二、やりたいこと


 ラーメンを食べ終え、外に出た。

「それで、まずは何をしたい?」

「えっと……」

 私はノートをパラパラめくった。

「あ、天体観測してみたいです」

「家に望遠鏡あるよ。来る?」

「ぜひ!」

「いいよ。夜の八時くらいになったら、……そうね、このお店の前に来てよ。迎えに行くから」

 

 夜八時までは、まだまだ時間があるので、一旦、寮に帰る。その最中から、事の重大さに気づき、現在に至るまで、とてもそわそわしている。

「ど、どうしよう」

 私は、玲音ちゃんに泣きついた。実際には泣いていないのだが、気持ち的には泣いている。緊張しすぎで、私の心の第三の目からは、涙が溢れでている。それは、心の目のため、拭うことが出来ない。そのため、一度溢れでた心の涙は、枯渇するまで溢れ続ける。心というのは素直だ。

「よかったじゃん。羨ましいよ。つっかーと二人きりで、天体観測とか」

「なんか、ヘマしたらどうしよう……」

「つっかーはね、ちょっとのミスで人を嫌うような人じゃないよ。だから安心して。大丈夫」

 玲音ちゃんは、私を励ましてくれた。ありがとう。心の友よ。

 

 八時になった。私は、司さんが迎えに来てくださるという、昼頃のラーメン屋の前にいる。首を長くして、彼の到着を待っていた。ラーメン屋は、夜になっても営業していた。むしろ、昼頃よりも人がたくさん来ていた。人気なんだな、このお店。もちろん、みんな、仕事終わりのサラリーマン。そのだいたいは、おっちゃんだか、中には職場の部下とかであろう、若めの人もいた。それでも、女性はいなかった。今日がたまたまいなかっただけかもしれないが、昼夜を通しても、JKは私だけなんだろうな。

 そのとき、一台の車が、店の前にやってきた。これか、と思ったのが、六割、違うか、と思ったのが、四割だった。実際は、六割の方があっていた。意外だ。めちゃくちゃ意外だ。

「祐奈ちゃん」

 運転席から、司さんの顔が見えた。こんなに人がいる中で、騒ぎにならないか。とも思った。

 助手席に座らせてもらった。

「意外ですね。とてもカジュアルな車」

 彼の車は、パステルな水色の可愛らしいワゴン車。若いOLさんや主婦の方の車だ。

「可愛いでしょ」

 可愛い。車よりも、可愛いと言う司さんが。

 車に乗ってから間もないうちに、私の心をわしづかみにした。

 そして、音楽をかけた。そこでも驚いたのが、かけた曲も、最近の若者に人気の曲だ。流行の最先端にのっている。とても、もうすぐで三十一になる人とは思えない。

「……若いな」

 私はカスカスとした、声にもならない声でつぶやいた。でも、もちろん、このコソコソ声でも、本人にはちゃんと聞こえているのがお決まりだ。もちろん、これも。

「ありがとう。いつまでも若くいたいからね」

 これはまるで、六十くらいの人がいう言葉だ。

「永遠の二十一歳か」

 さっきよりも大きな声で言った。コソコソ声でも、どうせ聞こえる。

「さっきよりも大きい声で言ったね。二十一じゃなくて、二十三」

「うわ、リアルだ」

 もはや、普通に言っている。

「だんだん大きくなってってるじゃん。そして、だんだん鋭くなってるし」

 めっちゃ笑われながら、ツッコまれた。バラエティー番組で見るツッコミだ。

「祐奈ちゃんて、けっこう毒舌だね」

 私って、毒舌かな。あんまり自覚はないけど。

 

 ややあって、司さんの自宅があるという、マンションに到着した。高層マンションほどではないが、そこそこ高さがあるマンションだった。高層の建物が建ち並ぶイメージのある東京だか、ここら辺は、低めのマンションやアパートなどが建ち並んでいた。穏やかな街だ。寮暮らしの私からすれば、このマンションはとても立派な建物であった。

「すごいですね」

「別に大したこはないよ」

 長くそこに住んでいる司さんにとっては何ともないものだと思うのでしょうけども、私にとっては憧れの建物でしかなかった。

 

「お邪魔します」

 彼の自宅の中は、一人で暮らすのには十分な広さだ。部屋がたくさんあるので、四人家族でもいけると思う。そして、綺麗だ。清潔感が漂う。私の寮のお部屋とはまったく違う。余計なものが落ちていたり、散らかっていたりなどは全くなかった。

