Act.07 君を壊した傷痕

「……あれ? カルマくん、どこに行くんですか?」



 レジスタンスグループ“I'llアイル”のアジト。その玄関口にて、ミカエルは出かけようとしていたカルマを見つけて声をかけた。


「……別に」


 しかしカルマは天使を一瞥しただけで、外へ出ようと歩き出す。


「おーい、こら、カルマ! お前また勝手にどこか行く気かっ」


 だがその瞬間、彼らの背後からカルマを呼び止める声が響いた。

 ミカエルが驚いて振り向けば、そこには呆れたような……それでいて怒っているような表情で仁王立ちをしているハリアがいた。


「お前な、いつもいつも出かけるときはちゃんと出かけるって報告しろっつってんだろ!

 これで何回目だこら。今日と言う今日は……」


 くどくどと説教を続けるハリアを無視して、カルマはドアノブを握る。


「おい、カルマっ!!」


 呼び止めようとしたハリアを、彼は思いきり睨みつけた。

 くせ者揃いのメンバーをまとめあげる“I'll”リーダーであるハリアに、そのような態度をとれる勇気のある者は、後にも先にもカルマだけだろう。


「……兄さんには関係ない。過保護か」


 そう呟いて、オッドアイの魔術師は走り去ってしまった。


「……アイツ……っ!」


 そんなカルマを見て、ハリアは吐き捨てるように呟く。

 しかしミカエルはそれよりも、カルマの発言が気になってしまった。


「……兄さん……?」


「ん? ……ああ、そうか。

 アイツ、オレの事そう呼んでんだよ」


 そういや知らないんだったな、と言いながら、彼はミカエルに向き合った。


「……アイツ、昔は笑ってたんだ。明るくて……やんちゃだった。

 だから、その時の名残でオレのこと“兄さん”って呼んでるんだろうな」


「お二人は……ご兄弟なんですか?」


 そう問いかけた天使に、ハリアは首を振る。


「いいや。ただオレは産まれた頃から側にいるし、兄弟みてーに育ったし。あと親同士も仲良かったからな」


「そういえば、カルマくんのご両親は……」


「殺された。政府軍に」


 ミカエルの何気ない質問に、ハリアは怒りを隠さずそう言った。


「オレたち現メンバーの家族も政府に殺されたが、それは戦闘中だったから……仕方ねえとは言わないが、家族たちも覚悟の上だっただろうからな。

 もちろん、オレも他のメンバーも悲しんだし、それゆえに政府軍を許せない連中も多い。

 だが……カルマの両親は違う」


 ハリアはそこで一旦区切り、何かを思い出すように……そして耐えるように、きつく瞳を閉じて言葉を吐き出した。



「アイツの両親は……街中で、見せしめとして殺されたんだ」


 +++


 カルマの両親は当時、このレジスタンスグループ“I'll”のリーダーだった。

 その名に願いを込めてつけたのも、その二人である。

 今のレジスタンスメンバーの親も、元はここの一員だった。

 ジョーカーやヒュライは、カルマの両親に拾われてここに来たのだが。


 そんな中……今から三年前、カルマが十三歳の時に、その事件は起こった。

 カルマはその日、街外れの丘で桜散サチと出会い、街へ案内していた。

 だが、彼が帰ってきたときにはすでに中央の広場には人ごみがあり……――



「オレはカルマに気付いて、両親が殺されたことを告げた。

 戦場でもない街中で、レジスタンスのリーダーだという理由で、街の人間を人質に取られて……」


「……そんな、理不尽な……っ!」


 真っ青な顔で恐怖に震えるミカエルに、ハリアは「いいや」と首を振った。


「確かに理不尽かもしれねえ。が、んなもん政府に喧嘩を売った時点でこの街にいるレジスタンスの連中は百も承知だ。当然怒りも悲しみもするがな。

 ……ま、その時、他のレジスタンスのかしらも一斉に粛清されたんだが……。

 だがそれ以来、アイツは心を閉ざしちまった。心優しかったアイツには、親を殺されたことが人一倍ショックだったんだろうな……」


 自分たち他のメンバーの家族が亡くなったときですら、アイツは大きな声で泣いて悲しんでくれたからな。

 そう締め括ったリーダーは、どこか遠くを見るような憂いを含んだ笑みを浮かべていた。

 ミカエルはその表情を直視できずに、そっと視線を逸らしてしまう。


「……そう……だったんですか……」


 カルマたちの置かれた境遇を思い、ミカエルはやっとそれだけを絞り出した。

 元とはいえ、何もしていないとはいえ、そんなものは言い訳でしかなく……自分も、彼らの両親を殺した政府軍の一員だったのだ。

 紛れもない事実に、ミカエルは両手を胸の前で握りしめる。……自分は、ここにいていいのだろうか?


「……ミカエル、お前は何も気にするな。

 お前が何かしたわけでもねえ、それどころかお前は連中を良しと思わず、対立する道を選べたんだからな」


 天使の心境を察したのか、ハリアが彼の頭を撫で諭す。

 その優しさに、ミカエルは泣きそうな顔で笑顔を作ったのだった。


 +++


「――カールマっ!」


 一方その頃、アジトから離れお気に入りの町外れの丘で空を眺めていたカルマは、目の前に現れた金髪にため息を吐いた。


「なんでため息つくのさ。てかカルマ、さっきまたハリアさんに怒られてなかった?」


 過保護だよねー、あの人も。そう言って笑うのは、四番隊の隊長、ジョーカー。カルマの親友である少年だった。


「……何しにきたんだ」


「いやー、暇だからさ。カルマが見えたから追っかけてきた!」


 眩い笑顔でごく自然にカルマの隣に座ったジョーカーは、彼と同じように空を見上げる。

 街の喧騒から離れたこの場所に、しばし静かで穏やかな空気が流れた。


「……ねえ、カルマ。もし、もしもね、この戦いが終わったら……――」


 静寂を破り、真面目な声音で口を開いたジョーカーだが、しかしその言葉は街の方から聞こえる騒ぎに掻き消されてしまった。


「……なんだ?」


 街へ視線を向けたカルマは、その先にある政府塔へ続く街道で、魔法による発光を確認する。


「っジョーカー、街道で戦闘が行われている!

 どこのレジスタンスかはわからないが……ジョーカー?」


 加勢に行こう、と振り向いたカルマだが、黙ったままの親友に首を傾げる。

 しかし彼はなんでもないよ、と微笑むだけだった。


「……ジョーカー……さっき何か言いかけてなかったか?」


「んー、なんのこと?

 それより、ほら! 加勢しに行くなら早く行かないと!」


「あ、ああ……」


 自身の手を引いて駆け出すジョーカーの背中に、カルマは言い様のない不安を感じた。


 例えばそれは、晴れた空に雨雲が広がるような……――


(君の傷を増やしてしまう、愚かな僕を赦して)



 彼を壊した傷痕は、小さな世界を蝕んでいく。



 Act.07:終

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