2020年8月15日、お墓参り

東風

2020年8月15日、お墓参り

「先輩、お墓参りに行きましょう。」

リモート会議ならぬリモート部活の最中、我が後輩の早乙女が突然提案する。

「え?誰の?」

「私の家の!」

「なんで?」

「暇だからです!一日ぐらいは外に出たいんです。」

「ああ、大義名分が欲しいのね。」

「さすが、先輩!その通りです。」

今、テレビをつければコロナコロナ、インターネットを開けばコロナコロナ、ついでに家族の間でも話題に上ることといえばコロナコロナ、である。高校は再開されたりしたものの、「若者がウィルスを広めている!」などと言われるこのご時世、寄り道をして帰るなどという選択肢ははばかられた。また、部活も当然のことながら影響を受けており、俺と彼女しかいない「文学同好会」も活動を大きく制限されている。だからこうしてわざわざアプリをダウンロードし「リモート部活」をやっているというのに(ラ〇ンでいいじゃん、という提案は却下された)、それでも早乙女は満足していないらしい。


「人手がいるのか?」

「私一人で充分です。」

「俺が行く意味とは?」

「一人で行って帰るだけじゃ家にいるのと変わんないじゃないですか。」

「友達とかと行かないの?俺場違いじゃない?」

「お盆、と部活という二重の建前がほしいのです。協力してくださいよー。」

ああ、これこのまま譲らないパターンだな、と観念する。


「わかった。日時とかをそっちで決めてくれるなら。」

「お!ありがとーございます!」

「そのかわり作法とか知らないから調べておいてもらえると助かる。」

「あ、それなら大丈夫です。私毎年行っているので。」


*****


日時は8月15日夕方、集合場所は駅前から少し離れたところにある銅像のところと決まった。暑さと人込みを避けたということだろう。

こういう時、時間に間に合わないと気持ち悪いなと感じる性格なので10分前には到着する。そして、早乙女は普通に遅刻してきた。

「やー、すみません。」

「お前な。」

「お花買うのに手間取りました。」

見ると、それなりにコンパクト(と言っていいのかわからないが)な花を持っていた。


「そんなのが売ってるのか。」

「持ち運びが楽なので毎年買ってるんですけど、今年は見つからなくて。」

「?人気になったとか?」

「いえ、いつも行ってるお店がつぶれてました。慌てて代わりのお店探したんですけど、見つかってよかったです。」

「そっか。それはよかった。じゃあ行くか。」

「ええ、行きましょう。少し歩きますけど?」

「まあ、少しくらいなら。」


*****


少し、と言われたはずなのにかなり歩いている気がする。マスクの中がすでに無茶苦茶暑くなっていた。

「少し、歩く、じゃなかったのかい?早乙女君?」

「わー、先輩ますます体力なくなってますねー。だめですよ。十代でその体力の無さ。朝早くとかに外で運動とかしないんですか?」

「俺は、朝に、すごく、よ、わい」

「だめだこりゃ。日差しがつらいなら日傘とか持ってくればよかったんじゃないですか?今流行ってるらしいですよ?日傘男子。」

「傘、持つ、つらい」

「文章にしてください。いや、意味は伝わりますが。」


そういってひょいひょい進んでるように見える早乙女も実は結構辛そうではある。あるのだが、こちらはもっと辛いので手を貸す余裕は残念ながらない。

「なんで、墓地って、山に、あるの?」

「山というより丘ですが。お寺が丘にあったりするからじゃないですかね?あと、高いほうが空に近いから、とか?」

「空じゃなくて、土に埋めるだろうに...!」

「悪態つけるならもう少し大丈夫ですね。あと数分です。」

「馬鹿な」

「いやホントですけど?」

時計を見なかったのでその言葉通りかはわからなかったが、たしかにそれ程経たずに到着した。


早乙女家(?)の墓は墓地の奥の方にあった。お墓にたどり着くと彼女はてきぱきと作業をこなしており、俺はそれを見ているだけという情けない状態になる。

「先輩ホントにお墓参りしたことないんですね。」

「まあ、お墓は母方父方の祖父母のところにあるから。遠いし。」

