Act.08 たたかうこと
――街と政府塔区を結ぶ、大街道。
そこで、軍とレジスタンスが戦闘を行っていた。
ジョーカーが辿り着いたときには、すでにレジスタンス側が押されており、死者があちこちに倒れていた。
「……この程度か。所詮レジスタンス、大したことはないか」
刀に着いた血を振り払い、そう独り言ちたのは黒髪の少年だった。
周囲には政府軍と思わしき鎧姿の集団も見える。
「ちょっとちょっと、随分派手にやらかしてくれたね」
そんな彼らに声をかけたジョーカーは、いつもの飄々とした表情を消して、得物である鎌を構えている。
「……お前もレジスタンスの人間か」
「そうだよ。まあ、名乗るほどのモノじゃないけどね。
……さて、僕でよかったら相手になるけど?」
彼の言葉に、黒髪の少年も刀を向ける。それに合わせ、政府軍たちもジョーカーを取り囲むが。
「……お前たちは手を出すな。……こいつは俺が
少年がそう言えば、軍人たちは兜で覆った顔を見合わせ、やがてリーダー格らしき鎧が彼に「ご武運を」と言い残し離れていった。
「……オレの名はケイジ。ケイジ・クロツバキだ。
……レジスタンスはひとり残らず排除する」
「律儀だねえ。そんなに肩に力が入ってると疲れちゃうよ?
……まあ、その方がこっちは好都合なんだけど、ね!」
そう名乗った彼……ケイジに、ジョーカーは得物である鎌を振るった。
ケイジはそれを軽々と避けながら、刀で薙ぎ払う。
「……っと。なかなかやるねえ」
「……貴様もな」
武器を向け睨み合う二人の間に、緊迫した空気が流れた。
+++
――カルマは街へと走っていた。事は数分前に遡る。
レジスタンスと政府軍の戦闘に気づいたカルマは、現場に駆けつけようとした。
しかし、それをジョーカーが止めたのだ。
『……カルマ。現場には僕が向かうよ。君はハリアさんたちに伝えてきて』
当然カルマはそれに反対した。
けれど、結局は大丈夫だから、と笑って意志を曲げないジョーカーに折れ、“
(……ジョーカー……!)
……カルマにとって、ジョーカーは唯一無二の親友だった。
彼がまだ幼かった頃、両親が連れてきた子ども。それがジョーカーだった。
それからカルマはジョーカーの傍に居続けた。やがて自身の両親が殺され、心を閉ざしてしまっても……ずっと。
(ジョーカーまで喪ってしまったら……オレは……!)
「……っ兄さん!!」
辿り着いたアジトのドアを勢いよく開け、カルマはありったけの声でハリアを呼んだ。
うるせえな、と怪訝そうな顔で出てきた彼と不思議そうな顔の
「街道で……! どこかのレジスタンスが、政府軍と戦っていた!
いま、ジョーカーが……っ加勢に、行って……!!」
「……っ!!」
肩で息をしながら話すカルマに、ハリアは目を見開いた。
しかしすぐさま同じく驚いていた面々に声をかけ、出撃準備を整えさせる。
「あのアホ! 一人で突っ走るなよ!!
ミライ、アジトは頼む! 桜散、ミカエル、出撃準備だ!!
あとアジトにいるのは……ゼノンとヒサメか。アイツらにも声をかけろ、加勢に行くぞ!!」
その号令に、桜散たちは慌ただしく動き始めた。
カルマはその間に呼吸を整え、一人政府軍と戦っているであろうジョーカーを思い手を握りしめる。
「……カルマ。アイツなら、大丈夫だ。そうそう死にやしねーだろ。
だから……そんな顔すんな」
だが、その様子に気づいたらしいハリアにそう言われ、彼はハッと顔を上げる。
呆れたような……それでいて心配そうな兄貴分のチョコレート色の瞳に、僅かながら泣きそうに顔を歪めた自分の姿が映っていた。
「……別に、心配なんてしてない」
そう答えながらも、声は震えていて。
ハリアはそれに気づかないフリをして、そうか、とだけ返してくれたのだった。
+++
「……ッ!!」
ガン、と金属がぶつかる重たい音が響いて、二人はバックステップで距離を取る。
緊張からか汗を流すケイジだが、瞳にはまだ闘志を燃やしている。
「もう終わり? 呆気ないねえ」
からからと笑うジョーカーだが、こちらも深くはないが傷を負っていた。
額から流れる血を鬱陶しそうに拭ったあと、鎌を握り直して体勢を整える。
「ケイジ様……!!」
「問題ないっ! ……レジスタンスごときが、舐めやがって……!」
心配そうな声を上げた軍人の一人を一喝して、ケイジはジョーカーをキツく睨んだ。
「あはは。“レジスタンスごとき”って、舐めてるのはそっちでしょ?
