第9話 全属性の魔法書を持つわたしは

 そうして、気が付けば何故か俺たちは夕食を共にしている。

 ダミアノじいさんと長い話をしている間に、すっかり夕食の時間になっていたらしい。リカルド先生が疲れを顔に滲ませつつやってきて、ソファに座り込んでじいさんと話をし始めてしまったので、俺はいつものように食事の用意を始めた。


 教師であるリカルド先生も、生徒と一緒に食堂で食事をすることが多いらしいが、誰かに話しかけられても疲れていて頭が働かない、ということで逃げ出してきたようだ。

 食堂で取る食事よりは質素だろうし、いわゆる男飯ではあったけれど、それなりにリカルド先生の口にもあったようで何よりだ。

 この世界には米もあればパンもあり、パスタに似た麺類もある。

 炊飯器はないが鍋でご飯は炊けるのだから、何も問題はない。

 おかずに関しては、塩胡椒、ニンニク、質のいい肉があれば基本的に何とかなる説を唱えたいところ。我儘を言えば、醤油と味噌とオイスターソースとマヨネーズと料理用の酒とダシ類が欲しいんだが、そのうちじいさんに何とかしてもらおう。


「そろそろ魔法を教えようと思っているのです」

 リカルド先生は肉野菜炒めとニンニク炒飯をある程度食べてから、そう切り出した。「新入生が入学してしまえば、また当分忙しくなるのは決定ですから、今のうちにやってしまいましょう」

「そうじゃな、頼むとするか」

「じゃあ、早速今夜からやりましょうか。学生のいない夜中でしたら好きに動いていいと学園長に許可も得ています」

 そんなやり取りを経て、俺は暗くなった学園内の探検と、初歩中の初歩といった魔法を教えてもらうことになったのだ。


 転生前の映画で見た魔法学園ものでもそうだったけれど、実際に探検してみると本当に不思議な魅力がそこにはあった。

 魔法を学ぶ前にやるべきこと、それをやろうと言われて俺はリカルド先生の後をついて歩く。

 炎の塔から出て、実技塔と呼ばれている建物へ向かう。

 不思議なもので、真っ暗な中庭や廊下も、誰かが通れば設置されているランプが自動的に灯る。相変わらず、夜中もアイテムの発生は起きているようで、俺はリカルド先生の後をついて歩いているのに、見つけるたびに駆け寄って着実に拾い集めていった。

 しかも、魔蟲は夜の方が大きい姿で現れるようで、暗い屋外でも黒い靄が妙に存在感を持って出現するので、俺は躊躇いなくそれにナイフを投げて魔蟲石に変化させていく。

 大漁!

 しかし、途中でリカルド先生が俺の行動に気づいて、心底呆れたように振り返り、渋い表情をして見せる。

「落ち着きがないと言われないか?」

「アイテム回収は基本です」

「何の基本だ」

「働かざる者食うべからず、生きていくためにはお金が必要なのです。しかも、この世界はアイテムが湯水のようにあ」

「否定はしないが、後にしろ」

 と、最終的には俺は彼に服の襟首を掴まれ、首の後ろをつままれた子猫よろしく移動することになった。やはり、解せぬ。


 当然のことながら、実技塔の廊下には誰の姿もなかった。

 かつかつと足音を立てつつ、俺たちは歩き、とある部屋の前で足をとめる。

 リカルド先生が巨大なドアに手をかざすと、がちゃんがちゃんがちゃん、という複数の鍵が開く音がした。厳重な施錠から、そこが特別な部屋なのだと解る。

「ここは教師の同行なしには入出できない場所だ。とにかく入れ」

 教師の同行……ということは、じいさんは無理なのか。

 リカルド先生は先に立って歩き出し、俺も辺りを見回しながら足を踏み入れる。

 広い部屋で、何の飾り気もない石造りの壁、中央にぽつんとある石造りの教卓のようなもの。しかし、その上空には巨大な宝石のようなものが浮かんでゆっくりと回転しつつ輝きを放ち、この部屋をぼんやりと照らし出していた。

「これ……魔蟲石ですか?」

 巨大すぎてびっくりするけど、間違いなく魔蟲石と同じような力を発しているのが解った。しかし、俺が今まで学園内でゲットできた魔蟲石の大きさは、どんなに大きくても小石程度だ。でも、目の前にあるのはバレーボール程度の大きさがある。


