第4話 ルゴルと空戦艦級フランジュ
「どうされましたか?」
夕刻が過ぎ、日が沈む頃にフランジュは、
エリアスの寝室に呼び出される。
窓の前にある小さなテーブルには、紅茶を入れたカップが二つ置かれている。
白いワンピースを着て椅子に座り、
窓の外を眺めるエリアスは、ゆっくりとこちらを向く。
「こんな格好でごめんね。一緒に紅茶を飲まない?」
「はぁ···こんなところ見つかったら首が飛ぶんだけど。
まぁ、いただくよ」
フランジュはため息をつくと、エリアスの向かいに座り紅茶をすする。
「うん、美味いな」
「でしょ!······もう一年近くも会っていなかったものね。
暗殺事件で父も母も兄も殺されて······なんで私だけ助けたのよ」
「それが君のお父さんの願いだからだ。
何かあったとき、エリーだけはなんとしても···と生前に約束したからな」
「あなたなら皆を······」
「買い被りすぎだよエリー。
相手は四人の
「そうね···ごめんね」
「······明日ルゴルに会ってみる。
「あなたがそこまで信頼する方なのね、どんな方なのかしら?」
「あいつは俺の上官で、
佐官なんて位におさまってはいるけれど、大将の器だよあれは。
イリュスで生き残った俺を匿ってくれた命の恩人でもある」
「イリュス···今は亡き辺境の国ね。
あなたの故郷······私も見てみたい···」
「······そのうちな、何も無い所だよ」
「···こっちに来てフラン、見せたいものがあるの」
エリアスは笑顔で立ち上がるとベッドに乗り、奥にある木箱を指差す。
「ねぇあれ取ってくれないかしら」
フランジュは靴を脱ぎベッドに乗ると、木箱へと手を伸ばす。
「なんでこんな高いところに···っておわっ」
不意に足をすくわれてベッドに倒れこむと、
エリアスがフランジュの上に覆い被さる。
「フラン······私···あなたの子が······欲しい」
真剣な顔で見つめるエリアスの瞳を見てフランジュは思わず息をのむが、
すぐに視線を逸らす。
「エリー······」
陽は沈み、窓から入る月明かりが、
美しい装飾を施した寝台を照らした。
北方の大森林から少し離れた平地。
ルゴルは負傷兵を手当てするべく、軍を退いていた。
陣営内を足早に見回しながらルゴルは考える。
二千の兵が一瞬で討ち死に、後軍の兵も余波で三千が負傷···
何を考えてやがるフランジュ
もう長いこと力を使わなかったお前が······
こりゃただ事じゃねぇのは分かるが
この戦···ただの奇襲じゃねえってことか······
「ルゴル大佐!アルビナ元帥閣下から伝令!
至急二人で話をしたいとのことです」
後方陣営の中央天幕に入る。
「アルビナ元帥閣下!ルゴル大佐をお連れしました」
「ご苦労様、外してちょうだい」
「はっ!」
天幕を出る兵士を見送ると、視線を大きな机の向こうへ移す。
細いが鍛え上げられた体に、銀の鎖かたびらを着る、
紅の長髪の女性が椅子に座っている。
「閣下、お話というのは?」
「まぁ座ってちょうだい、今は二人だから」
ルゴルはため息をつくと向かいの席につく。
「アル、俺に話ってのはフランジュの反逆の事だな?」
「もちろん。他に何かある?」
「だよなあ···それで?何を聞きたい」
「このおかしな戦の裏よ。何かあるんでしょ?」
「フランジュの反逆だと思わないのか」
ルゴルは険しい表情でアルビナを見つめる。
「あの子は無意味に人を殺したりしない。そうでしょ?」
アルビナはため息をつくと、片手で頭を抱える。
「ったくあの子、あなたにも何も言ってないのね?」
「フランジュが力を使ったのは一年ぶり位だ。
あんなに自分で忌み嫌ってきた力をそう簡単に使うとは思えねえ。
俺に何か知らせる時間が無かったとしたら、明日コンタクトをとってくるに違いねえ。それまで待ってはくれねえか?
きっととんでもねえ裏があるんだ···」
ルゴルが肩を落とし俯く。
「······はぁ、分かったわ。
何か分かったら教えてちょうだい。
空戦艦級······フランジュねぇ···、確か古い文献にある空戦艦···」
「ああ、一隻で国の一軍を相手にしたという古の空を飛ぶ戦艦だ。
文献には世界で一隻、その主砲の爆風は万の軍を軽々吹き飛ばしたと···
初めてやつの力を見たときに、それが頭をよぎったんでな、
俺が勝手にそう呼んだだけだ。
かつてユノス大帝国の皇太后陛下が、その空戦艦を持つことで世界を従えたというがな······」
「今回の事件で、もうあの子の素性を隠しておけなくなるわよ?どうするの?」
「わかってんだちくしょう。もう少し待ってくれ······頼む」
アルビナはしばらく無言でルゴルを見つめると席をたつ。
「もう行っていいわよ。明日また呼び出すからね?
さ、私も色々と調べるとしましょうか」
アルビナはルゴルの肩を叩くと、天幕を後にした。
月明かりに照らされる寝台の上で、二人は抱き合い横になっている。
フランジュは起き上がりベッドの端に座ると、床に置かれた服を掴んでは着る。
「ごめんエリー······もう行かないと」
「叶わなくても···たった一度きりでも······私は幸せだわ」
背後から抱き締めるエリアスの鼓動が、
背中から直接伝わってくる。
「さ······エリアス様も服を。ルイス達が皇室でお待ちでしょうから」
「ええ······そうね」
二人は支度を済ませると、鏡の前にたつ。
「フラン、髪が少し乱れているかしら?」
「ごめんなさい···つい。ははは」
「ふふ···さあ、行きましょう」
鏡越しにフランジュの苦笑いをみて、エリアスも微笑む。
二人が一緒に寝室の扉を開けると、すぐ目の前にルイスの姿があった。
「おわっ!」とフランジュ
「きゃ!」とエリアスが
「ああ!」などとルイス
三人が同時に小さく悲鳴を上げると、
ルイスがあたふたと手を横に振りながらいう。
「もちろん誰にも言いません!
どうかご安心ください陛下」
「ふふ···弱味を握られてしまいましたね」
クスクス笑うエリアスを横目に、
フランジュはため息をつく。
「はぁ···笑っている場合ですか?」
「あら?この状況は笑うしかないでしょう?」
「さぁ行きますよ」
フランジュはエリアスの手を引くと、皇室に向かい歩きだす。
ルイスは呆然と後ろ姿を見つめる。
「あの男···大胆をはるかに超えている···」
ボソッと呟くと、不意に隣から声が聞こえる。
「そうですね。ルイス様も似たような節がありますが」
「ア···アルン!これは絶対に漏らしちゃいけないよ···
じゃないと彼に確実に殺される」
「······ルイス様の方がご心配ですけどね」
皇室に向かい、すたすたと歩きだすアルンを足早に追う。
「待ってくれよアルン!今のはどういう」
「そのままの意味ですが?」
「まったく連れないなあ」
エリアス皇后陛下···
そうか···そういうことか
ようやく世界が動き始めるかもしれない
皇室に向かうルイスの胸は、密かに高鳴るのであった。
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