第5話 もしもここがゲームの世界なら
そんなことを言われても――というのが正直なところだ。
「……そんなに、酷かったのですか」
俺は低く唸りながら呟くと、ダミアノじいさんのしみじみとした心からの言葉が続いた。
「酷かった。ああ、本当に酷かったのじゃ……」
「女の子なのに、ですか」
「そうじゃ」
ふと、この部屋の壁に大きな鏡が取り付けられていることに気づいた。そういえば、俺はどんな顔をしているんだろうと気になって、身振りで鏡を覗いていいかどうかダミアノじいさんに問いかける。
構わない、という仕草が返ってきたので、俺はソファから立ち上がって鏡の前に立った。
「……美しい」
俺は鏡の表面に右手を置き、思わずそんな言葉を吐き出した。
鏡に映った俺の顔立ちは、まさに美少女である。
十代半ばの痩せた少女。銀色の長い髪の毛を無造作に首の後ろでまとめ、服装も質素だから何の飾り気もない。しかし、肌の白さと人形のように整った目鼻立ちは、アイドルといっても過言ではない可憐さと鋭さを見せつけている。
瞳の色も銀色に近い。睫毛すら銀色、か? じっと動きをとめたら精巧な球体関節人形みたいな感じだ。
重要だから二度ほど言おう。
「とても美しい」
「自分で言うか」
遠くからリカルド先生が呆れたように鼻で笑ったのが解ったけれど、美しいものは美しいのだ。
やべえ、この世界でアイドル業界とかあったらトップ狙えるわ、これ。
「しかし、考えてみるがよい」
じいさんがため息交じりに言う。「その顔立ちじゃから、学園の若者に声をかけられることが多かった。まあ、いわゆる下働きの女子に声をかけてくる輩なんぞ、軽薄な男たちばかりじゃったから、不愉快だったのは確かじゃとは思うがの。しかし、お主は『それ以上触ったらち〇こ切り落とす』だの言い出す残念美少女で、言ったからには必ず実行しようとする。中庭で下半身剥かれて泣きそうになってる男どもを見つけるたび、わしの寿命が一日縮んだわい。それに、万が一相手が貴族だったりした場合はさすがに庇いきれん。だから、言葉遣いだけではなく、行動も女子らしくなるように魔法をかけてある。そこまでたどり着くのにどれほど苦労を重ねたか、涙なくして語れぬよ」
「それはお疲れ様です」
俺は鏡に映るじいさんを見つめ、他人事のようにそう言って頭を下げた。
「だからの、絶対にお主にかけた魔法は解かんぞ? また暴言を吐いて暴れ回られたら困る」
「暴れないですよ」
「信用できん」
「でも、敬語しか使えないのは困ります」
「何故じゃ」
「何と言われようとも、私の心は男だからです。使い慣れていないので、敬語だと違和感がありますし」
「何と言われても絶対に解かん」
――解せぬ。
俺は平和主義だから、ち〇こ切り落とすとかはしねーぞ?
しかし、この美少女の顔立ちで『俺』とか『ち〇こ』とか言ってたら、千年の恋も冷めるか? でも正直、俺は女らしくなんてできない。恋愛対象だって女の子だし。そうだ、ここはファンタジー世界、憧れの百合ハーレムが作れるんじゃないだろうか。
そしてしばらく考え込んだ後、ハーレムには憧れるが、複数の女の子相手に平等に優しさを向けるのは難しすぎると肩を落とす。
俺、絶対にそこまで甲斐性ないわ。
それに……複数相手って、何か――。
そこで、少しだけ俺の心が軋む音を立てた。
――裏切りのような気がする。
何だろうこれ、前世の記憶だろうか。自分でも理由が解らないが、漫画とかアニメならいいけど、リアルに複数の相手とって考えると嫌悪感が生まれる。トラウマでも持ってるんだろうか。
じっと考えていると、何だか頭が痛くなってきたような気がして、俺はぷるぷると頭を振って痛みと共にその考えを振り払った。
「それで、これからわたしはどうすればいいでしょうか? 記憶は全くありませんが、ここで働かせてもらえるんですか? 寝泊まりしても大丈夫でしょうか?」
「それは構わん」
ダミアノじいさんは快活に、何の邪気もない笑顔を見せて続けた。「お主の怪我のこともあるしの、今まで薬を色々と試させてもらったし、これからも頼みたいのじゃ。もしかしたら薬を飲み続けたことによって、今回の変化もあったかもしれんし、様子を見たい」
「それって……簡単に言えば薬の実験体」
