六、バースデーパーティー

 夏が終わり、秋になった。あの地獄のような暑さが、だんだんと消え、冬に向かっていっているのを肌で感じている。結局、司さんのバースデーパーティーは、中止となった。それに向けて準備していたこと、岩永君に相談したことなどを棒に振る結果となってしまった。その後は、ラーメン屋には来るものの、以前よりも会話がはずむことはなく、重々しい雰囲気になっていた。彼の様子は、青菜に塩。今まで見せてくれた笑顔も、明るさも、しおれた花のようになくなっていた。そして、そんな状態が続くにつれて、司さんの足数あしかずも減っていった。挙句あげくてには、わずかな足数もえてしまった。

 今日も、同じようにラーメンを食べている。隣が空っぽであることに、寂しさを感じながら。今の私は、どこかにぽっかりと穴が開いていた。その穴は、案外大きいものらしい。全体の三分の一くらいだろうか。三分の一、一つの円を三等分に分けたうちの一つ。三等分に分ける方法は難しめだが、だいたいこんなもんだろう。それは大きなものだった。それくらい分の穴が開いていたのだ。

 隣が開いていることで、妙に感じる、ほのかな涼しさ。それもまた、私の寂しさをき立てる。

 あの、夏の記憶は、全ては幻だったのだろうか。夢だったのだろうか。本当にあったことのように思えない。そもそも、あり得ない話だ。私の大好きな俳優、桔梗司が、ある日突然、私の目の前に現れるだなんて。たまたま、このお店のラーメンを食べに来て、そのまま常連になるなんて、毎日私の前に、現れるなんて。とてもあり得るような話ではなかった。でも、お店の壁には、明らかに司さんのサインが飾られている。同じく、司さんのファンである、このお店の奥さんが、彼が最初に来た時に頼んで書いてもらっていた。その記憶がはっきりと残っている。

 では、司さんがこのお店に来たこと、私の前に現れ続けたことは、本当だということだ。幻でも、夢でも、嘘でも、あり得ない話でもない。現実に起こったことなのだ。そうだよ。司さんとの思い出は、全て本当にあったことだよ。何でなかったことにしようとしたんだろ。悲しいんでしょ。彼と会えないことが。いくら、大好きだったとしても、三十歳と十五歳は、交わることはできない。そんなこと許されない。ましてや、司さんは、世間から注目を浴びる人、そうやって生きていく人だから。未成年と交わっていた、となると世間の反感を買うことになる。そうすれば、その世界で生きていくことは、困難になるだろう。険しいいばらだらけの世界に変えてしまう。私は司さんに、そうなって欲しくない。

 でも、一緒にラーメンを食べているだけだよ。そして、一緒に天体観測、お菓子作りをしただけだよ。それでもダメなのかな。全てダメ? 彼と一緒に何かをすることは、許されないの?

 麺をすすりながら、胸の奥が締め付けられていた。苦しい。


『人の目なんて、気にしないで』


 岩永君が、言ってた言葉が、私の脳裏のうりに蘇る。

 そうだ。そうだよ。人の目を気にして、抑えているばかりじゃつまらない。今度のハロウィン、そのパーティーは、司さんと一緒にやりたい。

 

 寮の部屋に帰ると、すぐに携帯を開いた。そして、メールを打つ。司さんとは、お互いに連絡先を交換していた。彼が、これから仕事が忙しくて来れないかもって言ったとき、交換したものだ。もちろん、恋愛的なものではなく、友人として、ラーメン仲間として。

『司さん。元気ですか。最近、ラーメン屋にも来なくなって、すごく寂しいです。私との疑惑の報道で、ショックを受けたと思います。私もそうでした。それでも、私は司さんと繋がっていたいです。今度、ハロウィンがあるのですが、今度こそ、司さんと一緒にパーティーをしたいです。もちろん、複数人で行います。私は十五歳ですが、心は二十を超えますから』

 そう書いて送信。しばらくして、返信が来た。

『心配させてしまって、ごめんね。これ以上、祐奈ちゃんに迷惑をかけたくないから、ラーメン屋に行くのも、避けてしまいました。ハロウィンパーティーには行けません。仕事があるのと、やっぱりやめておいた方がいいと思うから。祐奈ちゃんのためでもあるから、分かって欲しいです。本当にごめんね』

 そんな……。私のため。でもなぁ。もしかすると、司さんは、私に会うのが怖くなったのかもしれない。どうしたら、彼の不安を取り除くことができるのだろう。あ、そういえば、二十九日は私の誕生日だ。次で十六になる。ハロウィンはだめでも、せめて私の誕生日は一緒にいたい。再びメールを打つ。