「今夜は、よく見えるよ」

 早速、ベランダの方に誘導され、用意されていた私分のサンダルを履いて、望遠鏡のところに行く。広いベランダで、立派な望遠鏡。諭吉が何人必要なんだろう。

 司さんが、望遠鏡の調整をしていた。

「うん、OK」

 調整が上手くいったようだ。

「いいよ。おいで」

 私を近くに呼んだ。とても近い。

「覗いてみて」

 望遠鏡を覗いてみると、なんともリアルで綺麗な星がえた。私が観ているのは月。望遠鏡を使わなくても、観ることはできるが、望遠鏡を使うと、よりリアルな月を観ることができる。この月は、風物詩的な月ではなく、化学的な月であった。理科の教科書とかに乗っている月だ。

「見えた? それじゃ、次だね」

 望遠鏡の向きを変えてくれた。

「ありがとうございます」

 お礼を言い、望遠鏡を覗く。

 そこに写し出されているのは、月ではない、恐らく惑星。何ていう星かはわからないが、惑星なのは確か。それでも綺麗だった。惑星の他にも、その惑星の恒星であろう小さな石のような星や、惑星よりもだいぶ小さな恒星が観える。綺麗だ。こういう惑星やら恒星やらを観ると、とても壮大感を感じる。その壮大感は、その後一、二時間くらいは心に残るのだ。

 綺麗だったな。

 

 天体観測を終えて、部屋の中に戻る。

「すごく綺麗でしたよね」

「そうだね。また、明日とか、他のやりたいことするの?」

「司さんが良ければ」

「僕は、時間が空いているときなら、いつでもいいよ」

「ありがとうございます。では、明日は空いていますか」

「うん。空いてるよ」

「では、明日もお邪魔しますね」

「はい。で、何するの?」

「マシュマロ食べたいと思うんです。そして、……ちょっとまってください」

 話を中断し、私は自分の携帯を出した。そして、ラインの『スイーツ研究部』というグループのトークルームを開く。

『マシュマロって、スイーツに入りますか』

 と、つぶやいた。

 すると、すぐに返信が来た。

『十分、入るよ』

『いいね、マシュマロ』

『マシュマロなら、スモアを作ってもいいよね』

 次々に来た。

「何これ」

 司さんが聞いてきた。

「私は、スイーツ研究部という、学校の生徒主体のグループがあるんですが、その部員で、ただ単にマシュマロが食べたいというのもあるんですが、スイーツ研究部の仕事も兼ねて、マシュマロを使ったスイーツを作るのもいいかなって」

「へー、いいね」

 司さんもノリ気になった。

「他の部員も言ってたんですが、マシュマロのスイーツなら、スモアが定番なので、それを作ろうかと」

「スモア?」

「ビスケットとビスケットの間にマシュマロをサンドしたものです。その上になにか飾り付けしてもいいかもですね」

「それ、明日作るの?」

「はい。あ、その前に食べてからですけど。事前に買ってきますね。マシュマロと、挟むもの。ビスケット以外にも何か欲しいんです」

「ビスケット以外だったら、クッキーとか」

「合いそうですよね。あとは、お煎餅せんべいとか……何があると思います?」

「うーん、オレオ?」

「あー、いいですね。あ、ポテチとかも良さそう」

「えー、合う?」

「意外に合うんじゃないですかね。甘い味としょっぱい味はけっこうマッチするし、スイカに塩を入れるようにね」

「僕、スイカに塩入れたことないな。自然の味を楽しみたい派だから」

 なるほど。私はけっこうある。甘い優先主義だからな。スイカに塩を入れると、甘みが引き立つ。もちろん、しょっぱさもあるけど、甘みも強くなる。本来、甘くないところも甘く感じるのだ。

「では、また明日ですね」

「帰り、乗せてってあげるよ。暗いし、危険だからね」

「いいですか」

「もちろん」

 

 司さんのお言葉に甘えて、帰り送ってもらうことに。今度はラーメン屋ではなく、私の寮の近くの公園の前まで送ってもらうことにした。

 

「ありがとうございました」

「また明日ー」

「はい。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 司さんの車は、夜道を走り去って行った。

 

 部屋に戻ると、私はぐったりして、ベッドに倒れ込んだ。

 今日は楽しかったな。綺麗だったな、天体観測。彼の家に行ったことで、より一層、彼との距離が縮まっていった。

 ひとまず、湯船に浸かり、それから布団の中に入った。

 

