第11話 エミール ギレリス

 旧ソ連(現:ロシア)出身でリヒテルと双璧そうへきを為すピアニストと言えばエミール ギレリスをいて他にない。ニコライエワとかアシュケナージなどピアニストが豊富な旧ソ連ではあるが(現ウクライナのキーウ生れのホロビッツなどロシア外や亡命者まで含めれば更に枠が広がるが、どこまで広げたら良いのだろう?)その活躍度、認知度、そして実力という点で名を揚げればやはりエミール ギレリスに行き着くことに異存あるまい。だが、その演奏の志向はリヒテルとかなり異なっている。

 どちらも途轍とてつもなく上手でくっきりとした音感を持っているという点で共通しているが、ギレリスには、リヒテルと違って曲を征服しようという意図が感じられない。リヒテルはピアノを通じて曲と戦うがギレリスは曲に対して深々とお辞儀をしてから鍵盤に触れる、とでも言えばいいのだろうか。誠実な印象でどこかピアニスト界の常識人・兄貴分と思えるギレリスの演奏を最初に聴いたのはしかし、クラッシック音楽を聞き始めてからずいぶんと後の事でそれも独奏ではなくシューベルトのD667、通常” 鱒”と呼ばれる五重奏曲のピアノパートで、であった。今となってもなお ホロビッツ、リヒテル、ミケランジェリ、ポリーニやアルゲリッチなどと比較すると所有しているレコードやCDは圧倒的に数少ない。

 最初の独奏曲はベートーベンのソナタを三十年前にドイツで購入した廉価盤だ。

 そして協奏曲はその二十年後日本に戻ってから中古CDで購入したやはりベートーベンによる、ピアノ協奏曲の4番と5番であった。クルトマズアがソビエト連邦(USSR)国立交響楽団を振ったライブ録音の4番・・・。これが目の覚めるような素晴らしい演奏で、とてもこれがライブ録音とは思えない完成度の異様に高い演奏である。


 思い起こせばそれまで聴いたギレリスの演奏も全て完成度は高かった。

 シューベルトの「鱒」・・・アマデウス弦楽四重奏団の弦は現代に於いてはやや中途半端な位置にある。バリリやウィーンに比べると現代的な音であるが、ジュリアード以降、アルバンベルク等に比較したら精度が低い。しかしピアノに限ってはその明瞭でくっきりとした音感といい、どっしりとした旋律のラインといい、どの演奏にも引けを取らない。ただ、五重奏曲という構成の中でピアノの音だけを取り出して比較するのは(協奏曲と比べてさえ)容易ではない。

 と、同時に「鱒」にはこの曲特有の性格がある。どの曲、室内楽曲に比較しても「鱒」ほど、曲自体のイメージが(演奏に関わらず)同一性の高い曲というのは珍しい。それはこの曲がオーストリアの川の流れに踊るように泳ぐ「鱒」そのもののLeben、即ち生命そのものを表す楽想の完璧さによるものに思える。だからこそ、却ってその演奏がスコダとバリリSQであろうと、あるいはウィーン・コンツェルトハウスSQと一緒の物であろうと、ブレンデルがクリーブランドSQと共演した物であろうと、ほぼ等価の音楽の喜びをもたらしてくれる。この曲にはレオンスカヤとアルバンベルクSQとか、リヒテルとボロディンSQのような(おそらくは)名演奏があるのだろうけど・・・。それを聴いたとして、僕にはどのような感想が沸き起こるのだろうか?

 うん・・・昔ミュンヘンを流れるイザールの上流で見た、あの初夏の景色、萌える若緑が映る川面にきらきらと太陽の光が零れ落ち、その中を悠々と流れに逆らうように泳ぐ鱒たち。その景色がそのまま、ある演奏では少し日が落ちかかってモノトーンめいた少し古びた写真のような、別の演奏では高い日差しに首に灼けるような暑さを感じながらもたっぷりとした清冽な水の流れに涼しさを貰いながら・・・僕は瞬きさえ忘れ、いや忘れたことも意識せずにずっとその奥に有る風景を見続けていくのだろう。様々な演奏が齎す感覚を受け止めながらも、僕はそれが同じ懐かしいあの風景だと思う心があって、その印象からどうしてものがれられない。

 それが僕にとってのシューベルトの「鱒」で、故にこの曲にあっては多少の巧拙こうせつがあっても気にならない。それだけこの曲には作曲家の強い思いと色付けが宿っているのだ。だからというわけではないが、「鱒」のピアノパートにギレリスの演奏の能力を求める前に僕の心は「鱒」の曲想に溶かされていく。今なおそれに変わりはない。

