三、スイーツ研究部

 

 今日は、スイーツ研究部の集まりがある。なので、部室にやってきた。

 今日は、雲ひとつない、晴天。陽炎が揺らぐほどの暑さで、額に汗がじわりとにじむ。部室内は、冷房が効いていて、心地よい涼しさだった。額の汗をタオルで拭きながら、中に入っていく。

 空きビルの二階を利用し、二等分に区切られた部室。前半分はホワイトボート、机椅子を置いた、会社の会議室のような部屋。その傍らには本棚があり、スイーツに関する漫画や小説、雑誌などが置いてある。後ろ半分には、キッチンが。そこで実際にスイーツを作っているのだ。

 そんな部室には、すでに何人かが来ていた。

「おはようございます」

 軽くサラッと挨拶をした。

「おはよう、上原さん」

 私が、軽く挨拶をすると、すぐに返してくれる。いつもそうだ。私を暖かく迎えてくれていると感じて、うれしくなる。そして、いつも真っ先に挨拶を返してくれるのは、岩永いわなが晴時はるじ君。図体ずうたいが大きく、太っ腹。坊主ぼうず頭で、実家が寿司屋なのも大いに納得できる。そんな彼とは、この研究部の中でも、一番よく話すし、一番仲が良い。

「あー、おはよう」

「おはよう、祐奈ちゃん」

 岩永君に続いて、他の部員たちも私に挨拶をする。大半が女の子だが、岩永君のように男の子もいる。

「そうだ、祐奈ちゃん、スモアは作ってみた?」

 研究部代表の大木おおきさんが聞いてきた。以前、『スモアを作ってもいいよね』と送ってきてくれたのが彼女だ。

「はい。ビスケットだけでなく、いろいろなもので挟んだのですが、どれも合いましたよ」

「へー、このあと紹介してくれる?」

「そのつもりです」

 すると、他の部員も盛り上がった。

「楽しみね。私、マシュマロ好きだからさ」

「私も好きよ。ふわふわしてて美味しいよね」

 これには私も同調。

「ですよね。マシュマロのあの、ふわふわ、もちもちがいいですよね」

「わかるー」

 スイーツ研究部は、いつもこんなノリだ。私も大いに同調することができて、それにまた同調してくれるので、とても楽しい。ここは、いい雰囲気の部だ。

「おはようございます」

 同級生の杉吉すぎよし似衣奈にいなちゃんと前田まえだ夏美なつみちゃんが入ってきた。

「おはよう、似衣奈ちゃん、夏美ちゃん」

 彼女達に挨拶をする。

「おはよう。ねえねえ、祐奈ちゃん。私、遂にマカロン食べたよ」

 まずは、似衣奈ちゃん。

「えー、いいなー」

「とっても美味しかった。箱で買ったんだけど、中のマカロンがすごく映えてて、写真撮りまくりで、インスタにあげたんだよ」

「よかったね」

 私は、マカロン食べたことないな。どんな感じなんだろ。サクサク? ふわふわ?

 次に、夏美ちゃん。

「私はね、抹茶まっちゃのパフェを食べたよ。抹茶が濃くて美味しかったよ」

「抹茶……」

 スイーツ好きの私のだが、抹茶もんは好きでない。全然スイートじゃない。甘くないどころか、苦い抹茶は苦手だ。

「あー、いいね。抹茶、美味しいよね。好きだよ」

 似衣奈ちゃんは同調するが、不思議だ。私は断じて同調しない。

「あれ? 祐奈ちゃんて抹茶嫌いなの」

 はい。抹茶は本当に無理です。

「うん。ちょっとね」

 ごめんなさい。苦いのは嫌なんだ。

「おっ、おはよう、ほし

「おはよー。晴時君」

 島田しまだ星くん。小柄で、ふわふわした、可愛いらしい男の子。この愛らしい顔の形や言動などが、女の子達を虜にする。この研究部では、アイドルのような存在だ。

「わあ、星くん! おはよー‼︎」

 女の子みんなが、よりハイテンションで彼に挨拶をする。

「おはよー」

 声も言葉もふわふわしていて、めっちゃ可愛い。私も癒される可愛さ。

「星くんは、なんのスイーツ食べたの?」

「ん?えーっとね……」

 可愛い。

「クッキーつくって、食べたよ」

 星くんは、クッキーを作るのが趣味。彼のクッキーは、プレーンとチョコの市松模様のクッキーや、シンプルに焼いたクッキーの上にチョコペンで描いたり、その他飾り付けをしたものが定番。その飾りが可愛い。

