五、デタラメ

 

 私の本性が覚醒してからというもの、いつものラーメン屋では、たくさん食べることに臆さなくなった。今日は、いつもの曜日ではあるが、時間帯は、いつもよりも遅かった。夕飯時の時刻で、このお店の栄え時。というのも、司さんが、お仕事の関係で、いつもの時間帯に来れないとの連絡があった。だったら、私も彼が来れる時間に来よう、と伝えた。そろそろ、司さんが来るはず。それまで、先に食べていた。すでに、三杯を片付け、重ねている。これは、四杯目。ついでに餃子も付いている。これもすでに二皿が重ねられている。

 そこへ、誰かが入る音。

「え、祐奈ちゃん?」

 司さんだ。本当に来た。最近は、たまにしか会えないので、会えて嬉しかったが。声をかけられて、一瞬、肝がひやりとした。岩永君には、認められても、司さんは、どうだろう。再びあの不安が。

「けっこう食べるんだね。前、あんまり食べないって言ってたけど」

「あ、それはすみません。隠してたんです。でも、もうやめました」

「素敵だね。自分らしさを大切にする人って好きだよ」

「……」

 ドキン!

 時差があったが、今、司さんが言った言葉ををリピートしてみると、とんでもない衝撃を受けた。「好きだよ」もちろん、私を限定して言ったことはではないが、私もその範囲の中に入っていたことは間違いない。その言葉は、私に向けて言ったのだろうから、……とても、ヤバイ。

 さっきよみがえりかけたものが、何事もなかったかのように消滅していた。

 ドキドキしながら、にやけながら、麺のかたまりをすする。

 

 ふう、食った。私の財政面を配慮して、ちょうどいいところで切り上げた。お店からは、二人で出てきた。

「では、また」

「うん。あ、誕生日よろしくね」

「はい。まかせて!」

「じゃあねー」

「ありがとうございました」

 おたがい手を振り、反対方向に歩いた。そのときはまだ、忍び寄る影には気付いてはいなかった。

 

 翌日の朝のこと。完全に明るくなっていて、私の目もパッチリ開いていた。それでも、ベッドの上で、大の字になっていた。そのまま、ぼーっと、時を過ごしていた。

「祐奈ちゃん、祐奈ちゃん」

 玲音ちゃんが呼んでいる。かなり慌てている様子だ。

 私は部屋のドアを開けた。

「どうしたの?」

「ちょっと来て」

 玲音ちゃんに連れられ、彼女の部屋に入った。すると、テレビでは衝撃的なことが。

『桔梗司(30)、未成年と交際』

 何これ。

 報道によると、週刊誌の記者が、昨日、二人でラーメン屋から出てきたところを撮影したとか。昨日のことだから、はっきりと覚えている。あのとき、撮られていたの⁉︎

「これ、絶対、祐奈ちゃんでしょ」

 報道を観た玲音ちゃんが、言った。

「うん、そう。でも違うよ。あれはただ、ラーメン屋から出てきただけだよ」

「そうだよね。交際なんて、デタラメなんだよ」

「酷い!」

 根も葉もない、デタラメな報道に、猛烈に腹が立った。何をしてくれてるの。そんなわけないじゃん。何も知らないのに、変なこと広めるな。絶対に違うが、もしこれが本当ならば、明らかに司さんの評判がガタ落ちだ。この報道は、明らかに司さんを潰しにきている。なんなの。本当に腹立たしい。

 

「もう、なんなの。ムカつく」

 私は、両手いっぱいに持ったシュークリームにかぶり付く。岩永君と共に、駅中のシュークリーム屋さんに来ていた。岩永君がもともとシュークリームが好きなので普通に食べたいのと、研究部の紹介に使うネタを見つけるためにだ。ついでに私も誘ってくれた。

