第5話 メノウ村

皇室に入るとそこには、先ほどとは違うレイスの姿があった。

綺麗な青髪をまとめ、後頭部で簡単に縛っている。

上は簡素な布生地に、下は短いスカートを履き。

靴はふくらはぎが隠れる程のブーツを履いている。

少し大きめのカバンを持ち上げて、レイスは恥ずかしそうにいう。


「一応準備······できましたよ?」


フランジュは訝しそうにレイスの顔を見つめ呟く。


「おいキャンプに行くんじゃないんだぞ···」


「······はい?」


・・・・・・・・


しばらくの静寂の後に、エリアスが限界を向かえ小さく吹き出す。


「ふふっ···」


「エリアス陛下!これはルイスが」


「いえごめんなさい。こんな大変な事態なのに緊張感がなくて···」


「えーと申し訳ありません陛下。これは僕が用意したものでございまして···」


「ほらルイス!やっぱり変な感じになっちゃったじゃないの!」


「いえいえ姉さん!すごく素敵ですよ!···ふふふ」


「ちょっとルイス笑っちゃってんじゃないの!」


周りが騒ぐなか、フランジュは一人大きく肩を落としてため息をつく。


はぁ······出鼻からこれか···


「ふふふ···あぁそうそうフランジュ・ヴィルナート。

あなたの忘れ物ですよ」


そういうとエリアスはパンパンと手で合図する。

兵士が荷を持ってくると、フランジュの前に並べる。


「これは旧ロメイア騎士爵位の······」


「ええ···昨年あなたに授与した私直属の皇国護衛騎士爵位です。

まぁあなたは授与式には現れなかったですが、

それでもあの日からあなたは私の騎士ですよ」


ルイスが少し考える素振りをして、ぽんと手を叩く。


「ああ!思い出しました。受勲者が現れなかった式がありましたね。

しかし···ロメイアで初の皇国特務騎士の誕生ですよ、

素晴らしき栄誉では?」


「俺は······別に勲章が欲しくて体を張ったわけじゃ」


「わかっています。それでもあなたが持つべき物···あなただから持っていて欲しい」


エリアスはフランジュの手をそっと握る。


「······分かりました。つつしんでお受けいたしましょう」


フランジュは騎士の装備を身につけると、ゆっくりと剣を抜く。


「綺麗な剣だ。血で汚すには惜しい気もしますね」


フランジュは苦笑いでエリアスを見ると、

エリアスは少し涙目で返す。


「やっと······私の騎士に···。それではフランジュ・ヴィルナート、

最初の特務です。

私を護りながら、レイスを護りなさい」


「はは、無茶苦茶な命令ですね」


苦笑いで返すフランジュの背中を、エリアスが思い切り叩く。


「さぁお行きなさい!まずはクオラードの軍勢を見事退けてみせるのです!」


エリアスの凛とした声音に、フランジュの鼓動が高鳴る。


いつぶりだエリアスのこんな声···

やるんだ

俺が

彼女を世界の真の頂点に···!


「行くぞレイス、まずは北のメノウ村を目指す」


フランジュとレイスが出た後、

エリアスの目から涙が溢れる。


「エリアス陛下······そんなにも彼を···」


ルイスはエリアスの肩にそっと手を触れる。


「ごめんなさい······許されないのはわかっているのに···どうしても」


すすり泣くエリアスをしばらく見つめ、

ルイスは静かに囁く。


「それですが······私めに妙案が···」


「······妙案?というのは?」


エリアスがゆっくりとルイスの顔を伺う。

アルンがハッとしてルイスの腕を掴むが、

ルイスの表情は実に面白そうな顔で


「···あっ···もう遅いか」



城を出たフランジュとレイスは、

夜の森を北に向け歩を進める。


「視界が悪いから、足下には気をつけろよ」


「ええ、その前に一ついいかしら?」


「なんだ?何か忘れ物でもしたか?」


「ええそうね、一度止まってくださらない?」


フランジュは苛立ちながら急に立ち止まると振り返る。


「おいあんたさっきから何を怒って」


バン!


