第2話

『ねえ、ねえってば。起きてよ。早く起きて』

 誰だ?誰かが俺を呼んでいる。

「誰だ?どこにいる?」

「おはよう!やっと起きたね」

「うわっ!」

 少し辺りを見回していると、突然目の前に全然知らない男が立っていた。

 見た感じ、高校生くらいだろうか。

「お前は、誰なんだ?それに、ここはどこなんだ?真っ暗なんだが」

 俺がそう問いかけても、男はクスクス笑うだけだった。

「なあ、なんで笑ってるんだ?俺は何か変なことを言ったのか?何か答えてくれよ」

「ああ、ごめんごめん。そうだね、ちゃんと答えないとだよね。僕は君で君は僕。ここは僕たちの記憶だよ」

「は?」

 こいつは何を言ってるんだ?俺があいつであいつが俺?

 待て待て、意味が分からない。

 しかもここは記憶の中?頭おかしいのか?

「あ!僕は頭おかしくなんてないよ!そんな風に思うだなんて失礼だな、本当のことを話しているのに!」

「お、思ってない」

 なんでバレたんだ?声に出してないはずなのに。

 まさか、エスパー?

「僕はエスパーじゃないよ」

「じ、じゃあなんで、分かるんだ」

「さっきも言ったでしょ?僕は君で君は僕。だから君が思ったことは僕にも伝わってくるんだよ」

 またもや頭にはてなが浮かぶ。

 さっきからこいつが言っていることはよくわからない。

 それに本当に俺とこいつが同じだというなら、なんで俺にはこいつの思っていることが分からないんだ。

 俺はもうストレートに聞いてしまおうと思い、理由を聞くと、よくわからない質問が返ってきた。

「君は自分が誰だか分かる?どこに住んでいて、どういう人と繋がりがあるか。誕生日は?趣味は?自分のこと、理解できる?」

「そんなのあたりまえだろ。俺は、」


 俺は、

 ・・・・・・俺は、誰だ?

 なんで何も出てこないんだ?

 わからない、何も、思い出せない。

 俺は、誰だ?


「わからないでしょ?それが理由だよ」

 どういうことだと目で訴えかける。

「君は記憶がないっていうことだよ。生まれてからの記憶が、一切ないんだ」


 記憶が、ない。


 その言葉を聞いて、俺の中に波紋が広がる。

 忘れてはいけないことまで、忘れてしまっている。

 そんな悲しみがじわじわと、インクの染みのように広がる。

「俺は、記憶がない。そうか、だからこんなにも心が凪いているのか。・・・なあ」

「なんだい?」とあいつは言う。

「お前も記憶がないのか?」

 俺と同じように、記憶がなければいい。

 そんなことを思ってしまったが、俺の期待はあっさり壊された。

「あるよ。僕は全部覚えてる。僕は君で、君は僕だけど、根本的に違うところはこれかな。僕は君の記憶探しの案内人だから」

 案内人?ここはただひたすらに真っ暗で、何もない場所だ。

 案内も何もないだろと言っても、あいつは笑うだけだった。

「僕は記憶があって、君はない。だから僕の思っていることは感じ取れないんだ。当たり前だよね。自分のこと、名前さえもわからないのに、他のことが分かるわけない。僕たちは一心同体で運命共同体ではあるけど、僕は君の分身に過ぎない。言ってしまえば君の記憶そのものだから」

「だったら教えてくれよ!俺のこと、全部知ってるんだろ?!」

 だが、こいつは首を横に振るばかり。

 こいつ曰く、記憶は自分で取り戻さなければならないらしい。

 そんなこと言われてもどうすればいいかなんて、分かるはずがない。

「僕が言えることは全部言う。でもそれだけじゃ記憶は戻らない。その先は自分で動かないといけない。君は記憶を取り戻す覚悟はある?」


 覚悟。


 失われたものを取り戻したい。

 取り戻さなければいけない。

 そんな使命感が俺の中に駆け巡り、力強くうなづく。

「ああ。だから、教えてくれ。必ず記憶を取り戻すから」

 あいつはやっぱり笑った。



 あいつからの話をまとめるとこうだ。

 ・俺たちの名前は月影煌牙(ちなみに俺の記憶であるこいつはコウくんと呼ばれたいらしい。)

 ・大事に思っている人がいる

 ・記憶を取り戻すための場所は全部で三つあるが、どれも確信に触れるものではなく、記憶から連想されたもの



「最後に、君が記憶を取り戻したら、この世界は崩壊する。僕は君の中に戻るし、君は目が覚めて現実世界に戻る」

「つまり記憶を取り戻せなかったら、俺はずっと寝たままってことか。今がいつなのかはわからないのか?」

「詳しい日にちは言えない。けど、今はスリープ期間が終わってワクチンもすでに接種済み。あとは君が植物状態から抜け出すだけ」

「そうか」と俺はつぶやいて、さっそく記憶を取り戻しに行こうとする俺を、こいつは呼び止めた。

「なんだよ」

「『なんだよ』じゃないよ。僕たちはパトーナーでしょ?しっかり僕の名前呼んで?」

 コウくんなんて呼べるわけないだろ。

 恥ずかしすぎる。

 俺が渋っていると「はやくはやく」と期待の目を向けてくる。

「別に、名前なんてどうでもいいだろ。そんなことよりはやく記憶を取り戻しに・・・」

「だめだよ!」

 行こうぜと言い終わる前に、こいつの大声が遮った。

 何がダメなのかはさっぱりわからないが、名前というものはそんなにも大事なのだろうか。

「名前はね、その人の本当の姿を映すんだよ。だから、名前は大事。記憶よりもね。記憶がなくても、名前さえ分かっていれば本当の姿はみえるから」

 言っていることはよくわからないが、名前はとても大事らしい。

 俺のように自分のことを何一つ覚えていないやつは、特に大事にしなければならないらしい。

「でもお前は俺のことを名前で呼ばないじゃねえか。いつも君って言って」

「僕は君の記憶。君を映す鏡みたいなもの。僕は君の本当の姿を映すから名前と似た存在なんだ。君が生まれてからの記憶を持っている僕が君の名前を呼んでしまえば、それは君が記憶を取り戻すことに結びつけてしまう可能性がある。だから呼べないんだ」

 またよくわからないことを言っているが、俺の記憶を取り戻すことに関係してしまうならしかたない、のか?

 俺はため息をついて、小さくこぼす。

「わかったから、早く行こうぜ、コウ」

 それを聞いたあいつ、コウは、とても嬉しそうに笑い、元気にうなづいた。

「よし!じゃあ早速場所をかえようか。一つ目の記憶を取り戻す旅へ出発だー!」


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