第3話 先生は生まれ変わりって信じますか
「保護者?」
俺は首を傾げて訊いた。「わたしの親ということですね?」
そうだ、という返事がくると思ったけれど、実際は違った。
「いや、お前を拾ってきたと聞いている。血縁関係はない」
「拾ってきた」
そんな、猫の子みたいに。
っていうか、この世界において人間というのはその辺りに落ちているものなんだろうか。捨て子なのか浮浪児なのか、その辺りも保護者に訊けば解るのか。
「行くぞ」
「え」
先生が医務室から出て行くのが見えて、俺は慌てて後を追った。
リカルド先生の説明によると、ここは俺が考えていた通り、魔法を学ぶ学園だった。ただ、俺が考えているよりもずっと大規模だ。
何しろ、魔法の属性ごとに大きな建物がある。
属性というのは、光や闇、炎、水、風、土、雷。それぞれの塔でその属性の魔法の授業を受けられる。
塔は属性ごと以外にも、魔道具や調薬のための研究棟、魔法練習のための実技塔、巨大な図書館、食堂や購買部がある別塔がある。そして、魔法と剣を使いこなすエリート集団ともいうべき、魔法騎士団の学び舎と宿舎も存在する。
生徒は全てこの学園――グラマンティ魔法学園に暮らしていて、入学時に塔の地下の部屋が与えられるそうだ。全寮制ということか。
何だか俺が映画で見た某魔法学校みたいだな、と考えていると、少しずつ記憶がはっきりしてきた感じもした。
そうだ、これって何かの映画じゃないだろうか。
俺が日本で生活していた時に流行っていた小説や漫画だと、異世界に転生するものが人気があったと思う。単なる異世界に転生するだけじゃなく、転生先が小説やアニメの世界だったこともあった。魔法学校だって、色々な小説が出回っていたはずだから、もしかしたらこの世界も、そういったものなのかもしれない。
誰かが創作した世界に、俺は転生した――そういうことはないだろうか。
そんなことを考えているうちに、先生は階段ではなく、さっき見た教室とは別の大きな扉の前で足をとめていた。
その扉が開き、妙に小さな空間がそこに現れる。
入るように促されたので、リカルド先生の後に続いてそこに入ると、ぎい、と扉が閉まる音が聞こえてからその空間が動き出した。
「エレベーター?」
俺がぼそりと呟くと、先生がそれを聞き咎めて口を開く。
「エレベーターとは何だ?」
「ええと……わたしが前に生きていた世界にあった、こういう……説明が難しいです」
「前に生きていた?」
リカルド先生の眉間の皺が深くなった。
そう言えば。
俺は死んだのだろうか。
日本に生きていた俺は死んで、この世界に生まれ変わって――階段から落ちたショックで前世を思い出した、そういうことでいいだろうか。
「先生は生まれ変わりって信じますか?」
俺がそう言うと、リカルド先生は俺をじっと見下ろした後にため息をついて首を横に振った。何だかこれ以上関わりたくないと言いたげな表情だ。
そうしている間に動力源が謎のエレベーターがとまる。扉が音を立てて開き、目の前にあるのは両脇にずらりと小さめの扉が並んだ廊下。廊下には赤い絨毯が敷いてあり、壁に定間隔に取り付けられたランプがオレンジ色の光を放っている。
「ここは生徒たちの部屋だ。炎の塔の地下一階から四階までが宿舎となっていて、管理人が授業中に掃除をしたり、傷んだところを修理したりする」
「わたしの保護者という人が管理人、なんですよね?」
「そうだ」
優しい人だと信じたい。
そう思いながら階段を降りる。下を向いているせいか、視界の中に俺の胸が目に入る。
……ささやかな胸だ。
男の悲しき性というべきか、俺は自分の今の身体が少しだけ気になった。つい、薄いブラウスを掴んで引っ張り上げ、豊満とは絶対に言えない存在がそこにあるということを確認する。
どうしても、どうしても、単純に純粋な好奇心から、そっと胸を両手で包むように触れて、切なくて泣きたくなった。少しでいいから夢を見せて欲しかった。
いやでも、まな板はまな板で、ごく一部の男性から認められているとは思うけども。
「……何をしている」
「うっ」
俺が顔を上げると、リカルド先生がいつの間にか足をとめて振り返り、冷ややかな目で俺を見つめていた。俺は自分の胸に手を当てたままという姿。
「この場所も解らないか? お前が生活しているところなんだが」
「……はい」
ぎこちなく笑って見せると、彼はまた廊下の奥へと目をやった。どうやらここがこの塔の地下五階なんだろう。生徒の居住区と比べて、壁も床もただの石造りなのが剥き出しで、いくつかある扉も倉庫じみた造りで質素だった。
ここが管理人の居住区。
俺もここで暮らしていたんだろうとは思うけれど、全く記憶にない場所だった。
そして、唐突に俺は気が付いた。
胸に当てていた両手の指先が、どことなく違和感を伝えてきていた。黒いブラウスの下に感じたもの。服の下に隠れている肌に、奇妙な感触。
俺はリカルド先生に気づかれないように、身体をそっと捻って後ろを向く。自分の身体を見下ろしたまま、ブラウスを摘まんで胸の中を覗こうとする。よく見えないからボタンの上の方を外して、息を呑む。
ささやかな胸なのは間違いない。シンプルすぎる白い下着が小さな膨らみを隠していたけれど、隠せないものもあった。
それは、鎖骨の下辺りからお腹の方へ、引き攣れたように走っている大きな傷跡。まるで、刃物で切りつけられたような傷だったけれど、縫われたのではなくて癒着したようで、肌が引き攣れたような感じになっている。
これは――この傷の大きさから考えても、命に関わるような傷だったんじゃないだろうか。
「ここだ」
リカルド先生のその声で俺の身体がびくりと震えた。慌てて彼の方へ目をやると、廊下の奥の扉の前でノックをしているところだった。
「失礼します。導師、いらっしゃいますか?」
そう彼が扉の中に声をかけると、がたがたいう物音に続いて扉が中から開けられた。その瞬間、部屋の中から青みを帯びた煙のようなものも噴出してくる。思わず眉間に皺が寄りそうなくらいの、厭な匂いも。
「どうした? まだ授業があるじゃろうに」
部屋の中から姿を見せたのは、小柄な老人だった。黒いシャツと黒いズボン、真っ白な長い髪の毛。部屋の中に漂う酷い匂いを防ぐためだろうか、鼻と口を覆うように黒い布で巻かれて頭の後ろで縛っている。そのせいで彼の声はくぐもって聞こえていたけれど、年齢のわりには若々しく聞こえる力が含まれていた。
「困ったことになったようですので、リヴィアを送ってきました」
「困ったこと? もう充分困っている……」
と、その老人が首を傾げながらリカルド先生の背後に立っていた俺に目をやった。俺はそこで慌てて深く頭を下げる。人間、挨拶は大切だと思ったし、反射的な動きだった。
そして俺が顔を上げると、じいさんは垂れ目の眦をさらに下げ、少しだけ沈黙した後にこう言った。
「お主は誰じゃ?」
それは俺も知りたい。
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