第7話 ジュリエッタさんが可愛い

 というわけで、暇な時間はアイテム集めと魔蟲石集めにあてた俺である。ダミアノじいさんが、いいものが拾えたら合成の仕方を教えてくれるというのでテンションが上がり、正直なところ記憶を取り戻すとかどうでもよくなりそうだ。

 いや、よくないんだが。

 俺がそうやって、ちょっと間違ったスローライフを目指そうとしている間、魔法学園の中は色々ドラマが起こっているようだった。

 まあ、俺に関係はない。ないはずだ。


 掃除を終えて、時間があまったので一人で外に出て、アイテム探しをしていた時のこと。俺は腕の中に今日の戦利品を抱えていた。

 しょっちゅう見つかる聖なる羊皮紙が数枚、精霊の布。これは売っても大した金額にはならないが、合成素材として優秀なのでいくらあっても困らない。

 そして、魔蟲石が四個。これを学園に提出すれば、使用人の臨時収入となるらしい。素晴らしい響きだな、臨時収入。

 魔蟲石の収集は、使用人の重要な仕事のようだ。

 学生は基本的に学園内で武器を持ち歩くのを許されていないので、魔蟲を見つけても手を出さずに教師や使用人に報告するように言われている。

 俺もこの数日で、何度か生徒に声をかけられた。最初はそのたびに俺がじいさんに声をかけて退治してもらっていたが、それも何度も続くとじいさんが俺にナイフをプレゼントしてくれた。

 どうもこれ、俺が俺ではなかった時――リヴィアがリヴィアであった頃は許されていなかったらしいのだ。まあ、暴言吐いて暴漢の(以下略)を切り落とそうとする危険人物にナイフを持たせたらとんでもないことになるだろう。

 でも、じいさんは「今のお主なら大丈夫じゃろうし」と笑う。


 というわけで俺のブラウスの下、腰のベルトにはダミアノじいさんからもらった短剣が差してある。

 時折出現する黒い害虫を、手で捕まえてこのナイフを刺す。

 最初は得体の知れない蟲を触ることに躊躇していたが、人間、慣れるのも早い。アイテム集めだと割り切れば、今まで――前世では使ったことがないであろうナイフも、包丁を扱うかのように手に馴染んだ。

 というよりも、馴染みすぎて怖いくらいだった。


 あっさりナイフを使うことに慣れ、魔蟲を見つけた瞬間に腰から抜き、ダーツのごとく投げて一撃で魔蟲石をゲットした時には、俺は天才なんじゃないかと思ったくらいだ。

 天才というか……何だろうなあ、これ。

 リヴィアは本当に何者なんだろうか。


 まあ、臨時収入が簡単に手に入るのはありがたいと感謝することにしよう。


 そんな感じで日常生活を楽しんで、俺が金髪美少女を見かけたのは、ある日の午後、放課後の時間帯だったと思う。

 授業が全て終わり、それぞれの塔から生徒たちが出てきて、中央広場で立ち話をしていたり、中庭の散策をしたりする人たちで賑わい始めていた。

 今は季節も穏やかな時期、天気もよく、購買だったり食堂から歩きながら食べられる軽食を片手に談笑している生徒もいる。

 そんな中、俺が気配を殺そうとしつつ中庭を横切った時、見覚えのある彼女の後姿があったのだ。

 彼女は一人で歩いていて、黙って前を向いているその姿は凛として格好いいとも言えた。取り巻きの少女たちがいないせいだろうか、浮ついた感じはなく、表情もそれほどきつくはない。

 しかし、見事なまでに美少女だなあ。

 性格は――悪いんだろうか。美少女なのにもったいない。

 名前は何ていっただろうか。スパゲッティみたいな名前だったような気がする。


「ジュリエッタ」

 その彼女の歩く先の方から、優し気な声がかかる。

 そういえば、そんな名前だった。ジュリエッタ……カルボナーラ、みたいな名前。まあ、絶対違うだろうけど。

「ヴァレンティーノ様」

 名前を呼ばれたジュリエッタが、喜色の色を浮かべて微笑む。まさに花が咲くような、という形容が似合う笑顔だった。

 どこかのブランド物みたいな名前しやがって、と考えながらこっそり観察していると、ジュリエッタの前に立ったのは彼女と同い年くらいの、もしくは一歳か二歳くらい年上かもしれないくらいの美少年だった。

 身長はジュリエッタより高く、ムカつくくらいにさらさらした金髪の短い髪の毛と、濃い緑色の瞳、アイドルみたいな幼いながらも無駄に整った顔立ち。どこかの王子様と言われてもおかしくない雰囲気を持っていた。