 すげえヤバい魔蟲を倒したんだろうと予想がついて、さらにこの値段が気になった。お高いんでしょう? と言いたくなる。


「このくらいの大きさの魔蟲石なら、一生遊んで暮らせるくらいの金額となるな」

 リカルド先生は俺の心を読んだかのように小さく笑った。「当然ながら、そう簡単には手に入らない」

「はー」

「いいから、その前に立て」

 俺はリカルド先生に言われて、大人しく教壇の前に立つ。魔蟲石の輝きの下、石造りの教壇――いや、祭壇のようなものを見下ろし、そこに石の彫刻があるのが解った。それは分厚い本を開いた形になっていて、細かい文字も彫り込んである。

「ここは学園に入学した者が全員一度は入る部屋だ。簡単に説明しながら続けるがいいな?」

「……はい」

「そのページに手を当てろ」

「こうですか」

 右手を伸ばし、ひんやりとした石の彫刻に触れる。すると、ぴりりとした痺れるような感覚が沸き起こる。そして、魔蟲石がひと際激しく輝き、俺は思わず目を細めた。

「こうやって、お前の体内にある魔力を鑑定する。魔力量、向いている属性などが測定され、それに続いて」


 目が開けていられず、とうとう目をぎゅっと閉じる。

 すると、急に俺の身体が熱くなり、腹の奥からその熱が膨れ上がっていくのが解った。これが魔力というものなんだろう、熱くてどろどろとしていて、身体を焦がすようだ。


「我々が住むこの世界では、全ての魔法使いが自分だけの魔法書を持っている。命を削り取り、一冊の本を具現化し――」


 と、リカルド先生が息を呑み、言葉を失ったのが解る。


 さらに、ばさばさばさ、と音が続いて。


 俺が恐る恐る目を開け、音がした方――俺の足元へと視線を投げると、そこには何冊もの本が落ちていた。


「……は?」

 茫然とした先生の声に、俺は首を傾げながら顔を上げ、何が起きているのかと視線で問う。先生は眉間にくっきりとした皺を刻み、呟くように続ける。

「……普通、一冊なんだが」

「何が、でしょうか」

「誰だって、属性は一つに特化するものだ。最初から光や闇、炎や水、雷や土、風……全属性あるのはおかしい」

 全属性? 魔法書とか言ったけど、これをどうしたらいいんだろうか。拾ってもいいんだろうか。

 俺は何度か足元とリカルド先生の顔を視線で往復した後、身を屈めて落ちている本を拾おうとした。


 が。


 また、そこで光が弾け、七冊あった本が浮かび上がって辺りをくるくると回り、何故か一冊に再合成されたようで、さらに分厚い本になって俺の手の中に落ちてきた。

 ごつい表紙だ。凄まじく硬く、重く、銀色に輝く表紙はまるで金属製。これ、もしかしたら鈍器になるやつ。

 しかし、持っていると身体がじわじわと熱を持ち、本もページを開けと無言の圧力をかけてくる。

 なんぞこれ。


「魔法使いはそれぞれ、魔法書というものを持つんだ」

 やがてリカルド先生は説明してくれた。

 この部屋は、ここにやってきた生徒たちの命から、魔法書を抜き出す作業場なのだという。学園で覚えた魔法は、自動的にこの魔法書に記録され、通常なら呪文を詠唱しなくてはならないものも無詠唱で発することができる。

 魔法書を作り出す作業は魔蟲石を使わなくてもできるが、失敗すると魂そのものも傷つけてしまうため、それは避けられているらしい。しかも、この巨大な魔蟲石からも魔力を分けられて作られるので、普通に作り出すよりも力を持つ。

 魔法書は、魔法を使わない時には基本的に体内に収納され、使う時だけ手の中に現れる。

 素晴らしきかな、ファンタジー世界の設定。無駄に格好いいな。


「つまり……」

 俺は手の中にあるずっしりと重い本を開き、真っ白に輝くページをめくる。もちろん、どのページも今は何も書かれてはいない。きっとこれからここに魔法の呪文とかがこれから書かれていく。

「全属性の魔法書を持つわたしは、この世界最強、というわけですね?」

「女性を殴りたくなったのは初めてだ」


 何故だ。

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