第12話 魔力の大きさの違い
「え? え? は?」
ジーナは妙にカクカクした動きでベンチの上の素材と俺の顔を交互に見つめた後、茫然と呟く。「調味料……って、そ、そんなのでいいの?」
「いいですよ」
呆気に取られたせいか、彼女の口調が砕けていることに笑ってしまう。彼女はやがて俺の様子に気まずそうに眉根を寄せ、まだ信じられないと言いたげに疑念の浮かぶ表情で言う。
「でも、調味料って、あの。そのくらいだったら、じゃなくて、でしたら、わたしだって助言できますよ?」
「本当ですか?」
「はい。わたしの親、グラマンティの街で食堂をやってるので」
「食堂」
――マジで!?
俺が驚いていると、今度は彼女が余裕のある笑みを見せてきた。
「あまりおしゃれな店じゃないですけどね。地元の新鮮で安い食材を使って、お手頃感のある料理を出してます」
「友達になってください」
「あっはい」
咄嗟に俺が右手を差し出すと、自然と彼女も無邪気な笑顔を見せて俺と握手を交わした。何だこれ、と後になって思うけれど、この時はテンションが上がっていたのだった。
ジーナの顔立ちは可愛らしいし、俺より――リヴィアよりも低くて頭を撫でたくなるし、どことなく守ってやりたい雰囲気もあるし、俺は『初めてのガールフレンドゲット!』と浮かれていたが、これもやっぱり、後になって考えると『ガール』フレンド、じゃなくて普通の友達じゃね? とがっくりきたのであった。
何はともあれ、俺はジーナに二つのレア素材を提供し、あの赤毛が納得してくれたかどうか、後日話を聞くことになった。この件が片付けば、ジーナは一度、自宅に帰る予定らしい。その時に、お勧めの調味料をお土産として持ってきてくれることになった。優しい。
さらに、俺が炎の塔の管理人のダミアノじいさんの食事を作っていて、レパートリーがなくて困っていることを知ると、彼女は後でレシピを紙に書いて持ってきてくれるという。優しい。
こんなことがあったんだ、と夕食の時に話をすると、ダミアノじいさんはただ笑っていた。
しかし、何故かここ数日一緒に夕食を取っているリカルド先生からは、呆れたように見つめられた。「目立つなと言っているのに」と小さく呟いているのが聞こえて、俺にしては随分とひっそり生息していると思うのだが、と不満を隠せない。
下手に突っ込むと面倒くさいので、話を逸らしておこう。
「そういえば、何故、貴族と平民は魔力の大きさに差があるんですか? 魔力が大きいから貴族なのか、貴族だから魔力が大きいのか、そして何故あんなに貴族は偉そうなのか、疑問です」
「それは貴族と呼ばれる連中が、始祖の血を引いているからじゃな」
ダミアノじいさんが、俺特製ニンニク唐揚げを頬張りながら言う。
「シソ?」
「この世界の最初の神の名は、ダルクヴィニアという。ダルクヴィニア神は全知全能の存在であり、全ての始まりと言われている。最初にこの世界を作ったのが彼であり、彼が他の神々を作り、精霊を作り、人間を作った。ダルクヴィニア神に加護を受け、血の盃を受けて魔力を得た一部の人間が始祖と呼ばれ、その子孫が貴族と呼ばれるようになったのじゃ」
「……よく解りませんが、神様の血を引いているという感じですか?」
本当によく解らないが、凄い神様なんだろう。
全知全能の神とか、前世でも似たような感じのものを聞いたことがあるけどよく覚えていない。
イエス・キリストか、それともゼウスか?