急に何かが顔にめり込んで、

フランジュは顔を押さえうずくまる。


「ぐあっ······あんた何して···」


「約束だったでしょ?あとで殴らせてくれるって。

はぁスッキリした」


レイスはそういうとすたすたと追い抜いていく。


「あんたまさか尻触ったのそんなに気にいらなかったのか!」


フランジュは立ち上がると、レイスの後を追う。


「ええもちろん。それと、あたしの名前はあんたじゃありませんから!」


「······ちっ」


こんなのを連れて回るってのかよ···


フランジュとレイスは大森林を北に抜け、高い丘に登る。

身を屈めフランジュは平原を見渡す。


「壮絶な数だな······後陣に元帥閣下の旗か。

陣形が少し変だな···これじゃまるで長期戦······

そうか!」


「わっ!急に大声出さないでよもう」


「アル姉ちゃん、何かに気づいた?

これだと2日は動かないな···そうかそういうことか。

よしレイス、村に急ごう」


「ええ···ねえあなた本当に二等兵だったの?」


「ん?まあな。おい、そこにいるんだろアルン」


「へ?」


レイスがそっと後ろを振り返ると、茂みからフードを被った人影が飛び出す。


「きゃあ!」


「······よく気づかれましたね」


アルンが近づいて片ひざをつく。


「気配は完全に消えてたけどな、その風は俺によく聞こえるんだよ」


「······」


「エリアス陛下に伝令を頼みたい。今の状況だ、わかるな?」


「···かしこまりました」


サッと大森林に消えていくアルンを見届けると、

フランジュは北に歩きだす。


「ちょっとフランジュ・ヴィルナート。

そういうことってどういうことよ」


ルイスも慌ててフランジュを追う。


「この陣は2日は動かないが···撤退もできないと、そういうことだ。

つまりその猶予内に邪魔なお荷物をどこかに隠して、一人で出張ってこいというルゴルなりの合図だな」


「そう······って邪魔なお荷物?」


「ん?なんだ自覚がある分マシじゃないか」


「誰がお荷物ですか!」


バン!


レイスが後ろからフランジュの後頭部を鞄で叩く。


「ってーな···まぁ言い方は悪かったけど、あんたが戦場に出ると五秒で死ぬだろ。

一旦村に匿ってから俺一人で行く」


「そりゃあたしは戦えませんけど······」


「······あんたも経験したろ、戦場ってのは身分関係なく殺される。

女なら死よりも残酷な事になることだってな」


「······ええ、そうだったわね」


「俺はもうそういうの見たくないんだ······頼む、レイス」


フランジュの突然の真剣な声に、レイスは息をのむ。


「······ええ、わかったから」


小道をひたすら歩き続け、朝陽が顔をだす頃。

ようやく前方に村の入り口が見えてくる。


「おい見ろ、もうすぐでメノウ村に着くぞ」


「はぁ···はぁ、あれがメノウ村···」


「息が上がってるな、担いでやろうか?」


「結構です!それはもう嫌なの!」


「はいはい···」


ゆっくりと歩き出す二人は、メノウ村へと足を踏み入れた。

村は意外と広く、民家も多い。

早朝ということもあって、外を歩く村人は少ない。

フランジュは井戸に集まる主婦や家政婦達に近づき声をかける。


「あの···宿を探しているんですが」


「えっとどなた?······その紋章は·····え?···」


きゃあああ


次々に悲鳴をあげながら、主婦達はフランジュの手足を触り始める。


「えっと······宿を······」


呟きながら直立していると、遠くの方から一人の男が近づいてくる。


「なんと···皇族の方がなぜこのような村に···」


「すみません、宿を探しているんですが。どなたか案内していただけませんか?」


「大変な無礼をお詫び申し上げます。私が案内致しますこちらへ」


男が手で促すと、村の奥に歩き始める。

フランジュとレイスがその後ろに続き慌ててついていく。


「大変だったわね···その服脱いだ方がいいんじゃない?」


「そうしたいところだけど···あとで陛下に何を言われることやら」


後ろから聞こえる奥様方達のざわめきを聞きながら、

二人は村の男についていく。


「ねえフランジュ、さっきの奥様達なんだけど」


「どうかしたか?」


「あたしの耳飾りの紋章の話をしていたわ、大丈夫かしら」


「······まぁ様子をみよう」

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空戦艦級フランジュ しろくま外伝 @sirokumagaiden

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