第3話
「よし!じゃあ早速場所をかえようか。一つ目の記憶を取り戻す旅へ出発だー!」
そう言ってコウが手をあげたとたんにまばゆい光に包まれる。
俺は思わず目を閉じたが、しばらくすると肌に空気が張り付く感覚がくる。
続いては波音。
俺は目を開けて驚く。
「なっ!う、海?!え、どうやったんだ?」
「ここは記憶の中って言ったでしょ?それに僕は案内人、場所変えるなんて楽勝だよ!まあ、僕たちの中にある海の記憶だから本物とは違う部分もあると思うけど」
コウは少し照れたように頬を搔いた。
記憶の中だと何でもありなんだと、俺はしみじみ思った。
「俺にもそういうのできるのか?」
「君の記憶が大分戻って、具体的なものを思い浮かべることが出来るようになればできるかな」
なんと。
俺にも記憶が戻ればできるのか。
やっぱり夢の中は何でもありだな。
「とりあえず動かないことには始まらないし、適当に歩こうか」
コウは言うが早いかスタスタと歩き始める。
俺も慌ててついて行き、コウの背中に問いかけた。
「なあ、ここではどんな記憶があるんだ?」
「それも言えない。どんな記憶とか、どういうことをすればいいのか、そういうことも全部言えないんだ。だから僕は、案内することしか出来ない、あまり役には立てないんだよ」
コウの顔を覗き込んでみると、悲しそうな泣き笑いな感じの表情をしていた。
「そんなことない」
コウにしか出来ないことがたくさんある。
「そんなことはないよ」
俺はもう一度、俺の思いを乗せて告げて、コウに向き合う。
──役に立てない──
俺はそんなことはないと思っている。
たとえ何も言えなくても。
案内しか出来ないとしても。
その案内がなければ、俺は記憶を取り戻すことなんて出来やしない。
俺の記憶探しは、コウがいるからこそ出来る。
そう思っていることが伝わるように、コウの目を真正面から見据える。
コウの目は少し揺れていたが、次第に笑顔が滲み、また泣き笑いみたいな表情をした。
今度は嬉しそうに、だ。
(俺の気持ちが、ちゃんと伝わったんだな)
良かったと思い、俺にも笑顔が浮かぶ。
「じゃあ、とりあえず海辺の探索と行こう!」
俺が張り切って歩き出すのに、少し遅れて後をついてくるコウ。
「ありがとう」
そんなコウの呟きを、俺は心に刻んでコウを振り返り、笑顔で手を差し伸べた。
「ほら、早くしないと置いてくぞ!」
「うん!」
コウは頷いて手を伸ばして、ニコニコと笑っていた。
いつもと同じ笑顔だが、明らかに質が変わり、今までで1番いい笑顔だと思った。
(あれ?この笑顔、なんか見覚えがあるような)
コウは俺の記憶だから、俺が覚えていないだけなのかもしれない。
この既視感も、記憶を取り戻せられれば、ハッキリするだろう。
そう思い、俺とコウは海を散策し始めた。
当たりを見回していると、違和感を感じた。
「ここって俺たち以外に人はいないの?」
そう、ここには俺とコウ以外に人混み当たらない。
海の家はあるけど建物だけで、やっぱり人はいなかった。
「今はそうだね」
コウは意味ありげに微笑みながら海を見ていた。
「あ、そろそろみたいだよ」
コウが指さす方を見ていると、何かあるのが見えた。
そこにはただ海が広がっている、かのように見えるが違う。
あれは、
「なんだ?なんか白っぽい?めっちゃ早い速度でこっちに来てない?」
「あれは津波だよ」
「あー、なるほど津波、って、津波?!」
俺が驚いでるのとは正反対に、コウは落ち着いている。
なぜそんなにも落ち着けるのか、謎ではあるが、今はそんなことよりも逃げるのが先だ。
「コウ!今すぐ逃げるぞ!ここにいたら巻き込まれる。できるだけ高いところに行かないと…」
危ないと言う前に、コウはまた海を指さした。
こんな時に何があるんだと思いながらも、コウが指さす方を見るとそこには女の子がいた。
さっきまでは人っ子一人いなかったと言うのに、いつの間に現れたのか。
そしてもう一人、海にいる女の子の母親らしき人物が必死に叫んでいる。
「もも!!もも、早く戻ってきなさい!!そこに居たら危ないわ!」
ももと呼ばれた女の子は母親の声が聞こえたのか、こちらを向いた。
が、その時、乗っていた浮き輪から落ちてしまった。
「もも!ああ、私が目を離さなければ、どうしたらいいの、」
母親がそんな風に頭を抱えているのを見て、俺は一人、海に向かって走った。
理由は頭を抱える母親だけではない。
単純に、この光景を、俺は知っている。
前にも同じようなことがあった気がする。
(ああ、これが俺の記憶か)
そう思った瞬間、頭の中にいくつもの映像が流れてきた。
幼稚園でのどんぐりひろい。
初めて行った水族館。
小学校の運動会や、音楽コンクール。
その全部に一人の女の子がいる。
その少女は今まさに溺れているあの子にとても似ている。
(あの子は俺の記憶の鍵なのか?)
