第2話 フェルン共和国

色とりどりの鮮やかな花が咲き並ぶ、そこはフェルン城庭園。

しゃがみ花に水をあげている者がいる。

美しい青髪をなびかせ、華奢な体つき。

彼の名はルイス・アミューラ・フェルン。

フェルン共和国の王族の次男で、後継ぎには縁がない。

ゆえにやることが無い彼はこうして自由気ままに過ごしている。


「今日も平和だねえここは···君達もそう思うだろう?」


そう呟くと、ルイスは立ち上がる。


「···!誰だ!」


茂みに向かいルイスが叫ぶと、何者かが静かに姿を現す。


「お楽しみ中かと思いまして、しばらく様子を···」


「なんだアルンじゃないか、どうしたんだいこんなところで?

何か一大事でもあったかな?」


茂みから姿を現した人影はアルン。

フェルン国内の孤児院出身で、ルイスに引き取られてからは彼専属の密偵を勤めている。

小柄な体格を活かしてあらゆる場所に潜入している。


「ロメイア皇国にクオラードの軍勢が攻めいりました。

軍事官に報告をと思いましたが······何かにおいまして」


「なんだと!?······それで何か···とは?」


「ええ···今日は王女殿下がロメイアに、しかも護衛もつけずに向かわれております」


「そういえば···今日は兄さんが護衛をつけなかったな。

それより!姉さんは無事なのか!?」


「ええ···無事なのですがそれが···少々複雑な事態にありまして······」


「複雑···?とはどういう状況だ?」


「クオラードの二等兵が一人謀反を起こし、彼女を守り兵達の首を落としました。

そのまま村に向かいましてございますが······」


「クオラードの、しかも二等兵だって!?