「あれは酷いよね。根も葉もないことを言って。あれじゃ、司さんの評価が落ちるのは間違いない。俳優業にも影響が出そうだ。卑劣ひれつきわまりない」

 ホントだよ。もう、ムカつく。

「でも、今後は、上原さんも気をつけないとね。司さんは人気俳優だからな、もっと深掘りされて、上原さんの方にも影響を及ぼしそう……!」

 突然、岩永君は、シュークリームを私に持たせて、走っていった。彼は、カメラを持った男の人を追いかけていた。

 男の人も逃げていたが、岩永君の方が足が速く、捕まった。

 私は、彼らの方へ駆け寄った。

「どうしたの」

「この人が、君を撮影していた」

 え⁉︎

「多分、週刊誌の人だ。君を追っていたのかもしれない」

 私の追っ手⁉︎

「おい、嬢ちゃん。浮気してんのか。俳優を相手に」

 男性記者は、私に向かって言った。

「違う。そもそも、俺らは恋人関係ではなく、高校のサークルの仲間です」

 岩永君が打ち消してくれた。

「それに、彼女は一般人であり、高校生。追いかけまわして、プライバシーを侵害するのはやめて欲しい」

「はあ、そもそも、桔梗が未成年と交際してるってのが問題なんだろ?」

 カチンときた。腹わたが煮えたぎる。こんなに怒りを覚えたことは初めてだ。

「そんなの、完全にデタラメよ!」

 我慢ならず、勢いよく怒鳴った。これには、記者も岩永君も驚いていた。

「あの、報道は根も葉もない。あれはただ、ラーメン屋から出てきただけ。彼とはただ、ラーメンを一緒に食べる仲よ! 交際なんかしていない。完全にデタラメなことを広めて、彼の評判を落とすのはやめてよ!」

 言いたいことを言い切った。息継ぎもなしに言い続けたので、呼吸が荒くなった。

「今、撮った写真、全部削除してください。あと、彼女と司さんの交際の報道も取り消して」

「……わかったよ」

 記者が、完全に写真を削除したのを確認し、彼を離した。

 そして、すぐに駅から出た。

 

「あぁ、どうしよう。これから、司さんと一緒に居れない」

 こんな大騒ぎの最中に会ったら、それが見つかったら、さらに火に油を注ぐ結果となってしまうだろう。

「そうだね。しばらくは会わない方がいいかも」

「えー、でも、もうすぐ、司さんの誕生日パーティーがあるの」

 そう、しばらく合わない方がいいって、パーティーはどうするの。彼の家に行くことになるからめっちゃヤバイでしょ。

「あ、前に言ってたやつ?」

「うん、そう。いろいろ考えてあるんだから。中止は嫌だよ」

「まあ、誕生日パーティーは行って、それ以外は会わないようにすれば」

 私もそれがいいと考えたところだ。ただ、司さんと会う機会って、パーティーかラーメンぐらいしかないんだけど。

 

 翌日、報道では、司さんが所属事務所を通して、司さんと私との交際報道を根も葉もないものと否定。そして、これを報じた週刊誌を批判した。週刊誌側も、交際報道を誤り

 と認め、謝罪した。

 それによって、司さんの未成年との交際疑惑が晴れた。

「いやー、よかったね」

「うん。これで、なんの迷いもなくパーティーができるね」

 玲音ちゃんと喜んでいると、電話がかかってきた。司さんからだ。

「もしもし」

『あ、もしもし。祐奈ちゃん。大丈夫だった?』

 それは、あの報道のことだ。

「はい。大丈夫です」

『ならよかったけど……』

 急に何だか、重い空気になっていた。

「何ですか?」

『今度の誕生日パーティー、やめておいた方がいいかと」

 ……え。

「……どうしてですか?」

 嫌。絶対に嫌だ。やりたい。パーティーは絶対にやりたい。

『悪いとは思うんだけど、疑惑のこととかもあるし』

「疑惑なら、晴れたじゃないですか」

 なんで、ダメなの?

『疑惑が晴れたのは、事務所が否定してくれたからで、もし、君が僕の家に行っているということがバレたら、その否定が嘘になってしまう』

 えぇ、そんな。

『バレたら』って、どうして、私と司さんが一緒にパーティーを楽しむことが許されないの。そんな権利がないの。どうしてなの。

『僕のせいで、祐奈ちゃんに迷惑かけたくないし、つらい思いをさせたくないから。ごめん』

「……」

 何も言い返すことができないまま、電話が途切れた。

「……」

「祐…奈…ちゃん?」

 頭が真っ白になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る