そんな疑問が一瞬頭をよぎったが、今はそれよりも女の子を助けることが優先だ。
俺は一気に少女の元まで泳ぎ、抱き抱えて、浮き輪も一緒に取った。
「もう大丈夫、絶対お母さんのとこに戻ろうな」
少女はボロボロと泣いていたが小さく頷いた。
一瞬津波の方を確認すると、結構近くまで来ていた。
これは飲み込まれるかもしれないと思い、少女にしっかり掴まっているように伝えると、弱い力ながらも俺の服を小さな手でぎゅっと掴んだ。
俺は少女を抱き抱える手に力を入れ直し、コウと少女の母親が待つ浜辺へと向かう。
その時、ゴゴゴゴゴという音が聞こえ、飲み込まれると察知し、少女を離さないように抱きしめた。
その瞬間、鮮明とした記憶が俺の中に流れ込んできた。
それは、今の様に海で溺れかけている少女を助けた時の記憶だ。
『・・・ちゃん!大丈夫だよ!僕が一緒にいるから!』
『コウくん・・・』
『ほら、だからもう泣かないで?一緒にお母さんたちのところに行こう?』
『うん!』
ああ、そうだ。
俺には幼馴染の女の子がいて、ずっと一緒にいたんだ。
一番仲良しの友達で、一番大事な友達。
その子は、この少女ととても似ている。
でもまだ、
まだまだ思い出さないといけないことは多いらしい。
そのためにも、早くこの津波の中から出ないと。
俺は必死に海面を目指し、外の空気を思いっきり吸い込みながら
少女に目をやった。
軽く咳き込んではいるものの、どうやら無事みたいだ。
(よかった・・・)
浜辺に着くと青白い顔で涙を浮かべた母親と微笑みを携えたコウが走ってきた。
「もも!ああ、無事でよかった・・・」
「おかあさーーん!うわああああんん、怖かったよ―――!!」
ふたりは泣きながら、ぎゅっとお互いを確かめ合うように抱きしめ合っている。
「さすが。君なら助けられると思ったよ」
「お前な、一番に気づいてたんだから助けるの手伝えよ」
「だめだよ。僕はこの世界じゃ何もできない、しちゃいけない。先に言っておいたでしょ?」
それはそうなんだが、なんだかな。
釈然としない変な感覚が胸の中にたまっていき、俺は難しい顔のまま唸る。
「そんなことよりも、どう?記憶は戻った?」
「ああ、うん。たぶん、まだほんの一部なんだろうけど、小学校低学年くらいまでの記憶が少し」
俺は戻った記憶のことをコウに掻い摘んで話した。
話し終える頃には、コウは笑顔になっていた。
「そっかそっか。この調子で記憶を探しに行こうね!」
「ああ」と俺が答えてすぐ、後ろから声がかけられ、振り向くと女性が頭を下げていた。
何事かと思って慌てたが、とりあえず頭をあげてもらう。
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか。娘を助けていただき、ありがとうございます。あの、何かお礼をさせてもらえませんか?」
「え?いや、お礼なんていいですよ。俺は自分がやりたくてやったことですし」
本当にお礼はいらないと、何度も言っているのに、彼女は納得していないようで、こちらに食い下がってくる。
とうとう俺が折れて、お礼、というか、お願いをした。
「わかりました。お礼というかお願いなんですけど」
そう前置きして、俺は少女と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「これから、楽しいことや嬉しいこと以外にも、悲しいこととか辛いこととか、沢山あると思う。それでも、前を見て歩いていく、逃げることがあったとしても、最後にはちゃんと歩き出す。これをお兄ちゃんと約束してくれる?」
少女は数秒首を
「わかった!何があってもちゃんと歩くってことだね!」
俺は「ありがとな」と言いながら少女の頭を撫でて立ち上がり、また母親である彼女に向き合う。
「あなたも、娘さんのことをただ温かく見守りながら、前を見て歩いてください。辛いことに直面しても、決して諦めることだけはしないでください」
お願いします、と頭を下げ、すぐに頭をあげると、彼女は驚いた顔をしていた。
こんな誰かも知らない人に、いきなりそんなことを言われれば、驚くのも当然か。
俺は出過ぎたことを言ったと、謝ろうと口を開きかけた時、彼女が急に笑い出した。
「ああ、すみません、急に笑って。こんな見ず知らずの私たちに、とても真摯に答えてくれるものだから、つい。ねえ、名前を伺っても?私は朝倉ひかり」
「え、あ、月影、煌牙・・・です」
「煌牙くん、私はあなたのことを忘れないわ。娘の命の恩人ですもの。それに、なぜだか分からないけれど、あなたとはまた会えるような気がするの。だからその時はお茶でもしましょうね」
そんなありもしない未来を約束して朝倉親子は帰っていった。
俺はその背中を見ながら、コウに話しかける。
「なあ、俺、朝倉って名前を知ってる気がするんだ。とても大事な人の名前で、忘れちゃいけない名前。・・・俺は、ちゃんと思い出せるかな?」
「君なら大丈夫。海での一件で記憶は少し戻った、今だって、頭がちゃんと覚えていなくても君は覚えている。なら、大丈夫だよ」
コウの言葉は俺の心に沁み渡るようにゆっくり溶けて、俺に安心と光をくれる。
どこかで感じたことのある、とても懐かしく、とても不思議な感じだ。
コウがくれるこの感覚も、記憶が戻れば正体がわかるだろうか。
そんな期待を抱きながら、俺はコウを見やる。
「よし!コウがそういうならきっと大丈夫だろうな。早く次のとこに行こうぜ!」
「ふふっ。そうこなくっちゃ!」
俺とコウは笑い合いながら次の目的地に向け、歩き出した。
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