第3話 ルイス・フューリア・フェルン
胸ぐらを掴みかかっている手を離し、女はエリアスに向き直る。
「ですが!」
「お止めなさい、あなたはレイス・フューリア・フェルン王女ね。
お久しぶりね」
「お久しぶりですエリアス皇后様。このような姿で御前に立つ無礼をお許しください」
フランジュはレイスの後ろ姿を眺め呟く。
「フューリア······なるほど···前女王の一人娘か」
「それが、どうかしたのかい?」
不意に背後から肩に手を置かれ、視線を横に移す。
そこには青色の綺麗な長髪の男の顔があった。
「失礼ですが···何様ですか?」
フランジュが小声で呟くと
エリアスが駆け寄り青色の長髪の男の手を握る。
「ルイス!よくぞ来てくれました!
援軍を連れてきてくれたのですね?」
「エリアス皇后様お久しぶりです。
すみませんが······ここには私一人で参りました。
まだ可能性の話ではありますが、事情をご説明しましょう」
「とにかく皆様、お掛けください」
ルイスはフランジュの耳元に顔を寄せると、
小声で囁く。
「僕はルイス・アミューラ・フェルン。
君と同じただの人間だよ」
「フェルンの王子か······なんかお前は他の王族とは違うな···」
フランジュが呟くと、ルイスはにっこり笑いながら返す。
「君もただの兵士···ではなかろうね。
とにかく姉さんのことは感謝する、後で話があるんだけどいいかな?」
「はぁ···まぁ」
フランジュはため息混じりに答えると、ルイスは離れていく。
室内にはロメイアの皇族と貴族の筆頭が集まっていて、
皆ルイスの言葉を待っている。
ルイスは中央に出ると、口を開く。
「皆様、現在ロメイアにはクオラードの軍勢が侵攻しております。
その規模はおよそ五万以上、宣戦布告状が無かったことから、
これは規律を破った皇族への反逆ということでしょう。
あと···不確定な情報ですが、これには我が国フェルンも関係しているものと思われます。
おそらく姉を暗殺するための···謀略だと思われます」
「後継ぎの争いで戦争を起こしたっていうのか!?」
「何故そのような!」
「黒幕は誰なんだ!」
次々に罵声が飛び交うなか、フランジュは静かにルイスの隣に立つ。
「まず最初に、軍は総勢で十万。北に主軍を置いている事から、
ロメイアを滅ぼす魂胆なのはまず間違いない。
あと王子の読みはおそらく正しい。
今の時点でフェルンが踏み込んでこないとなると、
クオラードとフェルンの権力者に内通者がいることは間違いなさそうだしな」
「貴様!何故ここにクオラードの兵卒風情が!」
貴族の一人がフランジュを指差して叫ぶと、
エリアスがフランジュの前に出る。
「お止めなさい!彼を蔑む事は私を蔑むのと同じに見なします。
昨年の暗殺事件···その身を盾にして私を救ったのは彼です。
私が絶対の信頼を置ける一人なのです」
「あれは君だったのかフランジュ!英雄じゃないか!」
ルイスが大声で叫ぶと、フランジュの肩を叩く。
「おい···わざとらしいんだよ···ったく」
フランジュが呟くと、ルイスも囁き返す。
「ほら、皆黙ったじゃないか?」
周囲が静けさに包まれたあと、ルイスが続ける。
「もし、フェルンがこの状況に手を貸しているとなると、
援軍は望めない。むしろ援軍を装いロメイアに攻撃を仕掛ける可能性だってなくはない。
だが、このまま姉さんをフェルンに返す事もできそうにない。
そうするとおそらくフェルンは軍を出し、
道中で姉さんを暗殺するはずたろう」
「そんな······私何も···」
レイスが泣きそうな瞳で口を塞ぎこむ。
「姉さんは前女王の娘···それだけで兄さんは邪魔なんだ······」
ルイスがレイスを抱き締めると耳元で囁く。
フランジュはそれを横目で見る。
「やっぱりそうか······」
「皆聞いてくれ、今んとこ進軍は止めてきた。
おそらく前軍が混乱し、明日までは陣形を整えるために平原に駐屯するはずだ。