「お盆とかにご両親が帰省されるのとについて行ったり...してたらここにはいませんね。」

「親は毎年帰省してる。俺はついていかないけど。」

「へえ、寛容ですね。そういうの面倒くさいと思いますが。」

「俺もそう思う。ただ...」

最後の「ただ」が余計だと気付いて口をつぐんだが遅かった。


「ただ?」

「...まあ、あんまり祖父と仲良くできないという理由の方が大きい。」

「...。なんかすんません。」

「いや、こっちこそごめん。」


気まずい雰囲気でどちらも黙る。早乙女はそのあともさっとやるべきことを片付けてしまった。あとは手を合わせるだけだ。二人でお墓の前に立つ。

「その話もうちょっとだけ聞いてもいいやつですか?」

「ん?別に面白くないけど。」

「いや、気まずいまま手を合わせるのもちょっと。」

「ああ、たしかに。」

そう、たしかに心ここにあらず、でお祈りするのは失礼だろう。お墓の主(?)には悪いがもう少しだけ待ってもらおう。


「まあ、小学校くらいまでは言ってたんだよ。祖父、言いづらいな、じいちゃん家に。」

「そうなんですか。」

「そう。ただ、目を合わせるたびに小言を言われてた。内容はよく覚えていない。だからそれほど大したことじゃないはず。」

「...。」

「ただ、回数が異常に多かっただけ。多分それだけ。きっと、じいちゃんには俺のどこかが致命的に合わなかったのかもしれない。とにかく、中学生からはもういかなくなった。それ以上は喧嘩になるだろうし、別に喧嘩したいわけじゃないから。」

「...。そうですか。」

「まあ、普通の関係を気づくのは結構難しいってことで。気を使わせて悪かった。手を合わせよう。」


*****


そういえば、誰に向かって手を合わせるべきだ?という疑問を浮かべながらとりあえず、お祈りをすます。ごめんなさい。許してください。

早乙女の親類ということはわかるが、さっき気まずい雰囲気になったばかりなのできけなかった。結局そのまま後片づけを終えて、お墓を後にする。


墓地から出る前に早乙女に確認した。

「こんなんでよかったのか?ホントに何もしてないけど。」

「いいんですよ。これで。」

「そう。」

「ええ、先輩。今日お誘いしたのはもちろん何も気にせず外に出たかったから、というのもありますが、せめて今日ぐらいは『いつも通り、普段通り』に過ごしたいな、と思ったというのもあるんです。」

「...。」

「去年の今頃なら、部室で延々ともう覚えてもいないことを私たちはしゃべってましたし、ふらっと帰りに本屋とか寄ってたりしたじゃないですか。なんかそういうのをしたいと思っただけです。」


恥ずかしいのか、早乙女はこちらの方を見もせずに前だけ見てさらさらっと言ってのける。

そういうことができていないのはしょうがない、とあきらめていた部分が、日に日に大きくなっていた。世間というものを否応なく実感する回数が格段に増えた。

通学路にある、よく運動部が利用していた個人経営の飲食店は休業から閉店になったし、大学進学に影響が出ているやつもいた。一高校生の周りだけでも目に見える影響、みたいなものはある。

そして、自分たちがここまで「子ども」だと実感する日々もなかった。自分たちに影響がここまで出ているのに、やれることは少ない。とにかく「大人」に従うしかないところが大きくなった。反抗なんてする暇すら、余裕すらなく、また、困っている周りの人間を助けられるような力はとても小さかった。結局、「大人になりたい子ども」だったんだと身に染みてわかった。

誰にも言えないなあ、とか思っていたけど、ひょっとすると、早乙女も似たようなことを思っていたのかもしれない。もっと、気にせずにいられる日が来てほしいと思っていたのかもしれなかった。

そのことを彼女に聞くのはやはり恥ずかしいので、代わりにこう言うことにした。


「たしかに、今日はホントに暑くてだるい、いつも通りの日って感じだったな。」

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2020年8月15日、お墓参り 東風 @Cochi

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