第15話 マントと眼鏡

「光の塔の管理人は大変じゃのう」

 ダミアノじいさんが朝のコーヒーを飲みながら、ソファの上でのほほんと笑いながら言った。

「光の塔ですか?」

 俺はそう言葉を返しながら、蜂蜜とバターを乗せたパンケーキ、ベーコンエッグとサラダを、男らしく一つの皿に山盛りにしてテーブルに出す。

「光の塔の地下は、大部屋がないからの。あそこは全て貴族のための個室ばかりじゃから、準備もこれからの対応も大変なんじゃよ。何しろ、今年は期待の新人が多いらしいからの」

「なるほど」

 確かに、この炎の塔の地下の生徒たちの部屋は、四人部屋と八人部屋ばかりだ。ここで暮らすのは平民たちばかりで、皆がお互いを尊重した集団生活を送っている。

 じいさんに話を聞いたところ、入学した時に希望がなければ、ランダムで四人部屋か八人部屋かを割り振られる。その場合、自分の得意な属性とは関係がなく、他属性の魔法書を持つ生徒が炎の塔の宿舎に入るのも当然なのだという。


 二人部屋と個室も準備されているが、ここに入るなら授業料の他にもお金が必要になる。光の塔の他にも闇の塔や水の塔でも個室は用意されているが、防犯上、魔法騎士団が見回りするのが簡単だからという理由で王族といったやんごとない立場の人間は、光の塔に集められるらしい。


 しかも、光の塔では色々な場所でレア素材が見つかるらしいと聞く。大金を払ってくれる人間をそこに入れるのは、大金への見返りと言ってもいいのかもしれない。


 いいなあ、レア素材。


 光の塔よりは出現率が下がるが、闇の塔でもレア素材が見つかるのだという。いつか忍び込みたいです、とダミアノじいさんに言ったら、「忍び込むのではなく塔の管理人に相談しなさい」と返ってきた。ごもっとも。


「とにかく、光の塔には近寄らんようにな」

 食事が終わると、じいさんは食器を持って立ち上がり、それを片づけると宿舎の階の見回りに出かけた。新入生が入るから、準備は色々ある。でも、俺は下手に動くと危険だからと戦力外通告された。

 新入生とか、入学式とか見物してみたかったが、残念だ。


 入学式は午前中だけで終わる。

 新入生たちは実技塔の二階にある大ホールに集められ、そこで学園長のありがたい話を聞いて、さらに上級生代表の挨拶、新入生代表の挨拶を経て終了。

 その後、魔法書を作る作業へと移動する。新入生数百人がやるともなれば、結構時間がかかるだろう。

 食堂での昼食や、自分に割り振られた部屋での荷ほどきも同時に進行しつつ、全てが午後早めに終わったようだった。


 そして、夜は歓迎パーティなんだそうだ。いつもより豪勢な食事と、ダンスと、上級生によるマジック披露もとい、宴会芸魔法、いや、ちょっとおしゃれな魔法を見せつけられるという、何それ面白そう。


 魔法花火も上がるようだ。日本の夏の風物詩である豪華絢爛な花火よりも、もっと派手で生き物のように動き回って幻想的らしい。

 ダミアノじいさんが冗談めかして言っていたが、この花火の下で結構な数のカップルが出来上がるんだとか。

 くそ。リア充は滅べばいい。子供は真面目に勉強してろ。そして灰色の学生時代を送ればいい。


 俺は何もできないことにちょっと不満を感じながらも、ここ数日で集めまくった素材を使い、片っ端から合成して午後を過ごした。合成時には、そこそこ体内の魔力を持っていかれるようだけれど、魔力量の多いらしい俺は無問題である。


 そしてその結果、色々な加護のついた洋服やらローブやら靴やらアクセサリーやらが俺の目の前に積まれているわけだ。

 出来上がったものは、邪魔なら購買脇にある倉庫に預けておけるし、誰かに買ってもらいたければ購買の店先に飾ってもらえる。購買スタッフに依頼すれば、学園の外にある店でも販売できて、グラマンティの外からやってきた旅人とかが買っていく。グラマンティでしか採取できない素材も多いようで、それによって出来上がったアイテムは外の人間にとっては宝の山なんだという。きっと、転売するんだろうなあ。