その隙にロメイアも可能な限り軍を森の東側に配置する」
フランジュが説明すると、貴族が声をあげる。
「十万もの軍にどうやって!」
「それは、
フランジュが俯き加減で答えると、ルイスが振り向く。
「今君止めてきたと言ったね?どうやってそんな大軍を···」
「南と東の最前列の兵士を三千ほど·········殺してきた」
フランジュが俯きながら拳を強く握り答える。
すると貴族の一人が震えながらフランジュを見る。
「まさか···お前もあの忌々しい兵器の仲間なのか······」
「そのような発言は私が許しません!」
エリアスが取り乱して貴族に向かい歩き出すのを、
ルイスが一歩前に出て制する。
「まぁ穏やかに······それでフランジュ、北の本体が今何故進軍を止めていると?」
「それは······北を指揮しているのがルゴル大佐だから。
俺のハルバードが東の二千人の首を飛ばしたのを見たはずだ······あいつは頭がいい、ルゴルは何かあると悟って軍を止める。
そして軍の最高指揮はルゴルの決定を絶対に無視しない」
「なるほど······クオラードの兵士である君が言うんだ、間違いなかろうね。
となるとエリアス皇后様···」
エリアス皇后は困惑した表情で答える。
「ええ···とにかく出来る限り
その後、各貴族たちは割り当てられた部屋へと戻っていき
皇室にはエリアス、ルイス、レイス、フランジュと···
「アルン!今までどこに行っていたんだい?」
気づくとルイスの隣には小柄な青年が立っている。
「そこのちっこいのは?」
フランジュがルイスを一瞥した後、フードに包まれたアルンの顔を見つめる。
「この子はアルン、僕直属の隠密さ。
ちなみにそんなに強くはないが···
「初めまして···一応風を持っています。あなたと同じ···」
アルンは少し顔をあげるとフランジュの目を見つめる。
「少し違うがな······まあいいか。
それよりどこかで······」
「どうかしたのかい?」
ルイスがフランジュの肩に手を置くと、フランジュは視線をルイスに向ける。
「いや何も。それより話っていうのはなんだ?」
「君に頼みたいことがある。姉さんとエリアス皇后様を連れて逃げてほしいんだ······」
ルイスがそういうと、エリアスが一歩前に出る。
「あのねルイス」
「と言いたいところだけど、エリアス皇后様がここを離れるわけにはいかない。
だけど姉さんはフェルンに戻る事も、もちろんここに残るのも危険なんだ」
「ちょっと待ってルイス!あたしは逃げたりしないわよ!」
レイスがルイスに詰め寄るが、ルイスは真剣な顔でレイスを見つめる。
「戻れば姉さんは殺される。兄さんは···」
「それじゃあたしは······」
しばらくの沈黙を、面倒くさそうにフランジュが破る。
「あーわかった、どのみち俺はもうクオラードには戻れないしな。
だけどそしたら、エリアス様は誰が守るんだ」
「そりゃもちろん僕とアルンが命を賭けて···じゃだめかい?」
「······よしいいだろう。今夜にでもここを出る、レイス王女殿下も準備しとけよ」
フランジュが皇室を出ようと扉に歩いていく。
「ちょっとどこ行くのよ!なんで勝手に話を···」
レイスがフランジュの腕を咄嗟に掴むと、
フランジュはゆっくりと振り返る。
「死にたいなら······勝手にしろよ」
冷徹な眼差しを見たレイスが一瞬強張ると、
フランジュは手を振りほどき歩き去っていった。
「何も···そんな眼で見なくても······」
「やっぱりただの二等兵じゃ無さそうだね」
「······」
ルイスがそういうとフランジュの後ろ姿を見つめる。
アルンも無言でそれを見つめている。
エリアスがレイスの肩にそっと手を添えると、静かに呟く。
「彼、本当はすごく優しい人なのよ······戦争も人殺しも大嫌いなのに···」
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