第10話 見回り当番のミレーヌ先生はほぼ幼女

「暴力は反対です」

 俺はそう言ったけれど、リカルド先生には聞き流されたらしい。彼はこの部屋を出るように促し、また暗い廊下へと出ることになった。


「先生、質問があるのですが」

 廊下を歩きながら、目の前を歩く背中に向かって問いかける。「わたしが魔法書とかいうものを何冊も持つことができたのは、わたしが……その」

 ――神具、だからだろうか。

 アンブロシアとかいうやつは、魔力が大きいと聞いたし、何らかの関係があるのかもしれない。

 だから詳しく訊きたかったけれど、前方に何かの気配を感じて口を閉じた。まあ、リカルド先生も俺の声がよく聞こえなかったようで、もう一度聞き直そうと俺を見たところだったが、俺と同時に『それ』に気づいたみたいだ。


「リカルド先生、お散歩ですか、デートですか」

 そう言いながら、暗闇の中で足音もなく姿を見せたのは、黒いローブを被っている少女だった。フードを外し、にこにこと微笑んでいる彼女は、年齢は十歳くらいに見える。

 白銀の髪の毛と、赤茶色の大きな瞳、あざといくらいに可愛らしい口元。身長は俺より低いし、可愛いから頭を撫でたくなる衝動に駆られた。

 しかし、リカルド先生は冷静に言った。

「散歩でもデートでもありませんよ。ミレーヌ先生は見回り当番ですか?」


 先生!?


 ほぼ幼女じゃないですか!?


 という疑問を顔芸でリカルド先生に投げかけたが、あっさりスルーされた。


「はい、わたしは見回り途中です。今夜はもうすでに、三名の門限破りの生徒を発見、塔に送り届けてきました」

 世も末だ、と言いたげに顔をしかめる彼女――ミレーヌ先生は、その幼女っぽい姿もあって、その表情は全く似合っていない。アンバランスなところが魅力とも思うが、さすがに幼すぎる。

 っていうか、教師ってこんな幼女でもなれるんだろうか。

「……人は見た目にはよらないというだろう」

 俺の百面相に呆れたように顔を顰め、リカルド先生がぽつりと言う。どういう意味だろうとミレーヌ先生を見たら、彼女は俺より低い視点の位置から、くすくす笑って小首を傾げてみせた。

「そうですよ。わたし、こう見えても三十二歳です」


 ファッ!?


「子供の頃から薬草摘んで調合して売って稼いでまして。どんな薬効があるのだろうかと自分の身体を使って実験していたんですけど、その飲み合わせがよくなかったのか、何度も死にかけたんです。何かそのうちに、変な症状が出始めまして。気が付いたら、身体の成長が止まっちゃったんですよね」

