第16話 淫乱ピンク登場
ジュリエッタがまっすぐ水の塔の方へ歩いていくのを眼鏡で見つめていると、木々の裏辺りにアイテムが光っていることにも気づかされる。目立たない場所にあるから、生徒は誰もそれに気づいていないらしい。
なるほど、この眼鏡は使える。持ち出しは禁止とされてしまったが、ここでアイテムを探して、眼鏡を置いてダッシュで走っていけばアイテム取り放題ではないか。これを合成した俺、天才、と自画自賛していると、じいさんが料理の入ったタッパーみたいなものをたくさん抱えてドアを蹴り開けて入ってきた。
何かというと腰が痛いだと言い出すダミアノじいさんだが、本当はめちゃくちゃ元気なんじゃないかと疑うのはこんな時だ。
俺は眼鏡をテーブルの上において、じいさんの手伝いをする。
で、料理の感想としては。
魔法学園の料理人さんが作った料理は、何から何まで絶品でした。
「では、行ってきます」
「待ちなさい」
食事の片づけをして、眼鏡でアイテムがどこにあるのかチェックして、見慣れぬ輝き――間違いなくレアアイテム確定と思われる光を中庭の外れで見つけ、中二心をくすぐるマントを身に着けて部屋を出ようとしたら、ダミアノじいさんが俺の手首を掴んでとめた。
「お主、わしの話を聞いておったか? 今夜はそこら中に生徒がうろうろしとる。パーティを抜け出してアイテム探しをしている連中もいれば、将来の恋人候補を探しに目を皿のようにしている連中もいる」
「見つからないように気を付けます。見てください、このマント。絶対大丈夫です」
どや顔で俺がくるりとその場で回ってマントの裾をはためかせると、じいさんが頭痛を覚えたように額に手を置いた。
「リヴィアさんや」
「何でしょうか、おじいさま」
「とりあえず、これを持っていきなさい」
じいさんは右手を上げ、何事か呟きながらその手の平の上にカラスの翼を持ったハリネズミみたいな生き物を出現させた。「わしが作った使役獣でな、こやつに触れている間はお主の身体を消してくれるじゃろう」
マジか!
俺は目の前の奇妙な生き物を見つめた。目が真ん丸で、とても可愛らしい顔をしているけれど呼吸はしていないようだった。俺はそいつをじっと見つめながら、「ハリーと名付けていいですか」と笑ったら、じいさんに重苦しいため息をつかれた。
どっちだ、いいのか悪いのか!
そして、俺は自分の頭の上にハリー(仮名)を乗せて移動中である。マントを着てこいつもいれば、俺はまさに透明人間みたいな存在になれるようだ。俺が堂々と中庭を歩き、談笑する生徒たちの横をすり抜けても気づかれる様子はない。
ただたまに、魔力の強い貴族には、怪訝そうに足をとめられることがあった。それでも、俺の姿は見えていないようだが、あまりハリーを過信することはやめておいた方がいいだろう。
――あそこか。
俺が眼鏡で見つけたレアアイテムは、中庭の外れ、石造りのガゼボの傍にあった。
近くにはバラに似た花が咲いている花壇があり、おしゃれな形状のガゼボといい、逢引きに似合いそうな場所だな、と思いながら歩み寄る。
すると、見覚えのある姿がそこにあって、慌てて俺は木の陰に身を潜めた。
「光の魔法書を得たようだね、君の妹」
ムカつくまでに綺麗に微笑む背の高いイケメンには、見覚えがある。
「……はい。珍しいことですわね」
そう言いながら強張った笑みを返すのは、ジュリエッタさんである。
運が悪いことに、俺はどこかの王子様であるヴァレンティーノ殿下と、その婚約者であるジュリエッタさんのデートに出くわしたようだった。彼らはガゼボの中でベンチに座り、静かな会話を交わしている。
困ったことに、そのガゼボの向こう側、花壇の奥の方に俺が狙っているアイテムがあるのだった。この二人、俺が感じ取れるだけでもかなりの魔力量をその身体に秘めている。俺が彼らの脇を通り抜けて奥に行くとして、はたして気づかれずに済むだろうか。
そうして辺りの気配を警戒しながら窺うと、さすがに王子様とその婚約者、彼らを守るための護衛がそれほど遠くない場所に控えているようだった。武器は身に着けていないようだが、殿下の学友らしい魔法騎士が鋭い目つきで物陰で立ち尽くしていた。
大ホールからは、賑やかな音楽が聞こえてきている。他の生徒はダンスでも踊ってるんだろうか。
このまま、さっさと大ホールに行ってくれないかな、と息を詰めていると、そんな俺の心を知らない二人は何だか意味深な会話を続けるのだ。
「最初から光属性の魔法を扱える人間は少ない。私も、最初は雷属性からだった」
「ええ。しかし殿下、最初の魔法書の属性が決まるのは運も関係しているそうですね」
「運か。それでも、我が国の神殿の人間はそうは思わないだろう。君の妹――ヴィヴィアン嬢は幼い頃、神殿で洗礼の儀式は受けただろうか? その時に何か言われなかったのだろうか?」
「……え」
真剣な声音の殿下と、困惑したようなジュリエッタ。彼女はやがて申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「申し訳ございません、殿下。わたしたちは一緒に育ったわけではございませんので。もしかしたら父は知っているのかもしれませんので、次の休日にでも確認しておきます」
「そうか」
一緒に育ったわけではない妹。
俺は自分でも気づかないうちに、眉間に皺を寄せていたようだ。複雑な家庭環境何だろうかと考えながら、指先でその皺を伸ばしているとそこへ軽やかな足音が響いた。
――おお、淫乱ピンク!
