第8話 神具、狂える剣
「正直に言ってしまうと、どうなのかという思いもある」
「どういう意味ですか?」
「お主は記憶がないと言っておるし、普通だったら不安で仕方ないだろうに、それなのにこんな状況でも簡単に生活に馴染んでおるし、間違いなく神経が図太いんだろうが、それでも」
「どういう、意味ですか?」
長くなりそうな彼の台詞を遮りつつ笑顔を作って、それでも圧をかけるとダミアノじいさんは持っていた本を俺に差し出してきた。
古びた分厚い本を反射的に受け取って、開いたままだったページに視線を落とす。
『神具の核の保管は厳重にせねばならない。神具の苗代となるアンブロシアも管理ができればいいが、誕生する地には規則性はなく、生まれても自我や防御機能を持たないため、その力を求める魔物の糧となりやすく――』
「何ですか、これ」
視線を上げてダミアノじいさんを見つめながら、アンブロシアという言葉に聞き覚えがあると思い出していた。リカルド先生が俺に訊いてきたのが、確かこれだ。
神具って、神の方か。寝る方の寝具じゃなかったんだ。
で?
それが何?
ひたすらダミアノじいさんを見つめ続け、さらに圧をかける。しかし、じいさんも負けてはいない。俺を正面から見つめ返し、その口元には笑みすら浮かぶ。
そして彼は言った。
「この世界には、神具というものが存在する」
「はい」
「この世の穢れから生まれる魔蟲がおるじゃろ? あれも放っておけば人間よりも大きく成長して手が付けられなくなる。そういう時に、役に立つのが神具と呼ばれる武器なのじゃよ」
「武器?」
そういや、日本にも三種の神器とかいうのがあったなあ、と思いながら相槌を打つ。
「まず、神具の核というものが世界に生まれた。これは武器の種のようなものじゃな。アンブロシアと呼ばれる餌を食べて、人格を持たない武器と進化する」
「武器が人格……?」
持たないのが普通だろうに、と眉を顰めると、彼はそんな俺の心を読んだかのように続けた。
「神具は普通の武器ではないからのう。神具の核というのは大抵が、古代から受け継がれているもので、厳重な管理のもとに保管されている」
「……どこに、ですか?」
「国の保管庫とかに、な。稀にどこかの貴族や魔法使いがこっそり保管している場合もあるが、大抵はそれが他人に知られたら国王の命令などで取り上げられてしまうものじゃ。それである時、どこかにアンブロシアという存在が生まれ、核がそれを求めて騒ぎ出すのじゃよ」
……うん、何だかよく解らないが、とりあえず聞いておこう。
「アンブロシアは姿かたちは人間として生まれる。ただ、生まれた時から凄まじい魔力を持つ代わりに、人格というものは持たない。周りの人間に世話をしてもらわねば生きていけない存在じゃ。しかし、神具の核に『喰われる』ことによって、人格のようなものを得て、意志を持って動くことができる。ただ、その意志は……核の性質がそのまま反映されておってのう……」
……うん、大体この後の展開は予想がついた。
「まあ、早い話が、お主がそうなのじゃよ。核に喰われて、その核の影響を受けて、攻撃的な行動しか取れない野生児。それが」
「わたしですか」
「ただし、核に取り込まれて神具になったお主は強い。とにかく強い。相手が魔蟲なら、どんな大きさに育っていても欠伸をしながら殺せるほどでな。長年、お主が核として保管されていた時も、過去の事例から『狂える剣』と呼ばれていたらしいぞ」
「格好いいですね。若い時に間違って黒歴史を作ってしまったような響きで」
「……」
「顔芸はやめてください」
「お主が言うか」
「剣と呼ばれているからには、わたしは剣士とかだったりするわけですか?」
俺は簡単な質問をしたつもりだったが、ダミアノじいさんは息を呑んで固まった。
剣士で最強だったりしたら最高なんだが、と単純な考えだったのだが。
「狂える剣と言ったじゃろ? 単刀直入に言えば、お主は人間ではなく、剣なのじゃよ」
「……はい?」
「神具は元々、人間の手によってその真価を発揮するものじゃ。つまり、今の人間の姿は仮の姿、最終的には姿を剣に変えて誰かの武器となる運命」
「詳しく」
「詳しくも何も、説明できることは少ない。大抵の場合、神具はどこぞの国のものとなる。個人が持つには過ぎた力じゃからの、そのために国が核を厳重に保管して、どこかにアンブロシアが生まれれば急いで手に入れて、餌にする。核から人間の姿になった神具を魔法によって隷属化し、その姿のまま役に立ってもらうか、神具の元の姿にして使うかはその国の王次第」
――んん?