それじゃ捕まるのも時間の問題じゃないか」


「ええまぁ普通なら······ただ、彼は潜在能力アビリティ保持者です。

ですので先に報告をと···」


「二等兵が潜在能力アビリティをね······。

よしその彼に張り付いていてくれ。

真相はこちらで裏をとる必要がある。

もしもの時はアルンが姉さんを」


「承知いたしました」


アルンが茂みに消えていくのを見届けると、

ルイスはゆっくりと王室に向かい歩き出す。


「姉さん······頼んだぞアルン」


ルイスは王室に着くと、王座から一段下に据えられている椅子に腰をかけている人物に目を向ける。

彼はルドルフ・アミューラ・フェルン、王族第二子で長男である。

ルドルフはルイスに視線を移すと、口を開く。


「どうしたルイス。街で何かあったか?」


何か···ね。

こんな事いつも聞いてこないのに···


「いやあ何にも?今日も退屈で何よりだよ。

さて···今日も書庫で暇を潰そうかなあ」


ルイスが王室を出ようとしたとき、ルドルフが慌てて引き止める。


「待てルイス、護衛がいるだろう。

お前、ルイスを書庫まで護衛しろ」


ルドルフが近くの兵に指示する。


「いやいやあ護衛なんていつも無いじゃないか、なんで急に。

大丈夫、一人で行けるよ」


「ふん······」


ルドルフは鼻を鳴らすとルイスを睨み付ける。

ルイスが王室を出ると足早に書庫に向かう。


「さて···急いだ方が良さそうだな」


書庫に入ったルイスは、管理している司書と目が合う。

彼女の名前はミランダ。ルドルフの息のかかった配下である。


「あらルイス殿下。今日もお昼寝に?」


ちぃ···僕の監視係か。厄介だな。


「まあね、個室を使わせてもらおうかな。

寝てる間は鍵をかけておくから、おこさないでおくれよ」


ルイスは本を何冊か手に取ると、個室に入り鍵を締める。


「さてと···」


ガチャ


突然床下の板が一枚持ち上がり、アルンが頭を出す。


「アルン···!」


「静かに···ルイス様が抜け出す際にここを使われるかと思いまして、お迎えに参りました」


「姉さんは無事なんだろうな?」


「ええ、彼に任せるのが一番安全性が高いようなので。

今は王女殿下とともに皇室に向かわれているかと」


「···?まあいい、とにかく急ぐよ。話は途中で聞こう」


ルイスは床下の隠し通路に潜りこむと、そっと板を閉じた。



森を奥に走るフランジュは村に着くと女を降ろす。


「ちょっと待ってろ」


フランジュは近くの民家の扉を開けると、大声で叫ぶ。


「おい皆!村人を集めて皇居に避難してくれ!」


しばらくするとぞろぞろと村人が集まって来る。

その中で一人の老人がフランジュに声をかける。


「クオラードの兵隊さんが一体何事なんじゃ」


「クオラード国軍が大軍で進軍してきてる。

時間がないんだ!急いで皇居に!」


フランジュが指示すると、慌てて村人たちが皇居に向かい走り始める。


「村長。皆をよろしく頼む」


フランジュはそういうと、女にかけよって来る。


「あんたはここから森を北に進むんだ、皇室へ急げ」


「ちょっと!なんなのよあなた!さっきから命令ばっかりで!」


「俺は南と西の軍を足止めしてから北に向かう。

隊列を見たところ主力は北だ、規模が大きい分足も遅い。

時間がない···急げ!」


フランジュは早口でそれだけ言うと、南の森に消えていく。


「ちょっと!······もう!」


女も北に向かい森を走り始める。


フランジュは森を南に進みしばらくすると、第一波に遭遇する。

大勢の兵士の足音が聞こえる。

近くの大木に身を隠すと、目を閉じ呼吸を整える。


「範囲はざっと1400メートルか···前方の1000人はいけるな。

来い風の戦斧、フランシスカ」


ビュン


風の音が横一閃に広がり南下し始めると、

次にフランジュは東に向かい走り始める。

南東から北に森を駆け抜けていると、

兵の小隊に出くわす。


「止まれ!貴様もしや例の反逆者か!」


兵の一人が叫ぶと、こちらに剣を向ける。


まずいな···東軍の進軍が少し早い。

やむ得ないか······


「来い風の大斧、ハルバード。

悪いが、あんたらの相手をしている時間がないんでな!」


フランジュは全速力で北に、兵を無視して走り抜ける。


「おい!おま」


風が通りすぎると、兵が喋り終える前に全員の首が地面に落ちる。

風はそのまま北東に向かい、横に広がりながら飛翔していく。


「これで東軍の前方2000はいけるな。

よし···」


北に走り続けるフランジュは、前方に一人の人影を捉える。


北に進んでいた女は、しばらくすると立ち止まる。


「はぁはぁ···なんなのよ···もう」


息が上がってしまい足も動かなくなってきている。

不意に後ろから足音が近づいてきて振り返ろうとした瞬間、

ふわりと体が宙に浮く。


「きゃあああ!離して!」


「何やってるんだ時間がないんだぞ!

しっかり掴まってろよ!」


「あ、あなたさっきの······いやあ!お尻触ってるじゃない!」


「悪い!あとでいくらでもぶん殴らせてやるから!」


フランジュは思いきり踏み込むと、さらに加速していく。

女を肩に担いだまま北の森を疾駆していると、前方に高い塔が見えてくる。


「確かここら辺に···あった!あれか」


フランジュは塔の真下に着くと勢いよく扉を開け、

螺旋階段を駆け上がっていく。


「ちょっと!ここはどこなの?」


「まだ黙ってろ、着けば全部わかるって」


螺旋階段の終わりにある石の扉を蹴り飛ばすと、

フランジュは広い部屋に出る。


そこは豪華な飾りが至るところに施されていて、

最上段には大きな椅子が二つ据えられている。

椅子の裏側から壁を破り出てきたフランジュを、

大勢の人達が見つめている中で、最上段から一人の美しい女性が降りてくる。

綺麗に束ねられた白髪に、

煌びやかなドレスを着た女性はフランジュに駆け寄る。


「フランジュ・ヴィルナート、よくぞ来てくれました」


フランジュは女を降ろすと敬礼する。


「エリアス様お久しぶりです」


「ちょ···ちょっとあなた!この御方はエリアス・ロメイア皇后様ですよ!

身分をわきまえなさい!」


降ろされた女がフランジュの胸ぐらを掴みかかっていると、

エリアスはそれを手で制す。


「良いのです」


突然の乱入者に、室内は静まり返る





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