と、言いかけた俺の言葉を遮って、じいさんが「よろしくのう、ふぉっふぉっふぉ」とわざとらしく笑う。
なるほど、俺の考えに間違いはないようだった。
しかし、俺のここでの基本的な仕事は、じいさんに頼まれた雑用が主らしい。宿舎と教室の掃除、洗濯、炎の塔での授業での雑用など。
この世界でも、曜日というのが存在していて、それは日本と変わらない。月曜日から土曜日が授業があり、日曜が休み。
ますます何かの小説かゲームの世界のような気がしてきた。ただ、一年の数え方は一か月を五週にわけ、一週から五週までで統一されている。閏月なんて存在しない。ってことは、オンラインゲームみたいに現実の世界とリンクしているという感じではない、のか。
やっぱり解らん。
そのうち俺の記憶がもっとはっきりすれば、この世界が本当にゲームなどの世界なのかどうかが解るかもしれない。前世でやっていたゲームとか、読んだ小説の内容とかだったら、思い出せば――そうだ、ほら、ちょっと思いついた。
前世で流行っていた小説では、乙女ゲームのような世界に転生した主人公が、その知識を活用してピンチを切り抜けていくものもあったはずだ。
ってことは、俺だってその可能性があるじゃないか。
俺に怪我を負わせた人間とか、これからどうなるのかなど、これがもしもシナリオがあったのだとすれば。
それを思い出せばこの世界でのハッピーエンドを狙えるんじゃないだろうか。
だって、万が一この世界の俺が誰かに命を狙われているのだとしたら、これからだって危険な目に遭うかもしれないのだ。それを上手く避ける方法を探らねばならない。
「そういえば」
俺はふと、思いついたことがあった。
だから、期待を込めて二人が座るソファに近づいて訊いてみた。
「ここが魔法学園なら、わたしも魔法を使うことができるのでしょうか? 身を守るようなことができればいいんですが」
身を守るどころか、俺つえーできないんだろうか。
異世界に転生した人間は、とんでもない能力を持って新しい人生を送るのが王道展開というものだ。美味しい料理を作ってこの世界の人たちに崇められたり、面白いゲームを広めてそれで一発大儲けしたり、どこかの王城で成り上がってみたりするものじゃないだろうか。
「それなんじゃがのう」
ダミアノじいさんが困ったように眉尻を下げ、意味ありげにリカルド先生を見た。先生は急に寒気を感じたようで、一瞬だけ肩を震わせて目を逸らす。
「お主は確かに魔力が強い。普通であればこの学園に入学しても問題ないくらいの能力は持っておる。というか、逆に魔力が強すぎるとも言う。制御できるとは思えんくらいにな」
「魔力が強いというなら――」
「無理じゃ」
「え」
「お主は誰かに命を狙われておるのを忘れているのではないか。目立てば今度こそ殺されるかもしれんぞ? 大人しく、地味に、ひっそりと息をひそめて生きていった方がお主のためとなる」
「ええ……」
俺はがくりと肩を落とし、深いため息をついた。
まあ、確かに命は惜しい。まだ状況もよく解らないのに、好き勝手に行動するのは愚の骨頂。大人しく従うのがいいはずだ。
「とはいえ、日常生活に使えそうな簡単な魔法や、自分を守るための魔法が使えた方がいいのは事実」
と、そう言いながらソファから立ち上がり、リカルド先生の前に歩み寄る。
リカルド先生は舌打ちし、わざとらしく両手で両耳を塞いで何も聞こえないアピールをした。
ダミアノじいさんはそのリカルド先生の両手を耳から引き剥がし、明るく笑って言うのだった。
「休憩時間にでも、初級魔法くらいは教えてやってくれんかのう」
「お断りします」
「頼んだぞ」
「ちっ」
とまあ、そういうことになった。
魔法を教えるというだけなら、別にダミアノじいさんでもできるんじゃないかと俺は短絡的に考えていたけれど、その辺の事情は後にリカルド先生から説明を受けることになる。
何かとこの世界は複雑らしい。
「せっかく覚えたこの塔でのルールも忘れてしまっておるじゃろ? その辺りもリカちゃんと一緒に行動して教えてもらうとよいぞ」
「リカちゃん」
俺がそう言った瞬間に、少しだけ部屋の空気が冷えた気がした。見なくても解る、リカルド先生の機嫌が悪くなった。わー、こわーい。
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