第11話 異世界にもカツアゲはある

 その日、生徒たちはまだ春休み中だというのに、中庭にはそれほど姿を見かけなかった。

 というのも、理由は何となく解る。

 ここずっと、俺はアイテム回収に精を出していたが、中庭で取れるアイテムは聖なる羊皮紙や精霊の布、鉄鉱石や煉瓦石といった、どこでも取れる普通なものが多すぎると実感していたからだ。

 課題として提出したいからには、レアなものが取れそうな場所に入り浸った方が効率がいいだろう。

 そういった背景があるせいか、天気のいい中庭にいる生徒たちの様子は、どちらかというと余裕があって、談笑したり息抜きしたりという少年少女たちばかりだったようだった。


 この数日で、俺はリカルド先生に魔法を習い、本当に初歩の初歩の魔法を教えてもらっている。普通は、誰もが一つの属性の魔法書を得て、例えば炎の属性ならそれだけを初級魔法から上級魔法まで習い、ある程度落ち着いたら別の属性の魔法書を得るらしい。その方が、魔法のコントロールが上手くいくんだとか。

 それを繰り返すことによって、色々な属性の魔法を操れるようになる。

 しかし、俺は全属性の魔法書を持っているので、あまり気にせずそれぞれの属性の魔法を学習することができた。

 魔力量が違いすぎるんだ、とはリカルド先生談。

 リカルド先生は俺が神具だと知っていたから、結構無茶苦茶な教え方をしてくれる。後から後から、全属性の初歩魔法を詰め込まれるようにして教えてもらったが、一度覚えてしまえば魔法書に書き込まれてしまうので、忘れるということはない。

 覚えれば覚えるほど、俺は魔力というものを読み取れるようになっていった。


 俺の肉体に潜む膨大な魔力もそうだけれど、ダミアノじいさんやリカルド先生の魔力量も大きいということは簡単に解ったし、生徒の姿を見かけると、彼らがどのくらいの魔力を持った人間なのか解る。


 貴族と平民。


 それは、間違いなく貴族の方が魔力が大きかったし、平民は小さいことが多かった。ごくまれに、平民と呼ばれる生徒にも膨大な魔力を持った人間もいる。でも、本当にごくまれだ。

 よく見ていると、何となくだけど彼らの得意な属性まで読み取れるような気がしていた。彼らに話しかけることはないし、答え合わせはできないけど、人間観察は楽しい。

 俺は昼間、色々な生徒を見かけるとバレないようにこっそり観察することにしていた。


「あなた、本気ですの?」


 そんな声が聞こえたのは、中庭の外れの方だ。

 中庭は広い。とにかく広い。それぞれの塔を行き来できるように敷地の中心にあって、たくさんの人間が自由に行き交う場所。しかし、広すぎるせいか端の方はほとんど人影はない。

 そこに、数人の少女たちが立っている。

 俺は整然と並ぶ木々の間で、彼女たちに見えないように気配を消して足をとめた。ありがたいことに、木々が背が高く、幹も太いから俺一人くらい簡単に隠してくれる。

「わたしはレア素材が欲しいとお伝えしたはずですわね? こんなもの、誰でも簡単に手に入るじゃありませんか」

 そう嫌味っぽく笑いながら言ったのは、明らかに貴族らしい魔力を持った赤毛の少女である。言葉遣いからして貴族っぽい。ってか、『ですの?』とか言う貴族って実在するんだな、とちょっと感動した。

「も、申し訳ありません! でも」

 青白い顔色で、必死に頭を下げているのは平民なんだろう。栗色の髪の毛の痩せた少女は、今にも泣きそうなくらいに顔を歪めていた。

「でもじゃなくて、早く手に入れてくださる? あなたとしても、早くこの件を片づけた方がよろしいんじゃなくて?」

「そうですわ。こちらも忙しいわけですし」

「手を抜いているんじゃなくて?」

 貴族さんたちは合計三人。三対一で捲し立てるその圧は、ちょっといただけない。これ、いじめってやつじゃないだろうか。

 貴族の少女は、どうやら素材を受け取ったらしく手の中でそれを弄んでいたが、やがてそれを地面に放り投げて笑った。

「明日までに後二つ、用意してくださいね。こんなつまらないものじゃなくて、ちゃんとしたものを持っていらして?」

 彼女はそう言い放ち、二人の取り巻き少女を連れてその場から離れた。

 俺はその三人に見つからないように立つ位置を調整しつつ、見送った。


 カツアゲか。

 魔法学園というファンタジー世界にも、こういうのが存在するんだなあ、と苦い気持ちになる。

 つか、素材なんかその辺にたくさんあるだろ! 他人から巻き上げようとすんな!