『わかりました。でも、二十九日の私の誕生日には、絶対にパーティーを行いたいです。その日はもう十六歳で、結婚してもいい年齢になります。なので、問題はないと思います。いいですか?』

 すると、さっきよりも早く返信が来た。

『その日は仕事がないので、大丈夫だよ。断ってばかりなのも申し訳ないし、場所は僕の家でいいよ。祐奈ちゃんの誕生日だから、君の友達もどんどん呼んでよ』

 やったー。ありがとうございます。誰を呼ぼうかな。玲音ちゃんはもちろんのこと、あとはスイーツ研究部の同級生かな。岩永君、星くん、似衣奈ちゃん、夏美ちゃん。それでいいかな。楽しみ。

 

 後日、その五人には、手書きの招待状を渡した。パーティーなんだから、招待状を渡すべきだよね。ちなみに、会場は友人宅と書いた。もちろん、友人とは司さん。口では、ラーメン仲間でとても仲がいいと言っている。名前は、本名である平田ひらたてつさんで。私と彼との関係をよく知っている、岩永君と玲音ちゃんには黙っていてもらっている(でも、本名を言った時には、二人共驚いていた)。

 

 そして、待ちに待った当日。

 六人そろって、司さん(哲さん)のお宅へ。

「こんにちは」

「こんにちは、祐奈ちゃん。誕生日おめでとう」

 司さんは、私の誕生日を祝ってくれた。

「さあ、みんな上がって」

「お邪魔します!」

 リビングに入ると、なんとパーティーらしく、天井や壁などにポップな飾り付けが。床にも複数の風船が。

「わあ、すごい」

「可愛い!」

 正直、バースデーパーティーでも、あまりノリ気ではなさそうな彼が、こんなに本気になってくれたなんて。仰天ぎょうてんして、いろいろと言いたくなった。

「ものすごいノリノリですね。めっちゃ意外です」

「せっかくのバースデーパーティーだからね。気合を入れてやらないと」

 ありがたいけど、気合入れすぎでは。

「ピンク多いですね」

「可愛いでしょ。祐奈ちゃんは女の子だし、ピンクが似合うからね」

 飾りのすべてが、ピンク、ピンク、ピンク。色んな濃度のピンクだらけ。

「甘すぎですね」

「え……そう?」

「はい」

「えっ……。まあ、でも、男の子はちょっと嫌かな」

 確かに。男の子にこの空間はキツいかな。

「あ、いえ。大丈夫ですよ」

 と、岩永君。

「僕も、こういう可愛いお部屋好きなので」

 と、星くんが。それぞれ、とても素敵な返しだ。そう思うが、スイーツ男子は、スイートなテイストのものも好きなのかな。少なくとも、星くんはそうみたい。可愛い。

「それにしても、上原さん、ちょっと言い過ぎじゃない」

 岩永君が、私にツッこむ。

「思った」「めっちゃ毒言うじゃん」「ちょっと、ひどいよ」

 すると、他の人も、笑いながら言った。

「ホントだよ。せっかく頑張ったのにさ」

 彼らに加わって、司さんも私に抗議した。

 不満をあらわにする司さんは、可愛らしくもあり、面白かった。

「すみません。ありがとうございます」

 

 バースデーパーティーの醍醐味だいごみといえば、プレゼント。いいよね、プレゼント。もらうのも、開けるのも、開けたあとも。ドキドキワクワクしてばかり。

 トップバッターは、玲音ちゃん。

「これは?」

「開けてみてよ」

 言われた通りに開けてみる。出てきたのは、アロマポットとオイル。

「アロマ?」

「うん。祐奈ちゃん、最近アロマセラピーやってみたいとか、言ってたじゃん」

 心当たりがある。ストレス解消や肩こりを治すだとかで、やってみたいと思っていた。ちゃんと覚えてくれたんだ。

「ありがとう」

 似衣奈ちゃんは、コスメ入れに使えるようはオシャレなポーチ。私は普段メイクはしないが、他のものを入れてもいいかもしれない。

 夏美ちゃんは、ハンカチをくれた。お金持ちのマダムが使っていそうな上品な布質。使うのは避けてしまいそうだが、誰しもが憧れるような品だ。

 星くんは、アザラシのぬいぐるみ。抱き枕としても使える。実際に抱いてみた心地もよかった。

 岩永君は、カチューシャ。私は髪が短くて、結ぶことができない代わりに、カチューシャをしている。今、しているカチューシャは何もないシンプルなもの。対して、岩永君がくれたのは、ヘアバンドの形のもの。より幅が大きい。タータンチェックの大人びた雰囲気だ。

