第6話 アイテム回収と魔蟲

「塔のルールというよりもこの世界のルールじゃの。何しろ、ここは他国に比べればかなり緩いとはいえ、貴族が優遇される世界じゃ。身分の低い人間は上手く立ち回りしないと厄介なことになる。特に、平民で塔の管理人助手なんて、目を付けられたら体のいいストレス解消のための道具にされる。現にお主、貴族のおじょーさまに目を付けられておるしの」

「やっぱり」

 俺は金髪美少女を思い浮かべ、そっと頷いた。

 すると、リカルド先生が少しだけ肩から力を抜いて、頭を掻きながら言った。

「そちらは私も気を付けておきましょう。問題となるのは、あの女生徒――ジュリエッタ・カルボネラです。今年の新入生で、見事に貴族であることを鼻にかけている問題児です。しかしこれ以上、手出ししないように釘を刺しておきますよ」

「頼むとするかの」

 じいさんは任せた、とリカルド先生の肩を軽く叩いた後、俺に視線を向ける。「リヴィア、お主の部屋に案内しよう」

 ――リヴィアという名前。

 そう言えば。

「記憶がないなら、リヴィアという名は……」

 どこからきた名前なんだろうか、と疑問を表情に出すと、ダミアノじいさんが胸を張って言った。

「ああ、名前がないと面倒なのでわしがつけた。おしゃれで今風で、よい名前じゃろう?」


 うん、そうなの、か?

 俺は外国の名前って何でも同じように聞こえるからよく解らない。でも、ということは俺の本名は解らないまま、ということだ。

 前世の俺も、この世界の自分も、結局――何者なんだろう。


「しかし、導師」

 リカルド先生は不満げに鼻を鳴らし、恨みがましい目つきで彼を見る。「もうすぐ入学式を控えているので私も忙しいのです。当分は魔法を教える時間など取れませんがよろしいですか?」

「仕方あるまい。それまではこちらで塔の生活に慣れさせておく」

「解りました」

 ダミアノじいさんが俺を手招きし、部屋の外を出て行こうと促す。俺がそれに従おうとする前に、リカルド先生が彼の耳元で何か囁いた。

 じいさんが飄々としたその表情を引き締め、何か小声で返す。

 俺はふと、何て言っているのか気になって耳を澄ました。


 普通だったら聞こえない程度の音量だったろう。

 しかし何故か、意識を集中したら少しだけ聞こえてきた。


「新入生に紛れて……ということも……」

「……閉じ込めておいた方が……」


 ――何を言ってるんだ?

 俺が眉を顰めていると、リカルド先生がちらりと視線をこちらに投げた。

「リヴィア。私が声をかけるまで大人しくしておけ」

「え? ああ、解りました」

 死にたくないし言うこと聞くぜ、という思いを込めて頷くと、彼は少しだけ笑った。

「……本当に人間っぽくなったな」

「何ですかそれ、わたしが人間じゃなかったかのように言いますね?」

「……」


 あれえ? まさかとは思うけども。

 リカルド先生の渋い表情を見ると、俺が人間ではないというのはあながち間違いではないのかもしれない、と思わせる。

 しかし、こんなに美少女なのに人間ではない……いや、逆転の発想か? 人間とは思えないくらい美少女だから人間じゃないのか。

 で、人間じゃなかったら何だ。魔物か、魔人か、獣人か? この見た目でケモミミ少女なら最高なんだが。

 それとも、秘密にしておきたいくらいヤバい生きものなのか。実はインスマス――魚面の化け物とかだったら軽く死ねる。

 そんなことをぐるぐる考えていると、リカルド先生が真剣な表情で口を開く。

「リヴィア。小さなことでもいい、何か変だと思うことがあったら導師に相談しろ。それに……アンブロシアという言葉に覚えはないか?」

「アン……何ですか?」

「解らなければいい」

 そう言い残して、リカルド先生は部屋を出て行ってしまった。残されたダミアノじいさんはただ笑うだけで、俺の疑問に応えてくれる様子はない。

 快活な微笑みの裏に何か隠し事があるようだ。

 普通だったら信用できないと一歩引いてしまうのかもしれないが、今の俺には頼れる者が彼らしかいなかった。だから純粋に、話してくれるのを待ちたいという気持ちもあって、彼らを信用することにした。損得勘定もそこにはあったけれど、それを抜いたとしても彼らが悪い人間とは思えなかった、というのも理由の一つだ。


 何はともあれ、こんな感じで俺の新しい生活は始まった。


 俺はじいさんの部屋の隣にあった、リヴィアの部屋とやらに案内された。机に椅子、ベッド、本棚とタンス。飾り気のない、質素な部屋だ。片付きすぎていて、無駄なものが何一つなくて、生活感がない。

 地下で窓がないせいか、余計なものがないというのは逆に解放感があっていいのかもしれない。

 トイレと小さなシャワー室もあったけれど、台所はなかった。食事はじいさんと一緒に取るらしく、今まではじいさんが二人分の食事を作っていたようだ。

 だが、その夜、じいさんが作ってくれた料理があまりにも――あまりにも色々な意味で惨敗だったので、今後は俺が作ると宣言した。

 断るかと思ったダミアノじいさんは「食えるものなら別にいい」とあっさり認め、俺に台所を明け渡した。手のこんだ料理は作れないが、男の料理みたいな大雑把だけどそれなりに美味しいものがテーブルに並ぶ。料理の内容を含め、俺の前世の記憶とやらに興味津々だったが、詳しく説明できるほどはっきりした記憶ではない。


