第一章:品評会

 魔界のレストランでは年に数度、欲望の品評会が開催されている。そこでは悪魔たちは各々が契約した中でも特に自慢の魂たちを持ち寄って、その味を飲み比べるのである。人間の魂の味を決めるのは、その人間が抱く欲望の色・形・濃さ・激しさ、そしてオリジナリティである。悪魔たちはまず、魂を前にしてその欲望を品定めし、賞味に値するかどうかを決める。そして彼らの眼鏡にかなった魂は、蒸留され、欲望のみに純化された液体となって再び彼らの元に運ばれてくる。それは年代物のワインやウイスキーのように、深い色合いと豊かな香りとを湛え、悪魔にとってはたまらない嗜好品であった。


 この日も四人の悪魔たちが集い、各々の持ち寄った魂を吟味していた。品評会は公正かつ厳粛な基準に則って行われ、もし主催者の気分を損ねるような出品があれば、悪魔と言えども地獄に落とされることもあった。生半可な欲望は「死ぬほどまずい」か、あるいは「死んだ方がましだ」というわけである。だから会に参加するのは厳選されたメンバーか、あるいはまだ何も知らない若い悪魔たちに限られていた。たった四人とは少ないようだが、これがメンバーの平均数で、品評会はシーズン中でも開催されないことも多かった。


 そのような会に給仕係が途中参加するのは異例中の異例である。しかしそれだけに、普段では決してお目にかかれないような魂が提出されることを、主催者も、そして若い二人の悪魔も期待していた。給仕係はすぐに戻ってきた。手に持った皿の上には、無色透明の液体が三つのグラスに分けられて載っている。主催者はそれを見て目を丸くした。


「もう蒸留してしまったのか」と主催者は言った。「魂の形で提出するのが原則のはずだが――」

「ですが、魂の形では、おそらく却下されるだろうと思いましたので」と給仕係は言った。

「勝手なことをする奴だな」と若い悪魔の一人が言った。「規則破りは地獄落ちだぞ」


「まあ待て」主催者がなだめる。「給仕はいわば、欲望のソムリエだ。我々よりずっと鋭い嗅覚と、経験豊富な味蕾を持っている。その彼女が是非にと言うのだ。少しの規則破りは大目に見ようじゃないか。それに見たまえ。この欲望の色を。こんなに澄んだ欲望を、我々は目にしたことがあるか? しかもこの欲望、ただ無色透明なだけでなく、その香りはどことなく甘く、それでいてツンと鼻に抜けるような刺激も感じさせる。決して奇をてらっているだけではあるまい。そうだろう、給仕よ」


「はい」と給仕係は皿を手に持ったまま静かにお辞儀をした。「欲望と言えば、濁った色合いのもの。欲望と言えば、舌に苦い味わいを残すもの。私も長年給仕をしていながら、そのような思い込みに囚われておりました。しかし、そうするうちに、私たちは魂の選別を少々、性急に行うようになっていたのではないかと、ふと思うようになったのです。人間の欲望の形というのは、実に様々なもので、私たちはせっかくその多様性に触れられる立場にありながら、結局はいつも同じ嗜好に走ってしまいます。そこで私は、これまであまり悪魔に縁のなかった、新しい欲望を試してみようと思ったのです。もっとも、多くはここでお出しできるようなものではなく、時に悪魔の寿命を縮めるような、有毒な欲望に当たってしまったこともあります。しかし私はとうとう見つけたのです。濁りのない欲望、舌に爽やかに溶けて、苦さと共にふくよかな甘みを感じさせる欲望を。これは元は少女だったある女性の魂を蒸留したものです。その由来を、みなさん、お聞きになりたくはありませんか――」


「面白そうね」と若い悪魔の一人は言った。「でも、そんな味は悪魔には毒じゃないかしら」

「毒見のつもりで」と主催者は言った。「一つ、その由来を、聞かせてもらおうじゃないか」

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