「今度は、どんなクッキー作ったの?」

「それはあとで」

 やっぱり可愛い。

 

 時間になり、全員そろったので、活動が始まる。われらスイーツ研究部の活動は単純で、それぞれが見て食べて味わってみて、素晴らしかったスイーツを、部員のみんなに紹介し、共有し合うこと。また、ときどきキッチンでスイーツを作って、みんなで食べる、お茶会をすることもある。でも、今日は共有するだけだ。

 その共有会が始まった。その名を『スイーツ共有会』。上級生から紹介していく。司会は代表の大木さんと副代表のばしさん。

「これから、『スイーツ共有会』を進めていきます。まずは私から」

 最初は大木さん。

 彼女が紹介したのは、この季節にぴったりのメロンがたっぷりのっかったパフェ。ブドウのごとく、小さく丸められた。これは甘いに違いない。メロンの涼しげなライトグリーンが際立ち、その甘さを伝えている。

「わあー、美味しそう!」

「ねー、めっちゃ美味しそう」

「いいなー」

 他の部員たちが、歓声をあげる。

「うん。メロンがすごく甘くてね。あと、周りのクリームもメロンを引き立たせていて、美味しかったわ」

「あぁ、たべたいー」

「美味しそう」

 これは、メロン好きの私にとってはたまらないものだ。

 

 続いて、副代表の佐江橋さんは、チョコケーキを紹介した。メロンの爽やかな感じとは打って変わって、とても大人な感じだ。黒みの深いチョコが高級感を漂わせ、濃い味わいだろうなと思った。いいなとは思ったが、私とはどこか距離が遠そうだ。

 

「私が紹介するのは、ふわふわなベリーパンケーキ」

「うわ! ふわっふわ!」

 見るからにふわふわなスフレパンケーキに、さまざまなベリーがのった、鮮やかな彩りのパンケーキ。

「ふわふわな甘いパンケーキに、さまざまなベリー酸味がバッチリ合って、美味しかったよ」

「わー、いいね」 

「これ、絶対ふわふわだよー」

「食べたいなー」

 イチゴ以外のベリーを食べたことがないから、そこも気になる。

 

 三年生が全て終わり、二年生へ。酒井さんは、手づくりのカップケーキを紹介した。

「わあ、美味しそう」

「これ、自分で作ったの?」

「そうよ」

「すごっ!」

 生地を焼いて、その上にホイップクリームを巻いて、トッピング。特に大したものではないが、カップケーキなんて作ったことのない私にとっては、とてもすごいと思った。

 

 洋風よりも、和風のスイーツが好きな浜夏はまなつ君は、水ようかんを紹介した。

「あー、綺麗」

「美味しそう」

「夏にぴったりね」

 写真からも、その水々しさが感じられ、餡子あんこつやがとても美しい。きっと、上品な味わいなんだろう。いいな。和菓子も食べてみたいな。

 

 二年生全員が終わり、ついに一年生。

「僕は、検索して見つけたお店のシュークリームを紹介します」

 岩永君は、大好きなシュークリーム。まさにお店で売っているシュークリーム。二段階のハンバーガーみたいな形のもの。ちょっと背伸びしたクリームの風味というのが、けっこう好き。もちろん、スーパーで並べられている、パックのものも好きだ。幼いころに爆食いしていたほど。