 それでも、俺が前世で料理を作り慣れていることは思い出せた。


 というか。


 恐らく、俺は前世では父子家庭だった。


 母親がいなくて、父親が仕事で家にいないときに、家事をやっていたのは俺だ。

 掃除や洗濯、料理を作っている記憶がよみがえってくると、前世での便利な道具が恋しくなるのは当然のことだった。

 洗濯機が欲しい、掃除機が欲しい、炊飯器や冷蔵庫や電子レンジが欲しい、と願うたびに、この世界ではその代わりが魔法なんだと思い知らされたのだった。


 次の日からは、炎の塔の宿舎の掃除の仕方、雑用を色々と教えてもらった。

 ありがたいことに、洗濯機はあった。俺たち管理人が住むフロアには、かなり大きな洗濯室が用意されている。

 洗濯室に入ると、動力源が謎の小さなエレベーターみたいなものがあった。どうやらこれは、生徒の部屋から洗濯物を集める魔道具みたいなものらしい。生徒の名札のついている布袋が次々とやってきて、俺たち使用人はその中身を出して洗濯機っぽい魔道具に放り込む。

 これもまた謎動力により、洗濯と乾燥が終わり、何故か畳まれた状態で魔道具から吐き出されてくるので、それを元の布袋に戻してエレベーターへ置く、あっという間に部屋に戻される、そんな簡単なお仕事。


「上の掃除に行くとするか」

 洗濯が終われば、ダミアノじいさんに連れられて階上の掃除。とはいえ、ダミアノじいさんが持ち出した帚は魔道具で、手を放しても勝手に動き回ってそこらじゅうのゴミを集めてくれる。集まったゴミを俺が回収し、塔の裏庭にあるゴミ焼却場へ捨てに行くだけだ。

 そんなことをしていると、たまに廊下だったり庭だったり、色々なところでキラキラと輝く『何か』を見かけることがある。


「それは水トカゲの鱗じゃな」

「それは精霊の布じゃ」

「炎の魔石の欠片」

「聖なる羊皮紙」

「魔獣の爪」

「おお、それは竜骨、レアじゃぞ!」


 と、拾ったものを覗き込んで、ダミアノじいさんがそれが何なのか教えてくれた。

 この学園内――このグラマンティ魔法学園の中だけではなく、街中でも、こうしてアイテムが落ちている。時間湧きというのだろうか、何もなかったはずの地面に当たり前のようにして転がっている。

 この街は元々、大地に大きな魔力を秘めていて、アイテムが湯水のように湧き出てくるという。キラキラ光っていればそれが目印で、早い者勝ちでそれを拾って自分のものとし、自分で使ってもいいし売ってもいいことになっているのだとか。

 何という便利機能。

 さすがファンタジー世界。

 ホームレスになっても金には困らない仕様なのか。


 そういや俺、こういうゲーム好きだったなあ。

 アイテムを回収して合成したり、売ってお金をためて欲しい武器とかと交換したり。

 緩いスローライフみたいなゲームも好きだった。朝起きて、運動して、遊んで、植物を育てたり、日記付けたりするやつとかあったよな、と思い出す。戦うことのない世界。


 俺が拾ったものを嬉々として集めているその傍らで、じいさんはたまに小さな生き物――アイテムのように唐突に出現するそれを魔法で捕まえている。禍々しい瘴気のようなものを噴き上げながら、昆虫の姿をしていたり、蛇のような姿をしていたり、形は様々だが人間に対して攻撃的な敵のようなものを俺に見せてくれた。

「これが大地の穢れから生まれる魔蟲じゃ」

「まちゅう……」

「これをこう掴んでじゃな……」

 と、じいさんはキチキチと鋭い牙のようなものを小刻みに震わせる、ムカデのような虫を無造作に手で掴んで見せてから、その牙の攻撃を避けつつポケットから取り出したナイフで一刺し。

 すると、瘴気がぶわりと広がった直後にそれは消え、虫の身体が圧縮されたかのように縮んで小さな黒い石へと変化した。

「こうやってできたのが魔蟲石というやつでな、魔力の塊のようなものじゃ。これが色々な魔道具の動力源となるのじゃよ」

 へー。

 俺は純粋に感心し、この世界はよくできてるもんだと思う。無駄なものなんて何もないんだな、と。

 これがこの世界において、唯一の戦いの要素だろうか。

「これも管理人の仕事の一つじゃ。だからそのうち、お主にもやってもらうぞ」

 明らかにじいさんの声には俺を揶揄うような響きがあった。俺の身体が女だからって甘く見てもらっては困る。可愛い動物は殺せないだろうが、害虫駆除なら躊躇いはない。

 むしろ、今からでも任せろ!

 と、俺はじいさんに向かって親指を立てたのだった。

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