 貰ったカチューシャをつけてみる。

「おー、似合ってる」

「素敵」

「祐奈ちゃん、似合ってるよ」

 みんなからは好評だった。私の気分は最高だ。

 そして、最後は司さん。

「僕からは、これ」

 哲さんから貰ったのは、手拭い。赤い麻の葉模様の美しいものだ。

「この手拭いをつけて、またラーメン食べに行こう」

 キュン。

 うわあ。不意打ちだ。なんの準備もしていない状態でのこの一撃。そして、流石さすがはラーメン仲間。ラーメン関係のプレゼントか。

「みんな、ありがとう」

 どれも、私のことを考えて、買ってくれたものだ。けっこう、値段のあるものだろうに。みんな感謝しかない。ありがとう。

 

 遂に、お待ちかねのディナー。みんなでワイワイと楽しめるように、大皿に料理が盛られている。これらは、私以外のみんなが作ってくれたもの。盛られている料理は、事前に私がリクエストしたものだ。みんなが作ってくれたものは、美味しかった。美味しいだけでなく、楽しい。幸せ。そんな味がした。それは、塩胡椒こしょうや砂糖などのの味付けよりも、格段と美味しいものだった。私を含めて、食卓のは、とてもにぎわっていた。

 そして、ファイナルを飾るは、バースデーケーキ。さまざま種類のふんだんな量のベリーが、大きなホールケーキの上に、ドッと散りばめられていた。個々の色に輝くベリーたちは、まるで宝石。宝石箱のようなケーキには、何本かのろうそくが立っていた。

 ろうそくに火をともし、部屋の照明を消す。ほのかに光る、赤い灯火ともしび。それは、私に、みんなに、心の安らぎを与える。人の暖かさを蘇らせるものだ。

 そんな安らぎの空間で、みんなは、バースデーソングを歌ってくれた。それが終わると、私は、思いっきり息を吹く。でも、一発では火は消えなかった。続く、二発、三発。そして、ようやく消えた。

「おめでとう!」

 みんなは、手をたたいて祝ってくれた。これが、バースデーパーティーだ。

 

「ありがとうございました」

 このパーティーは、楽しかった。それは、司さんやみんなのおかげだ。彼らには感謝の気持ちしかない。ありがとう。

 みんなを先に帰らせて、私はこのまま残った。そうしたのは、このパーティーで思ったことがあった。いや、その前からずっと思っていた。司さんには、なかなか言えなかった。機会自体がなかったからかもしれないが。しかし、今日のバースデーパーティーで、それは猛烈に強くなっていた。彼に直接言わなければならないとの指令を受けた。不安はあったが、動いた。

「あの、司さん」

 私は、片付けの作業をしていた司さんに声をかけた。

「どうしたの?」

 作業を中断した司さんは、私と向き合った。全てを受け止めてくれるような、強く優しい眼差しで。

「私、やっぱり司さんと、ずっと一緒に居たいです。ハロウィンはだめでも、クリスマスは絶対に」

 司さんは、微笑んでいた。目には涙が滲んでいそうな、切ない表情だった。そして、ゆっくりと私に近づいてくる。何をするつもりなんだろう。

「!」

 司さんは、私の頭部に手を置いた。

「実は、僕も同じ思いだよ。僕も君と一緒に居たい。でも、この職業柄で、難しいんだよね。祐奈ちゃん以外の人たちの憧れの的でもあるから」

 彼の言葉を聞いた時、私の心臓が、メラメラと燃え上がっているのが分かった。き火のごとく。しかし、まだ燃え始めの小さなほのおであった。小さな炎であったが、活気であふれ、勢いがある。

「でもね。もう、大丈夫だよ。これからは、君と一緒に居る時間がたくさんできるから」

 どういうことなんだろうと、真っ先に思った。その後、司さんと一緒に居る時間が増えるという嬉しさがやってきた。それは、夏の高気圧の勢力のように、大きくて強いものだった。

 

 私は、夜道を歩いた。今は夏ではなく、秋の只中ただなか。空は真っ黒。星がきらめいていた。私も手伝った片付けも済んだので、帰った。暗いから送ってあげようかと言われたが、断った。街灯が灯る夜の道を歩いていた。

 今も心臓は燃えていた。

 

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