 硬直した俺をさらに楽しそうに見上げながら、彼女はとんでもないことを続けたのだった。

 早い話、人体実験というやつじゃないか。死にかけたってマジか、マジそうだ。嘘をついている感じはない。

「つまり、不老不死、ということですか?」

 俺が恐る恐るそう訊くと、彼女は肩を竦めて首を横に振る。

「いえ、普通に怪我をしますし、治る速度は変わりませんから、身体はこうですけどいつか死ぬと思いますよ」

「そ、そうですか」

「あなたはダミアノ先生の秘蔵っ子ですよね?」

「え?」

「あなたに飲ませる薬湯のことで、たまに相談を受けたりします。ちょっとダミアノ先生は過保護のような気もするんですが、ああいう人なので諦めた方がいいですよ」

「ああ、はい、何となく解ります」


 なるほど、ミレーヌ先生はあのヤバい薬の制作関係者か。不味くて身体に悪そうな薬ではあるけれど、確かに飲んでぐったりした後に体調がよくなる気はしていた。

 でも俺は今、あの味を思い出したせいで情けない顔をしたんだろう。彼女に同情に満ちた目で見上げられ、何とも複雑だった。

「後で、新しい薬も試させてくださいね」

「……正直、遠慮したいです」

 類友、という言葉が頭に浮かぶ。じいさんも薬の調合となると周りが見えなくなるが、きっとこの少女――いや、女性もそうなんだろう。

 ふと、ミレーヌ先生も俺の身の上――神具だということを知っているんだろうかと疑問を抱いた。

 それを問いかけるのは、万が一違った場合に困ったことになる。先に訊くべきはダミアノじいさんか、と唇を噛む。


 やがて、リカルド先生のため息が聞こえた。

「お互い、時間は有限だ。ミレーヌ先生、この辺りで」

「ああ、すみません、デートの邪魔でしたね」

「デートじゃない」

「デートじゃありません」

 意味深に笑う彼女に向けて、俺とリカルド先生の言葉が重なった。

 何か心得ている、と言いたげな仕草で彼女はリカルド先生の腕をぱたぱたと叩き、彼女は意味深な微笑みをこの場に残して姿を消した。


「生徒の門限って何時なんですか?」

 ミレーヌ先生と別れた後、俺はリカルド先生の後に続いて廊下を歩く。すると、また誰かの気配を感じて足をとめ、小さくそう問いかける。

 薄暗い廊下の前方に、見慣れたきらきら光るアイテムの印があった。普通だったら間違いなくそれに飛びつく俺だったが、そこには先客がいたので踏みとどまる。

 生徒らしい小さな影が、アイテムを発見して拾っているのが見えたのだ。


「門限は一応、二十一時だが、二十二時までは大目に見ている」

 リカルド先生が胸ポケットから懐中時計らしきものを引っ張り出し、視線をそれに落とす。

 俺は時間が何時なのか解らないが、リカルド先生の眉間の皺が深くなったことから、二十二時に近いんだろうと予想はついた。


「アイテム回収終わったらすぐに自室へ戻りなさい」

 鋭い声が生徒の背中に飛んでいくと、飛び上がるように驚いた生徒――制服ではなく、部屋着を身につけた少年が立ち上がった。

「すみません! 帰ります!」

 渋い表情のリカルド先生に睨まれても、少年の表情は少し緩んでいた。手の中には俺がまだ見たことのない形状のアイテムがある。小さくてよく見えなかったが、暗闇の中でも輝き方が凄かった。

「……レア素材でも見つかったのか?」

 リカルド先生はそこで少しだけ声音を和らげ、彼に歩み寄って手の中を覗き込む。「サファイアの鍵だな」

「そうなんです!」

 驚いたリカルド先生に自慢するように、少年は青白く輝くアイテムを見せてきた。サファイアの鍵というパワーワードに惹かれて、俺もリカルド先生の背後から覗き込む。

 すると、少年が俺の顔を見て少しだけ驚いたように目を見開いた後、僅かに顔を赤らめた。解るぞ、今の俺は美少女だからな!

「サファイアの鍵とは……?」

 と首を傾げると、少年が食いつくような勢いで身を乗り出してきた。

「合成に使うと凄いものが出来上がる確率が上がる、素晴らしい素材です! 売れば五万ルドが相場ですね!」

「五万ルド!」

 この世界でのお金はルドで数えられる。俺が一か月住み込みでこの魔法学園で働いて、支払われる金額は十万ルド。その半分と考えれば凄い金額だ。

「やっぱり、夜の方がレアアイテムが見つかるって本当なんですね。これで課題も安泰です」

 少年はそう言った後に俺たちに頭を下げ、浮かれたような足取りでこの建物を出て行った。


 課題って何だろうと思っていたら、リカルド先生が説明してくれた。


 今、学園は新入生の入学式まで休みに入っているらしい。

 短い春休みってやつだろうか。

 休み中だから、生徒は学園内で過ごしてもいいし、自分の国へ戻ってきてもいい。外出だろうが観光だろうが自由だ。しかし、宿題が出ている。魔法の授業に関するレポートや、アイテム合成品の提出なんだとか。

 もちろん、レアアイテムで合成したものの良し悪しで成績が変わるわけではないが、凄いものが合成できたら他の生徒たちを驚かすことだってできるし、後々、それを売れば一財産になることもある。だから――特に貴族ではない生徒は必死になるのだとか。

「たまにとんでもないものに化けるからな」

 リカルド先生は言う。「しばらく前に、魔力増幅の杖ができたこともある。あれは凄かった。アイテム合成で出来上がるものは運とはいえ、かなりの強運を持っていなくてはできなかっただろう」

「高く売れそうですね」

「ああ、確か、貴族の人間が三千万ルドで買い上げていた」

「三千万」

 俺がそこで言葉を失っていると、先生は苦笑を返してくる。

「ただ、さっきのサファイアの鍵も、本当に運が悪ければ百ルドにしかならないアイテムに化けることもある。あまり期待するなよ」

「一攫千金ですか」

「だから期待するなと」


 そんなバカな話をしつつ、俺はリカルド先生に魔法を教えてもらうための部屋に連れていかれたのだった。多少の魔法の暴発も押さえ込むことができる、色々な仕掛けのある部屋らしい。

 俺はそこで、これから毎晩のように初歩魔法を教えてもらうことになる。


 そして、アイテム探しをしている生徒の姿も毎晩のように見ていた。それで何となく気づいたのは、夜中に必死にアイテムを探しているのは、貴族ではない普通の生徒ばかりだということ。


 そして、言葉は少しだけ悪いけれど、『平民』である一般生徒と、貴族とのトラブルというものが見えてきたのは、とある日の天気の良い午後のことだった。

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