と、叫ばなかった自分を褒めてやりたい。いや、そんな言葉は俺の口から出ないように魔法がかけられているかもしれんけど。
ヴァレンティーノ殿下とジュリエッタの二人きりの時間を壊すように、ふわふわとした可愛らしい小動物のような雰囲気の女の子が走ってきたのだ。
「あ、お姉さま!」
そう微笑んだ彼女は、ジュリエッタの噂の妹のようだ。
地球上には存在しないピンク色の髪の毛は綺麗に波打っていて、痩せてはいるけれどもその胸は女性らしく大きめに主張をしていた。声もジュリエッタとは違い、無邪気に明るくて可愛らしい。新入生らしく初々しい仕草で制服の裾をつまんで元気よく礼をしたが、何となく――何となくだが、あざとい可愛らしさだ、と思わせた。
何だろうなあ、あれ。
そう考えていると、子犬や子猫のような雰囲気と似通っていると思いつく。それも、満たされた環境で育ったのではなく、必死に自分を養ってくれる主を探しているような、計算高さをその無邪気さの裏に住まわせていた。
これっぽっちも似てねえ。
当然ながら、俺はそう独り言ちる。
唐突な妹の出現に言葉を失ったジュリエッタの様子から、あまり二人の関係は好ましいものではないのだろうと思わせた。
「ヴィヴィアン、控えなさい。新入生のあなたは、あちらで新しいお友達を作る予定なのではなくて?」
ジュリエッタはかろうじて冷静さを装ったようで、静かにそう言ったが、ヴィヴィアンはそれを気にした様子はなく頭を掻きながら笑い続ける。
「ごめんなさい、お姉さま。わたし、一人で中にいるのが不安で! あの、一緒に……その」
と、そこで彼女はちらりとヴァレンティーノ殿下に視線を投げ、さらに蕩けるような微笑を浮かべて小首を傾げて見せた。
「ごめんなさい、お邪魔をしてしまいまして。あの、わたし、ヴィヴィアン・カルボネラと申します。あの……?」
あざとい! さすがあざとい!
俺がまたもや淫乱ピンクと呼びたくなったのには仕方ないことだろう! 叫べないけどな!
上手く言えないが、ヴィヴィアンという少女は間違いなく、童貞を一発で落とすような無邪気さと色香を漂わせた小動物である。これ、ジュリエッタさんは分が悪いのでは――。
「ああ、私はヴァレンティーノ・レオーニ。初めましてだね」
「ヴァ……」
静かな殿下の自己紹介を聞いて、彼女は手で自分の口を覆って深く頭を下げた。「失礼しました! ヴァレンティーノ様、お噂はお聞きしております!」
本当に初耳だったのか、それとも演技だろうか。彼女は慌てて後ずさり、肩を震わせながら眉尻を下げて恐縮している。
姉妹だったら、自分の姉の婚約者くらい知っているだろうに。
「ああ、大丈夫、気を楽にして。我々は今、君の噂をしていたんだよ。君は光属性の魔法書を得たんだってね? ちょうどよかった、君に訊きたかったんだ」
「はい、何でしょうか?」
「君は神殿で洗礼を受けた? 光属性が強い子供は、神殿に聖女として声をかけられることもあるだろうと思ってね?」
――聖女。
何だかテンプレ的な展開になってきたなあ、と俺は腕を組んで考えこんだ。よくアニメやゲームでありそうなキャラクター設定じゃないだろうか。愛され主人公というやつだ。
「いえ、わたしは洗礼を受けていないので!」
ピンクは両手をぱたぱたと振りながら、そっと苦笑した。「洗礼を受けられるほど、裕福な生活をしていたわけじゃ……あ」
失言した、と言いたげに彼女は顔を強張らせて口を閉ざす。その視線はジュリエッタに向けられ、二人の視線が絡み合うとピンクはさらに身体を小さくして俯いた。
守ってやりたくなるような仕草だと言える。
が、その彼女に突き刺さるジュリエッタさんの視線は鋭すぎた。
ちょっとこれ、修羅場じゃないっすかね?
俺、いつになったらアイテム回収できますか?
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