第5話
衣装に着替え、メイクまでも施された俺とコウは今、人ごみの中にいる。
「なんか人が多すぎないか?これ全員参加者?」
「スタッフの人も混じっているみたいだけど、たぶんほとんどが参加者だろうね」
はあ、すこし多すぎやしないだろうか、ざっと見た感じで百人は超えていそうだ。
「さあさあ、皆様お待ちかねの宝探しがスタートしますよ!今からルール説明を致しますのでお聞き下さい。制限時間は三時間、時間の確認は受付で渡された時計をお使いください。この宝探しは館内のすべてが捜索エリアとなっております。受付で渡された地図を使ってじっくりと探して、本部まで持ってきてください。また、宝探しですが、地図にその隠し場所が書いているわけではありませんのでご注意ください。宝は館内の到る所に隠されていますが、数には限りがあります。つまり早い者勝ちです。最後に、宝にはそれぞれランク付けがされています。上から順番にSランク、Aランク、Bランク、Cランク、Dランクです。本部に持ってきた宝のランクに応じて景品も用意されています。また、宝探しが終わった後、最終結果発表があります。これは、ランクが得点に換算され、見つけた宝の総得点の上位三名、または三組の方に特別賞として豪華景品が贈られます。皆さん、高得点を目指して頑張ってください!それでは始めます!よーい、スタート!」
スタッフの声に合わせて、参加者はぞろぞろと宝探しを始めた。
どこから探すかを決めるために、俺はコウが持っている地図を一緒に見る。
「館内全部って広すぎないか?」
「範囲が広い方が面白くていいじゃない。どこから探す?」
「上のフロアから順番に行くか。最初はタッチルームでいいんじゃないか?」
「よし!早く行こう!」
コウは場所が決まるなり俺の手を取り移動を始める。
そんな引っ張らなくてもちゃんと行くのに、と苦笑をうかべながら言うと、コウは楽しそうに振り向いた。
「なんだか探検みたいでワクワクするね」
その言葉は以前にも聞いたことがあるような気がした。
この水族館での宝探しも、なんだか懐かしい。
知らないはずなのに、知っているような気がする。
これも、記憶が戻りかけているということなのだろうか。
「どうかした?」
俺が急に黙り込んだからか、コウは心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あ、ああ。大丈夫。早く行くか」
コウは「そうだね」と答えるだけで、特に何かを聞いてくることもなく、また歩き出す。
(俺の考えなんてコウには全部わかってるんだったな)
コウは俺の記憶だから、俺の考えてることも全部伝わるんだと言っていた。
記憶に関することは何も言えない、とも言っていた。
記憶のことは考えても仕方ないし、今は宝探しを楽しもう。
そう思い、俺はコウとともにタッチルームを目指した。
「みてみて!ヒトデだよ!小さな魚も!ほんとに触ってもいいの?」
「看板に書いてあるなら大丈夫だろ。ほら、他の人だって触ってるし」
宝探しの一環でタッチルームに来たはいいが、コウは宝探しそっちのけでヒトデや小魚に夢中になってしまった。
コウの目はとても輝いていて、宝探しのことを忘れていそうな感じがする。
俺はため息をついて、辺りを一人で探すことにした。
「探すって言っても、ここには物を隠せるようなところは少ないんだな」
タッチルーム自体もそこまで広いわけでもなく、真ん中に水槽があって、部屋の隅の方に観葉植物がいくつかある、ただそれだけの部屋だ。
(とりあえず植物のほうを探すか)
俺が植物を探して幾分か経った頃、コウが声をあげながらこちらに走ってきた。
「そんなに慌ててどうした?走ったら転ぶぞ」
「そ、そんなにドジじゃないよ!それよりも見て!宝箱見つけた!」
そう言うコウの手には小さな濡れた宝箱があった。
水槽の中にあったようだ。
「水の中に宝箱を入れるとか、有りなのかよ」
「ほんとにね」と言いながらコウは宝箱を俺に渡してきた。
自分で開けないのか尋ねると、コウはこくんとうなづいた。
『君に開けてほしいんだ』
「!今のは・・・」
「どうかした?」
「コウは、その宝箱俺に開けてほしいのか?」
笑顔でうなずいたコウは続けて言葉を紡ぐ。
「君の記憶が戻りつつあるみたいだね。僕の声が届き始めてる。このままいけば、こことあと一か所かな。それで君の記憶は戻る」
あと二つで、記憶が戻る。
案外少ないんだなと思うと同時に、少しの不安が出てきた。