 紺色の制服と、同じ色のマント。これはグラマンティ魔法学園の魔法科の生徒なら変わらないらしく、属性によって模様が違うらしい紋章の刺繍が胸元に縫い付けられている。


 美少年と美少女が並ぶと、皆の視線を集めるらしい。

 近くにいた生徒が二人の方へ視線を投げ、何やら噂話でもしているのか、小声で話し合っているのも見える。

「ヴァレンティーノ殿下とジュリエッタ様よ」

 近くで女生徒の誰かがそう言っているのも聞こえて、俺は眉を顰めた。

 まさか、王子様みたいだと思ったのは正解か? 殿下って聞こえたぞ。

「あの二人、正式に婚約したのよね?」

「不仲だって噂もあったのにね。殿下を狙ってた子も多いでしょ?」

 などという、ひそひそとした声が俺の耳に届くのだが、ちょっと違和感もある。そんな会話をしているのは、噂の渦中の二人からはかなり遠い位置に立っている女生徒で、俺の位置からも遠すぎる場所にいる。

 どうも俺の耳は地獄耳らしい。普通だったら聞こえない距離の話も聞こえてくるから、やっぱり人間じゃない疑惑が限界値を超えそうである。


 しかし――。

 俺は遠くに見えるキラキラ輝く二人を見たまま、少しだけ首を傾げた。

 何というか、あまりにも意外過ぎたからだ。

 ジュリエッタさんが可愛い。

 階段の上から俺を見下ろしていた、あの冷たく嘲るような表情なんて幻想だったんじゃないかと思えるくらい、ジュリエッタさんが可愛い。もしかしたらあれが典型的なツンデレ娘というものか。

 恋心がだだ漏れな彼女は、階段の上の小悪魔と同一人物には思えない。

 彼女は自分の婚約者であるブランド物さんを頬を赤らめつつ見上げ、何か話しては照れたように俯いたり、手を胸の前で組んだり。そんな彼女を穏やかに見つめ返す彼には、余裕のようなものが感じられた。

 何だ、あれは滅んでもいい人種ではないのか。

 観察していても面白い人種ではないから、俺はそこでこの場所を離れて炎の塔へ戻ろうとした。

 しかし。


「君の妹が入学してくるようだね?」

 ブランド――ヴァレンティーノ殿下とやらがジュリエッタにそう言って、彼女の肩が動揺したのか震えたのが見えた。

「……ええ、はい」

 その声もいささか強張っており、身構えたように身体に力が入る。

「とても魔力が強いと聞いているから、期待できる新入生のようだ。後で紹介してくれるかい?」

「ええ、それはもちろんです」

 ジュリエッタは静かにそう返し、軽く頭を下げる。そして、殿下が遠くからクラスメイトに呼ばれたのか、そこで彼女に別れを告げて去っていくのも見えた。

 ジュリエッタはその場に立ち尽くし、しばらく彼の背中を見送っていた。遠目でも解るその顔色は、白くなっている。

 何だか一波乱ありそうだなあ、と他人事のように考えつつ、俺はその場を離れた。この時は、彼らに関わることなど絶対にないだろうと思っていたから、どうでもいい日常の一コマでしかなかった。


「ただいま帰りました!」

 地下の部屋に戻り、ソファに座っていたダミアノじいさんにそう挨拶をする。作業台の上に今日の戦利品を置いて、期待に満ちた目を彼に向けた。暇があれば合成を教えてくれると言っていたから、ここで無言の訴えである。

 しかし、じいさんはテーブルの上に積み上げた本に夢中のようで、傷んだ表紙など気にせず、読み終わったら床の上に投げ、次の本を開く。

 待っても俺のことなど視界に入れるつもりもなさそうなので、わざと彼の前に行ってその顔を覗き込む。無言で手で俺の頭を押しやられた。解せぬ。

 じいさん、と呼びかけようとするが、俺の口から出るのは――。

「おじいさま」

「お前のような孫を持った覚えはない」

「わたしもありません。というわけで、暴言は吐きませんので、わたしの喉にかけた魔法を」

「何度言われようと、後が面倒なので解かん」


 ちっ。


「暴言が吐けないからと言って、顔芸をしても無駄じゃ」

 ダミアノじいさんはちらりと俺を見やり、呆れたように釘を刺してくる。

「それは残念です」

 期待はあまりしていなかったので、あっさり俺は受け入れておく。その代わり、最初の希望を口にしようと――。

「じゃあ、素材を持ってきたので」

「合成は後でな」

 ――これも駄目か!?

「顔芸は却下じゃ」

 しかし、今の俺は顔芸でしか素直な表現ができないんだけどな! 

「それでは、合成以外もお願いします。まず、簡単にわたしの正体のヒントくらいは教えてもらっても……」

「だから今、調べておるのじゃ」

「え?」

 そこで、じいさんは本から視線を上げて俺を見つめた。彼は開いた本のページを軽く指先で叩き、眉間に皺を寄せた。

「一度神具になった者が、人格を取り戻すという前例があったかどうか、探しても見つからんのでな」


 ――寝具?

 俺はぼんやりと、頭の中にベッドやら布団やら思い浮かべたが、シング違いであると気づいたのはそれから数分後だった。

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