女の子なんか、魔蟲に襲われやすいんだよ」
ラウール殿下がそう言うと、ヴィヴィアンはその表情を強張らせ、そっと頷いた。
そして、殿下の後について歩き始める。控えめに、わざと距離を置いて。
しかし。
――だからおかしいの。本当はさっき、襲われるイベントがあったはずなのに。
俺の眼鏡は素晴らしく感度がいいらしい。彼女が殿下にも聞こえぬように口の中で囁いた言葉すら、ちゃんと届けてくれる。
――さっき?
そしてその直後、俺はぽん、と手を叩いてしまう。
なるほど、そのイベント、俺が潰したわ!
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