 とりあえず今日の合成の大きな成果としては、気配と魔力、さらに声などを遮断する能力付きの、新選組の羽織みたいなデザインの格好いいマントができたので、それは自分用にとっておくことにした。夜中、こっそり中庭とかうろつくのにちょうど良さそうなマントである。誰か、このマントに『誠』と刺繍を入れてくれないだろうか。


 さらにもう一つ。

 炎の精霊の息と、水晶の欠片、サファイアの鍵を合成してできた眼鏡。これ、遠くのものを見る機能付きでかなりの高値で売れるアイテムである。合成できることがほとんどなく、滅多に店には出回らない。これもこっそり俺の手元に置いておくことにする。

 何だか、悪用する人間が多いらしいのだ、これ。

 うん、解るよ。

 この眼鏡をかけていれば、どこにいても覗きし放題だよな。可愛い子をストーカーするのにちょうどいいかもしれない。まあ、俺は悪用はしない。しないと思う。

 でも、これがあれば新入生にどんな子がいるのかとか、どういう授業をやっているのかとか、タダで見放題なんだよなあ。

 貴族連中がどこにいるのかも、これで見られるから彼らから逃げつつ歩き回るにはちょうどいい。


 やがて、階上が騒がしくなってきていることに気づいて、早速その眼鏡を試してみた。ちょっと意識するだけで、目の前に俺が見たかった光景が広がる。

 これがVRか。すげえ。

 炎の塔の生徒居住区に、初々しい制服姿の少年少女が入ってくる。一つの階は男性専用フロア、女性専用フロア、と分けられている。

 同室になる生徒に自己紹介しつつ、緊張に身体を強張らせる少年少女を見て、俺もちょっとだけ、彼らと同じ立場だったら楽しかっただろうなあ、と羨ましくなった。

 普通の人間で、魔法学園に通えるような立場だったら、と。


「今夜は夕食は準備しなくてよいぞ」

 夕方になると、そう言いながらダミアノじいさんが部屋に戻ってきた。「パーティでの豪華な食事がわしらにも回ってくるからの。わし、大量にもらってくる」

 どうやらじいさん、ちょっと浮かれているらしい。何故そんなに嬉しそうなのかと聞けば、質のいい肉が料理に使われるから、と拳を振り上げる。

「年を取ったら思うのじゃが、肉とは量より質じゃ! 酒も同じじゃからの! 安酒を大量に飲んで悪酔いするよりも、美味い酒を少し飲んだ方が幸せになれるのと同じなのじゃ!」

 ――なるほど。

 何となく解る気がしたから、俺はじいさんの好きにさせることにした。

 じいさんは厨房へ向かう前に、テーブルの上に置いてあった俺の眼鏡――炎の精霊の眼鏡を見て、「それはここから持ち出し禁止じゃぞ」と釘を刺すのを忘れなかった。


 俺はじいさんが部屋に戻ってくるまでの間、眼鏡をまた装着して色々なものを覗き見た。

 パーティを控え、塔から出てくる生徒たちの姿が増えている。

 中庭を散策している者、友達作りに精を出している者、色々な人間たちがいる。


 そして、光の塔の玄関前には、王族連中の召使らしい女性の姿もあった。身に着けているものは制服ではなく、かっちりとした質のいいシンプルなドレス。デザインは違えど、似たような立ち振る舞いの女性たちを見れば、何となく高貴な人間の付き添いの立場と解る。

 どうやら王族や貴族が入学する際には、一人だけ身の回りの世話をする人間を連れてきてもいいらしく、光の塔ではなく別の塔にある使用人専用フロアみたいなところに住まわせることができる。

 別世界だな、と思いながらも覗き見をしていると、見覚えのある金髪美少女を見つけた。


 ――ジュリエッタさん。


 俺はふと、妙な違和感を覚えてまじまじと彼女を観察する。

 ジュリエッタは酷く強張った顔で、前を向いて歩いていた。彼女の姿を見つけた取り巻きの二人の少女が、笑顔を張り付けて歩み寄ったけれど、ジュリエッタの表情は変わることがなかった。

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