 ベートーベンのソナタ。ここでもたしかにギレリスの演奏は素晴らしい。だがこれらの曲にはその演奏に接する前に僕の耳には届いていた素晴らしい演奏があった。「悲愴」についてはホロビッツの、「熱情」についてはリヒテルの演奏によって、ギレリスの立場からすれば、僕の耳は既にcontaminate(汚され)ていたのだ。それをくつがえすほどの演奏でないのではないか、と問われれば否定することは出来ない。でも・・・もしかしたらそれは出会う順番が違っていたら結婚相手が違っていたようなものなのかもしれない。(ただし31番のポリーニの演奏についてはそうではない。31番のポリーニは僕にとっての永遠の花嫁なのだから。それはホロビッツの「月光」にもいえる)しかし、ベートーベンの4番協奏曲についていえば、グールドとバーンスタイン、ポリーニとベーム、或いはカサドゥシュとベイヌムの共演を聴いた耳を超えて、聴衆の心へと突き刺さる事の出来るレベルの堂々たる演奏である。

 だからジョージ セルとクリーブランドが伴奏したベートーベンの協奏曲集はずっと気にしていた。その全集がワーナーからかなりリーズナブルな価格で発売されていたので最近入手した。

 だが期待値が高すぎたせいなのか・・・、或いはマズアとの演奏との比較という聞き方が間違えだったのか・・・。決して劣る演奏ではないのだけど1番から5番まで全て聞き終えてもぞくぞくするような興奮は沸き起こっては来なかった。

 セルは協奏曲でもピアニストやバイオリニストの能力を最大限に引き出すことができる指揮者だと考えていた・・・いや今でもそう思っている。カサドゥシュとのモーツアルトやフルニエとのドボルザークなど協奏曲の伴奏をするには出色と言っていい指揮者であり、それでいながら交響曲などの作品に於いても曲構成の解釈を基に明確な主張をする最高の指揮者の一人である。このギレリスとのベートーベンも決して悪くはない。だが、ギレリスとセルならば1+1が3に成るはずなのにそうならない、というもどかしさばかりが残るのだ。セルの指揮は歯切れの良さと速いテンポは「らしい」のだけど、全体を見渡した構成力や説得力に欠け、妙な癖さえ感じる。スタッカティシモのような音の切り方が随所に聞え、それも気になる。この演奏が自身とマズアによる演奏、グールドやポリーニの演奏、あるいはバックハウスやミケランジェリ、カサドゥシュの演奏を僕の中で越えることはなさそうである。しかし、おおかたの評判は良いし、その評判を僕が否定しても仕方ない。

 いずれにしても、ギレリスというピアニストは僕にとって気になる存在であり続けている。次はブラームスの協奏曲でも聴いてみようか。この曲にもカペルやホロビッツ、リヒテル、ポリーニ、バックハウスなど強豪のピアニストがひしめいている。その中でギレリスのピアノがどんな存在感を示しているのか、興味は尽きない。


*LUTWIG VAN BEETHOVEN

Piano concerto No.1 in C major op.15

Piano concerto No.2 in B flat major op.19

Piano concerto No.3 in C minor op.37

Piano concerto No.4 in G major op.58

Piano concerto No.5 in E flat major "Emperor" op.73

Variations in C minor on an Original Thema WoO 80

Variations in A major on a Russian Dance WoO 71

Variations in D major on an Original Thema (Turkish March) op.76

Cleveland Orchestra Geoge Szell conductor

WARNER CLASSICS 0190295895181


*LUTWIG VAN BEETHOVEN

Piano concerto No.4 in G major op.58

Piano concerto No.5 in E flat major op.73`The Emperor`

Conductor: Kurt Mazur    State Symphony Orchestra of USSR

YEDANG CLASSICS YCC-0007


*LUTWIG VAN BEETHOVEN

Klaviersonate Nr.8 c-moll op.13 "Pathetique"

Klaviersonate Nr.23 f-moll op.57 "Appasionata"

Klaviersonate Nr.31 As-dur op.110

Deutsche Grammophon 439 426-2


*FRANTZ SCHUBERT

Quintett fur Klavier, Violine, Viola, Violoncello und Kontrabass A-Dur D667

"Forellenquintett"

Norbert Brainin, Violine ・Peter Schidlof, Viola・Martin Lovett, Violoncello

(All above are members of Amadeus Quartet) ・Rainer Zepperitz, Kontrabass

mit Streichquartett d-moll D810 "Der Tod und das Madchen"

Amadeus Quartet

Deutsche Grammophon 449 746-2

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