もし記憶が戻ったとして、その時の俺は、どんな風なんだろう。
「なあ、一ついいか・・・」
「どうしたの?」
「記憶が戻って俺が目覚めたら、こうやってお前と話したことや、出会った人、この世界のことを、俺は覚えていられるのか?」
コウは少し寂しそうに微笑んで、首を振った。
「ここでのことは記憶には残らないよ。僕も、出会った人も、この世界そのものが君の記憶とリンクしている。君の記憶をもとにこの世界は作られているからね。君の記憶が戻って、この世界が崩れれば、全てなかったことになりベースの記憶だけが残って君に戻る」
だから覚えていられない、と言いたげにコウは微笑み、言葉を続ける。
「それでも君は記憶を取り戻さないといけない、探すことをやめてはいけないんだよ。君は絶対に戻らないといけないから」
「わ、かった」
いつになく真剣なコウの声と表情に驚き、返事に詰まってしまった。
コウは表情を少し緩め、宝箱を俺に押し付けるように渡してきた。
「ほら、早く開けて」
急かされながら俺は宝箱を開ける。
中からは光が溢れ、一瞬にして俺たちの視界を埋め尽くす。
まぶしさに思わず目をつぶった俺の耳に、声が聞こえると同時に脳裏に映像が映し出される。
『コウくん!宝箱みつけたよ!』
『!びしょ濡れじゃん、そのままじゃ風邪ひくぞ』
『大丈夫大丈夫!・・・っくしゅ!』
『あーもう、ほらタオルで拭いてやるからこっち来い』
『えへへっ、ありがとね、コウくん』
『本当にいつも世話かけるよな。もうちょっと気を付けろよ?』
『はーい』
声と映像が消え、目を開けると光も消えていた。
「今のも、記憶の一部・・・」
「思い出した?」
「ああ」
さっきの記憶は中学生の頃のものだ。
さっきの少女の家族と俺の家族で一緒に水族園に行った記憶。
「今みたいに、宝探しのイベントに参加して、あの子がびしょ濡れになった。いつもみたいに俺が拭いてあげるんだ」
そう、彼女はいつも俺に心配をかけるやつだった。
ドジで鈍感で、でも人のことには敏感なやつ。
幼稚園の頃からずっと一緒にいる、大事な幼馴染。
「高校でも一緒になったんだ」
でも、俺の体調がよくなくて、結局高校入学早々、病院での入院生活だった。
「そうか、俺は昔から体が弱くて、入退院を繰り返していたんだ」
思い出した、全部脳裏に蘇ってくる。
◯
海であの子を助けた後も、俺は長らく入院していた。
担当医にも親にも、無茶をするなと散々怒られた。
小学校高学年辺りからは体調も良く、中学卒業まで入院する回数は特段に減った。
だから油断していたんだ。
高校に入学して少しした頃、傘を忘れて雨に濡れて帰ったことがあった。
それが原因なのか確証はないが、それ以来の俺の体調は悪くなっていき、また入院することになった。
高熱とものすごい息苦しさ、吐き気など、入院直後は本当に辛かったが、薬を投与してそれらが治まった時、さらに厳しい事態に直面した。
「薬がない?」
「煌牙くんは今の医療では治せない病気を患っています。ワクチンの開発に当たっていますが、完成するまでに煌牙くんの命が尽きない可能性は、大分低いです」
そう聞いたとき、俺の頭に浮かんだのは一人の女の子。
ひとりにさせてしまう、約束を守れなくなってしまう。
「ですので、これは提案なのですが、コールドスリープをしませんか?」
◯
「俺が眠っている理由も、これまでの人生も、思い出した」
「じゃあ、今知っている君のことを教えて。君は、誰だい?」
コウは諭すように、訪ねてくる。
「俺は月影煌牙。眠る前は高校一年生の十五歳。誕生日は八月二十四日」
その他にも、俺の好きなものや、よく行っていた場所など、思い出したことを一つずつコウに伝えていく。
「うん、あってる。ちゃんと思い出せたんだね」
「でも、」
でも、俺にはまだ、思い出せていないことがある。
幼馴染の彼女について、約束とは何か、あの少女にまつわる事だけ、まったくわからない。
俺は思い出せないことに焦りを感じ、思わずうつむく。
「それは、彼女が君にとって一番重要だからだよ」
その言葉に、俺は顔をあげてコウを見つめる。
しっかりと俺の目を見据えたまま、コウは言葉を続ける。
「彼女は今でも君を待っている。君のことをずっと思ってる。だから探しに行こう。彼女を、彼女に関する記憶を」
言い終えるとコウは手をあげた。
目の前に小さな光が生まれて、次第に大きくなり、俺たちを取り込む。
最後の旅へ
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