イエス・キリストは死んでも復活したし、ゼウスは確か、恐妻家だったってことくらいしか解らん。
「そんな感じじゃな。ただ、全知全能とはいえ、彼が作り出した他の神々には色々な欠点もあるし、誤った道に進むものもおってな。邪悪の沼に落ちた神もいて、彼らは悪意と憎しみを大地にふりまいた。そのせいで、穢れた大地から魔蟲というものが生まれるようになったのじゃ。貴族連中は大きな魔力を得た代わりに、魔蟲を倒すことを使命としている……はずなんじゃがのう」
「違うんですか?」
「人間もまた、時代が流れていくごとに道を誤りつつあるのかもしれんな。責任が伴う貴族だというのに、魔力が大きいからと、その権力を笠に着て自分勝手に振舞う連中も少なくない。残念ながら、その縮図がこの学園にもあるのよ」
「……なるほど?」
俺は少しだけ考えこむ。
まあ、よくある話なんだろう。増長した人間は厄介だ。正しくその力を使うこともせず、平民を下に見て笑っている奴らも多いのかもしれない。
昼間に見た、赤毛連中のように。
「じゃあ、神具というのもその……ダルク何とか神が作り出したものなんですか?」
続けて俺がじいさんに訊くと、彼は「ダルクヴィニア神じゃ」と短く訂正した。やっぱり長いカタカナの名前は覚えられる気がしない。そのうち三段活用しそうだ。ダルクビニール神とかダルクドリア神とかダルクシニア神とか。すまんね、ダルク何とかさん。
「神具もアンブロシアも神が作り出したものじゃと言われておるがのう」
じいさんは歯切れ悪くそう言って、少しだけ沈黙した。
すると、ずっと黙って俺たちの会話を聞いていたリカルド先生が口を挟んだ。
「悪用する人間が生まれるのも世の常だということだ。お前も、自分が魔力が強いと慢心すれば、いつか道を踏み外すぞ」
えっ。
ああ、そうかもなあ。
俺は胸を突かれたような気がして息を呑み、そしてその言葉を受け止め、拳を握りしめる。
「悪用はしません。目指すのはスローライフです。アイテム回収して富豪を目指します。それと、可愛い彼女をつ」
「余計なことはするな」
俺の台詞を遮って、リカルド先生は視線をダミアノじいさんに向けた。「この問題児ですが、性格に難はありますが順調に魔法を覚えてくれています。入学式の後は忙しくなって教える時間が取れませんので、後数日で追い込みをかけます」
「よろしくの」
「え?」
追い込み?
何その試験の一夜漬けみたいな感じ。睡眠時間くらいはもらえるよな? な?
「防御魔法の初歩くらいは教えておきたいんだ」
リカルド先生はそこで鋭い目で俺を睨む。「入学式で外部から若い子たちが入ってくる。お前のその見た目に騙される男子もいるかもしれない」
「騙され……」
随分な言い草じゃないだろうか。俺の見た目が何だっていうんだ。美人で何が悪い。
「お前を口説いたり、手を出したりする男子がいたらどうする」
「全力で逃げたいです。教えてください、防御魔法」
そこでリカルド先生が斜に構えて笑う。イケメンがそういう仕草すると余計にむかつくんだよな、と思いつつ、俺は女の子だけを惹きつけてくれる魔法があればいいのに、と内心で考えていた。
「それに今回は、多少……厄介そうな連中が多いのだ」
先生はやがて、ため息をこぼして目を伏せた。
「厄介とは?」
「王族の連中やら、その側近やら、何だか妙に貴族連中が騒ぐような新入生が多い。お前を神具と見抜ける人間はいないと信じたいが、バレたら間違いなく誘拐されると思え」
ひー。
いや、でも、相手が王族なら誘拐されてもセレブな生活が送れるのでは――と少しだけ現実逃避しそうになったが、やっぱり不安が残るので炎の塔の地下に引きこもる方が安全だと思い直した。
そして結局、それから毎晩、リカルド先生に襟首掴まれて子猫よろしく実技塔へと引っ張り込まれたのであった。
そんな充実した(?)毎日を過ごしていると、入学式がやってきた。
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