どうも、聞き捨てならぬ言葉がでてきたようだ。俺は眉間に皺を寄せ、できるだけ納得できないという不満を露にしつつ「隷属化?」と呟くと、じいさんは肩を竦めて見せた。
「人間ではないのじゃから、神具に人権なんぞないぞ? 所詮は武器。しかし、うっかり間違って独裁者や殺戮者の手に渡れば、とんでもないことになるのは予想がつくじゃろ? 魔蟲石はどの国にとっても重要な資源であり、資金源でもある」
「まあ、そうでしょうね」
俺はそこで小さく唸る。
人間じゃないということは予想していたとはいえ、これはちょっと斜め上に飛んで行った感じだ。俺は武器? 最終的に武器化して誰かに隷属?
いや、予想外すぎるだろ。
俺だって男だし、頭の中には曖昧な形として、一国一城の主になりたい、みたいな思いもあった。せっかく異世界に転生したのなら、そこそこ強ければ楽に生きていける、強くなくてもアイテム回収が楽だし金も簡単に稼げそうだから食っていくのは困らない、なんて思ってた。
が!
これは違うだろう。
正直なところ、喋る武器とか格好いいしロマンしか感じない。可能であれば一度は使ってみたい。喋る武器、喋る車、喋るロボット。そんなのが実在したら改造したりペイントしたりするもんだろ?
しかし、自分がそうなるのは違う。
隷属化って……これも一種の奴隷落ちってやつじゃないだろうか。駄目だろ!
「あの、ところで」
俺はふと、顔を上げてじいさんを見つめた。ダミアノじいさんはずっと俺の表情を観察していたらしく、身じろぎ一つしない格好のまま固まっていたが、俺の声に我に返ったように笑って見せた。
「わたしはここで……おじいさまに助けてもらったみたいですが、つまり今のわたしはおじいさまに隷属しているということですか?」
「冗談じゃろ」
じいさんは心底厭そうに斜に構えて見せた。「神具なんぞの主になったら、朝から晩まで魔蟲退治、果てはどこかの国に仕官してこき使われるんじゃ。このおいぼれがそんな面倒くさいことするわけなかろうが!」
「なかろうと言われても」
「もう充分、わしはここで働いた。グラマンティを出たくはないから、引退して塔の管理人となって、好き勝手やれる悠々自適の生活を送っとる。だから、血だらけで倒れているお主を見つけた時は、見なかったことにして捨てていこうかとも考えたくらいじゃ。安穏と暮らしておるのに、何を好き好んで厄介ごとに巻き込まれたいものか!」
「……捨てて」
一体、どういう状況だったんだ、それ。
「でもな、同情してしまったんじゃ……。不本意じゃが、本当に不本意じゃが、死にかけの捨て猫みたいなお主に負けてしまったんじゃよ!」
皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにしているダミアノじいさんは、ちょっと見るに堪えない。しかし、その血を吐くような叫びは嘘ではないのだろう。
俺だって、その辺に子猫が捨てられていて、今にも死にそうなら病院に連れ込む自信があるし。
そうか。
なるほど。
と、いうならば。
「わたしはここで暮らしていても問題はないということですか? 武器とかにはなりたくないので、できればこのまま現状維持がいいんですが」
そう訊くと、彼はあっさり頷いたものの、渋い表情のまま続けた。
「もちろん、それでいいとは思うのじゃがな。絶対に目立ってはならんぞ? 主のいない神具なぞ、手に入れたら人生勝ち組じゃからの、神具と見抜かれればすぐさま捕獲じゃ。グラマンティの治安のよい街中でさえ危険だと言える。あっという間に誘拐されて終わりじゃ」
「ええ……」
「普通の神具はまともな人格を持たんのが常識じゃから、人間っぽく静かに暮らしていればお主が神具だと見抜かれることなどなかろう。だから、何度も何度も言うが、絶対に目立ってはならん」
「なるほど」
――随分と脅してくるなあ。
俺は真剣な表情で頷きながら、ちょっとだけ『押すなよ! 絶対に押すなよ!』というフラグじゃないだろうかと頭の隅で考えた。不吉な予感である。
「それにな、わしも手放したくないのじゃよ。よくあるじゃろ? 恐ろしいドラゴンを卵から孵したら懐いてしまって情がわくというようなことが。きっとあれじゃな。お主を懐かせるまで本当に苦労したからの、わしは誰かに奪われたくないんじゃ!」
何それ怖い。
いや、一部分は理解できるけれども。俺だって凶暴な動物が自分にだけ懐いてくれたら自慢するし。
「じゃからのう、どこの馬の骨とも解らんつまらない男にお主を嫁に出すつもりはないのじゃああああ!」
どうしてそうなった。
っていうか、何の話をしてたっけ。
俺がぽかんと間抜けな顔をしていると、唐突にドアがノックの音が響く。そして、こちらが返事をする前に開かれた。
「導師、いらっしゃいますか。いらっしゃいましたね」
そう言って姿を見せたのは、ここ数日、すっかりご無沙汰していたリカルド先生だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます