欲望レストラン 原作:@SO3H様

匿名の匿

序章:欲望レストラン

「そんなものは生理的欲求と言うべきものだ。欲望からは程遠い」


 両手を組み、肘をテーブルに乗せたまま、不敵な笑みを浮かべて一人の悪魔が言う。「いやはや、人間の『欲望』も劣化したものだな。こんなものを満たすために、悪魔の手を借りようだなどとは……」


 テーブルの真ん中に載せられているのは性欲に頭からつま先まで犯され、四六時中その満たし方を妄想しているある男の魂だった。


「そもそも、こんなものを『欲望』として提出する悪魔も、我々の世代からすれば、信じられないことですな。何しろ彼は意中の女性と結ばれることしか頭にない。我々の若い頃には、たかが性欲と言っても、もうすこし味のある――」


「そういうあなたはどうなんだ」とこの魂を提出した悪魔が言う。「あなたの『欲望』を見せてもらおうじゃないか」


「これは一人の少女の魂だ」と詰め寄られた悪魔は指を鳴らし、給仕係に合図をする。男の魂は運び去られ、新しい魂がテーブルの上に載せられる。「彼女は難病を患い、余命を宣告された少女だ。その幾ばくも無い余命も、絶え間のない苦しみに覆われ、生きる限りそれが続く。それでも彼女は生きることを望んだのだ。私が契約を結んだのは、その願いが最も切実になった瞬間だった。その時彼女にはただ『生きたい』という願望しかなかった。苦しみを取り除いて欲しいとすら、願わなかったのだ」


「あなたは耄碌したの?」と悪魔の一人が口を出した。「それは願望であって、『欲望』ではないわ。それにそんな願望を叶えるのは、天使のすべきことであって、悪魔がやるべきことじゃない」


「君はまだ魔生経験が甘いから、そんなことを言うのだよ。絶望の淵で縋った相手が悪魔だと知った時の絶望ほど、甘美なものは無いのだ」


「君の文学趣味には辟易するよ」と両手を組んだ悪魔がその上に顎を乗せながら言った。「彼女の魂をすぐさま地獄に落としたまえ、給仕。それから警備員を呼んできなさい。そこの彼も地獄へ送ってやってくれ。もちろん、一般の魂と同じ処遇でだ。そう、拷問を受ける側だ」


 そう言われた悪魔は待ってくれと大声を上げたが、やってきた二人の屈強な魔人に両腕をつかまれ、運び去られて行った。


「さて、貴女の番だ。今日はずいぶんと不作だからね、とびきりのものを期待しているよ」


 まだ魂を提出していなかった悪魔は立ち上がって、指を鳴らした。新しい魂が運ばれてくる。


「これは――」と顎の上に乗った頭をぐっとテーブルの中央に傾け、悪魔は喉を鳴らした。「実に芳醇な香り、そしてなんと深みのある色合いだろう。このような魂は、めったにおめにかかれない――」


「それはある独裁者の魂です」と魂を用意した悪魔は得意げに言った。「彼は多くの国民を煽動し、互いに憎み合わせ争わせ、そうしている内に地上で味わえる快楽のすべてを味わい尽くしました。それでも飽き足らず、私の力を借りて、無尽蔵の兵器を手に入れ、それを輸出して、世界中を分断と争いの渦に巻き込んだ――」


「なるほど、今日一番の上物だ」と悪魔は両手を解き、手の平を打ち鳴らすと、立ち上がって称賛した。「この濃厚な赤みは、おそらく多くの人間の血の色がにじみ出たものだろう。地獄の拷問ですら流しきれぬほどの血を、地上で流した男と言うわけだ。実に素晴らしい。これこそ悪魔と人間の芸術というものだ」


 その時給仕係がやってきて、話していた悪魔に耳打ちをした。悪魔はそれを聞くと眼を輝かせ、「なんと、君が」と嘆息を漏らした。「いやはや、驚いたね。ではそれを、持ってきてくれたまえ」


「諸君」と悪魔は言った。「今から給仕が、自ら仕入れた魂をご覧に入れたいということだ。魂の味を知り尽くした彼がどんなものを見せてくれるか、実に興味深いとは思わないかね――」


 残る二人の悪魔は唾を飲み込んだ。こんな機会に同席できたことを、二人は心からありがたいと思った。

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