 彼いわく、パリパリの皮に、噛んだ瞬間に、溢れ出てくる、たっぷりのクリーム。これはたまらない。口の中が幸せになるやつだ。


そして、私だ。

「私はスモアを作りました」

 アレンジとして、ビスケットの他にいろいろなもので、マシュマロを挟んだ。プレーンとチョコチップのクッキー。しょうゆ煎餅に、オレオ、ポテチ。

「へえ、面白いね」

「実際、合うのかな」

「めっちゃ意外な組み合わせだ」

 ここまで紹介してきて分かった。私のやつは、他の人のと世界が違った。他の人のは、「綺麗」「素敵」「爽やか」だとか、上品な、感動ストーリーの映画だ。対して、私のこれは、「面白い」「意外」「合うのかな」と、滑稽こっけいなコメディーの映画だ。本当に世界観が違った。

 終わった……。

 私だけ世界が違うのが、恥ずかしくなった。それでも、辞退するわけにはいかない。

 画像をみんなに見せた。

「うわあ、すごい」

「クッキーとオレオとかは普通にオシャレだね」

「だね!」

「で、煎餅とポテトチップスのは、すごく新鮮だ」

「うん……そうだね」

「すごい挑戦したね」

 クッキーとオレオは、好評だが、煎餅とポテチは、微妙な感じだ。苦笑いをしながら、とても気を使ったコメントをしてくれた。

「あの、ほら、しょっぱい味は、……甘い味を引き立たせるので、けっこう、その美味しかったですよ。ほら、……スイカに塩をかける感じです」

 私は、しどろもどろながらも、説明した。

「あー」

「なるほどね」 

「ちなみに、ポテトチップスは何味?」

「うすしおです」

「定番の味ね」

「上原さんは、何の味が好き?」

「のりしおです」

「あー、わかる」

「美味しいよね」

 話がズレた。スモアからポテチに。

「どの組み合わせも合いましたよ」

 最悪だ。

 

「終わった……」

 全員の紹介が終わり、自由タイムとなった。私は、未だに絶望のどん底をただよっている。

「落ち込むことなんてないと思うけど」

 そんな私を、岩永君は、なぐさめてくれた。

「私とみんなのとでは、世界が違うんだ……」

「みんなそれぞれ、個性があるから。あのスモアは上原さんらしいよ」

「ありがとう」

 心の底から、そう思う。ありがとう。本当にありがとう。目から汗が出てきそうだ。

 あ、そうだ。ここはいっちょ、相談してみるか。

「あのー、ちょっと相談があるんだけどさ」

「ん、いいよ。何でも来い」

「ありがとう。あのね。二十二日に、……友人、の誕生日があって、誕生日パーティーをやろうと思うの」

「へえ、いいね」

「だから、誕生日パーティーに盛り上がるような料理とか、何かないかなって」

 今のところ考えているのは、ケーキはもちろん。あとは、あんまり浮かばない。

「その友人の好きな料理がいいんじゃない」

「あー、なるほど」

 司さんの好きな料理。テレビで言っていた。確か……ラーメン、餃子。いつも食べているではないか!

「その、好きな料理がいつも食べているものの場合は、どうすればいい」

「そのまま、それを出せば?」

「いや……」

 それはつまらない。せっかくの誕生日、特別な日なんだから、いつもとは違ったものを食べたい。

「それか、その好きな料理のパワーアップしたやつとか」

 ラーメン、餃子のパワーアップ版……ラーメンは無理だけど、餃子なら。なんだろう、スーパー餃子って。餃子、餃子、餃子。あ、餃子が好きなら、小籠包しょうろんぽうも好きなはず。あ、だったら、他の中華料理は。いけるかも。これだ。

「いいね! ありがとう」

「また、いつでも相談してよ。あ、そうだ。せっかくだし、どっか食べに行かない?」

「いいね」

「どこ行きたい?」

「うーん。あ、ラーメン屋」

「ラーメンか、いいね」

「私がいつも行っているところだよ」

 今日は、いつも行っている曜日ではないから、司さんは来ないはず。でも、最近は忙しいから、いつもの曜日でも来れていない。そんな日は、左に違和感を感じながら一人で食べた。彼が最初に来るまで、ずっとそうだったけどね。

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