 俺は三人の姿が完全に見えなくなってから、残された少女へ視線を戻した。


「……最低」

 彼女は目に涙を浮かべつつ、苦し気な笑みを浮かべた。

 確かに彼女たちは最低だな、と思いながら、俺は少しだけ考える。そして、そっと木の陰から足を踏み出した。

「あの」

 俺がそう声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせて怯えたように俺を見る。でも、俺が生徒ではなくて管理人の質素な服装だと気づくと、戸惑いの色を浮かべて首を傾げた。

「すみません、ちょっと見てしまいまして」

 俺がそう続けると、彼女は「ああ」と脱力した声を上げた。

「ああいう悪質な人たちは、先生に相談してはどうでしょうか」

「いえ、いいんです。目を付けられたら卒業まで大変ですから」

 確かにそうかもしれないが……不穏な芽は早めに抜いてしまった方が楽だと思うんだが、と俺は顔を顰める。

「大丈夫ですよ」

 と健気に笑ってこの場から離れようとした彼女を、俺は慌てて引き留めた。「悩みは吐き出しておいた方が」とか「聞くことしかできませんが」とか、それっぽいことを言い連ねていると、明らかに心が弱っているだろう彼女は、やがてそれを受け入れた。


 栗色の髪の少女の名は、ジーナといった。

 平民だが、魔力量が多いから運よく入学できたのだと笑う。

 しかし、運が悪かったのはさっきの貴族連中に関わってしまったことだ。教室の席に着こうとした時、運悪くさっきのご令嬢――赤毛の落とし物を踏んでしまったことから、今回の件は始まった。

 高級なペンを踏んでしまったらしく、傷がついたから弁償しろと言われたものの、高価すぎて到底払うことができない。ではその代わりに――、と言われたのがレア素材を見つけたらそれをよこせ、という無茶ぶりである。

 しかも、赤毛にだけレア素材を渡せばいいのかと思えば、いつの間にか取り巻き二人にもレア素材を提供しろ、と話が大きくなっていた。

 赤毛のために一つはレア素材と呼ばれるアリアドネの糸を渡すことができたらしい。しかし、なかなか後二つを手に入れることができず、それほどレアとは呼べないけれどそこそこレア、みたいな素材を渡したらこうなった、という話だった。


「本当に先生には相談しないんですね?」

 俺が再確認のためにそう訊くと、躊躇いなく彼女は頷く。何とか今日の夜、レア素材が見つかるまで学園内を探してみると言うので、俺は思わずこう提案してしまった。

「じゃあもしよろしければ、わたしが手に入れたレア素材はどうでしょうか」

「え?」

 怪訝そうに首を傾げるジーナの前に、俺が今日の午後、色々なところを歩き回って見つけてきた素材を取り出し、近くにあったベンチの上に並べていく。

 普通の素材もたくさんあったが、闇のため息、光竜の髭、ルビーの欠片、辺りは結構高値で売れたはずだ。

「えええええ?」

 一瞬だけ硬直したジーナは、あまりにも驚きすぎて両手で口を塞いで後ずさった。

「夜中、学園内を歩き回るのは危険ですし、見回りの先生も厳しそうですし、どうでしょう、ここでわたしからお買い上げくださいませんか?」

 俺が満面の笑みでそう提案すると、彼女ががっかりしたように肩を落とした。

「……わたし、そんなにお金持ってないです……」

「ああ、大丈夫です。わたしが欲しいのは、お金じゃなくて……そうですね、知識です!」

「は?」

 ジーナはそこで何を言われたのか解らないと言いたげに口をぽかんと開ける。


 そうだ、忘れていたけれど、俺は知りたいことがあったのだ。


「わたし、できれば食堂のスタッフに聞きたかったのですが、時間がなくて聞きにいけずにいたのです。料理に使うお勧めの調味料は何なのか。もう、塩胡椒とニンニクでは料理の限界を迎えています!」

 俺が拳を握りしめて力強く言うと、彼女の眉間に皺が寄った。

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