あのバカ高い塔からいつも見下してる下々の人間に足元掬われて、ご愁傷さま!」
しかしジョーカーは清々した、とばかりに笑顔を深めるだけで、それがケイジの逆鱗に触れてしまった。
「貴様……ッ!! 『
刀に風を纏わせた連撃が、ジョーカーを襲う。
なんとか鎌で受け止めたが、すぐさま次の剣撃が繰り出されようとした……その瞬間。
「――“永久の闇,我が心を映し彼の者を切り裂け!! 『トゥジュール』”!!」
闇属性の詠唱が、戦場に響き渡った。
「っカルマ!」
魔法が刃となってケイジの剣を弾き、ジョーカーはハッとして詠唱者……背後から駆けつけたカルマに視線を向けた。
その更に後方には、ハリアたち“I'll”の面々がこちらへと走って来ていた。
「ジョーカー、無事か!?」
「なんとかね。……みんな呼んできてくれたんだねえ、ありがとう」
ホッとした表情で横に並んだカルマが、ジョーカーに声をかける。
それに頷いてから、ジョーカーは得物を構え直した。
「あそこでくたばってんのは……“クリムゾン”の連中か。
選手交代だ、テメエらの相手はオレたちだ」
辺りを見回して状況確認を終えたハリアが、ケイジたち政府軍を睨みつける。
途端に殺気立つ政府軍。しかし、一触即発の空気を破ったのは、小さな天使だった。
「……ケイジくん」
「ミカエル……!」
「……っミカ……!?」
ミカエルは止めようとするカルマを制して、一歩、また一歩と驚いた表情のケイジに近づく。
「今日は……兄さんはいないんだね。
ケイジくん。お願い、もうやめて……」
「……甘いことを。これは戦だ、オレたちは上の命令で動く軍人だ。
……そしてお前は、軍から逃げた脱走兵だ」
言葉とは裏腹に、ケイジは苦々しげに顔を歪めた。
「……そうだね。でも僕は……誰かを傷つけるなんて、嫌だから。
だから……ケイジくん」
「っミカエル!!」
毅然とした態度で紡ぐミカエルの言葉が、カルマの悲鳴じみた叫び声にかき消される。
え、と視線を巡らせた天使が見たものは、自分を庇って倒れていくカルマと……何かしらの魔法を唱えたらしい、政府の軍人だった。
「っ……カルマくんッ!!」
「カルマ!!」
途端に騒がしくなる戦場。
カルマの名を呼ぶジョーカーと桜散。ハリア、ゼノン、ヒサメは彼らを守るように軍人たちと対峙している。
「っ貴様! 誰の許可を得て……!!」
「ですがクロツバキ隊長! あの人工天使は我が政府軍の裏切り者です!
見かけ次第即刻排除せよとの命令が……!」
そんなケイジと詠唱者である軍人の会話を耳に挟みながら、ミカエルは倒れたカルマの傍に膝をついた。
(どうして……僕なんかを、庇って……)
応急処置を施す桜散を眺めながら、そっとカルマの手を握る。
祈るように、願うように……救いを求めるように。
「……――“癒しの光よ……我が声に答えよ。彼の者に祝福を……。
『サナティウム』”!」
その詠唱と共に柔らかな光が二人を包み込み、瞬く間にカルマの傷が癒えていく。
「回復魔法……か」
感心したようにジョーカーが呟くのと、ハリアたちがカルマの側に戻ってきたのは同時だった。
「政府軍の奴らは撤退した。お前らもカルマを連れて帰れ」
「ハリアさんは?」
「……“クリムゾン”の連中、ほっとくわけにはいかねーだろ」
首を傾げたゼノンに答えたハリアの視線の先には、他のレジスタンスグループ……“クリムゾン”の面々がいる。
生き残った者が仲間だった者の遺体を運んでいる光景に、ミカエルは思わず目を伏せてしまった。
「目を伏せるな、とも慣れるな、とも言わねえがな。
……これがこの街だ、ミカエル」
そんな天使に声をかけてから、ハリアは“クリムゾン”の生き残りたちの元へ歩き出す。
「……ひとまず帰りましょう、みっくん。
ジョーカーさん、カルマをお願いしますね」
「わかった。……ま、政府軍と戦うってこういうことなんだよ。
話し合ってどうにかなる問題じゃないんだよね、もう」
そうして一連の流れを見ていた桜散が、ミカエルとジョーカーに声をかけた。
それに頷いたジョーカーは、未だに目を覚まさないカルマを背負いながら独り言ちる。
撤退準備を進める“I'll”のメンバーを横目に、ミカエルは手を握りしめた。
「……僕は……何もわかってなかった……」
「そんなことないよ、みっくん」
しかしその手を優しく解いたのは、ヒサメだった。
頭の後ろで二つに結んだ紅い髪が、風に揺れている。
「みっくんの『戦いたくない』って気持ち、とっても大事だよ。ホントはみんな、そう思ってるの、きっと。
私たちは守るため、未来のために戦ってるけど……戦うことだけが全てじゃない」
優しげなエメラルドグリーンの瞳が、真っ直ぐにミカエルを見つめた。
泣きそうな顔をした天使が、彼女の双眸の中に映っている。
「だからみっくんは、みっくんのままでいてね」
家族を亡くした。天使は知り得ないが、度重なる戦闘で病んだ仲間もいる。
だからそれは、ヒサメの願いだった。心優しい天使が、どうかそのままでいられるようにと。
その言葉に、ミカエルはくしゃりと顔を歪める。
けれど一度俯いて、次に顔を上げたときには笑ってみせた。
……まるで、泣くまいと決心したかのように。
(僕は何もわかっていなかった。戦うこと、守ること、そのすべてが)
(ねえ、ラファ。君は……わかっていたの……?)
見上げた空は、朱色に染まっていた。
Act.08:終
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