 マシュマロ二袋に、ビスケット。プレーンクッキー。チョコチップクッキー。しょうゆ煎餅(海苔のり無し)。オレオ。ポテチ(うすしお味)を買った。

 これでよし。いざ、司さんのところへ。

 

 司さんは、普段は自分でご飯を作っているとか。といっても、手の入れた料理をするのは、たまにの気が向いたとき。その他の日は、レンチンのものが多い。丸々レンチンのものあれば、レンチン後に何かをするものもある。すごいな。としか言いようがない。私も、寮を抜けて、本格的な一人暮らしをするときには、毎日のご飯は自分で用意したいな。女子力も上がるしね。

 たまには、手の込んだ料理もするということなので、料理器具も揃っている。すごいなぁ。でも、今回作るスモアは、サンドするだけなので、なにもいらないんだけど。でも、いつか手の込んだ料理もしてみたいからなぁ。

 遂に、念願のマシュマロが、口の中に入場した。かろやかな舞を舞うように。

 んー、美味しい。甘くて、ふわふわしている。

 そして、マシュマロを使って、サモアを作る。定番のビスケットの他、さっき買ったお菓子たちでサンドする。そして、できあがったサモアを、すべて携帯で撮影する。撮影した画像は、後日、スイーツ研究部のみんなに紹介するのだ。どれも、オシャンティやユニークで、バッチリ。

 

「他にやりたいことは?」

 司さんが尋ねてきた。

「えっとですね……」

 私はリストのノートをペラペラめくる。

「あー、綺麗な観光名所とか行ってみたいですよね。京都のお寺とか、お花畑のところとか、滝とかも見てみたいし。あとは、パーティー、いいですね。バースデー、ハロウィン、クリスマス。……クリスマスは、パーティーもいいですが、街を歩くのもいいですよね」

「いいね。イルミネーションの中をね」

「ねー、素敵ですよね」

 イルミネーションが輝く、聖なる夜。その中を、好きな人と一緒に歩く。あぁ、素敵。理想的すぎる!

「いいですよねー。もちろん、ハロウィンとバースデーもいいですよ。あ、もうすぐ司さんの誕生日ですよね。二十二日」

「うん。僕の誕生日知ってるの?」

「もちろん、存じていますよ」

「パーティーする?」

「いいですね。バースデーパーティー。面白そう。二人だけだと寂しいので、他に友達とか呼んできてもいいと思います」

「わかった。僕の仲の良い友達。祐奈ちゃんの友達も呼んでいいよ」

「はい。ありがとうございます」

 やったー。少なくとも玲音ちゃんは呼ぼうか。

「そうだ、祐奈ちゃんの誕生日は?」

「十月二十九です」

「ありがとう。その日もパーティーしようか」

「わー、賛成です」

 私のための誕生日パーティー。お祝いする方もいいけど、される方もいいよね。

「他にはある?」

「えー、他には……。納豆にいろいろかけて食べるとか」

「あ、僕、マヨネーズかけて食べるよ」

「マヨネーズ?」

「けっこう、合うよ」

「そうなんですか」

 納豆にマヨって合うのかな。納豆にタレをかけ、その上にマヨ……。合うかな。奇妙な風味になりそう。

「祐奈ちゃんは、何かけてるの?」

「普通にパックに入っているタレですかね。からしは入れないですけど」

「なるほど。そういう道に入っている人って、他のものをかけるという概念がないと思ったんだけど」

「私も前までそうでしたよ」

「何かきっかけで?」

「テレビで見たですよ。それで、いいなって。それで憧れたんです。何かかけるものって、何があるんですかね」

「定番なのは、わさびやネギ。あとは、海苔の佃煮つくだに、ポン酢」

「ポン酢……」

「そこら辺はけっこう聞くよ」

「そうなんですか」

 まあ、どれも合わないことはないか。

「その中から、三つに厳選する必要がありますね」

「あー、なるほど。まずはマヨかけてみるといいよ。美味しいから」

 マヨか……。

「……はい」

 あまりノリ気ではない返事をした。

「え、嫌?」

「いやー、べつに。いいんじゃないですかー」

 内心は、あまり良く思っていないので、心をこもらせなかった。

「……全然、良く思っていないよね」

「まあ、いいです。あとは、佃煮と、……」

 あとはなんだろう。わさびやネギは、ありきたりすぎるし、わさびは無理だし。

「ポン酢は?」

「無理ー」

 ポン酢やだな。マヨはまだいいけど、ポン酢は無理。

「他には何があります?」

「梅とかもあるよ」

「あー、いいですね。これで決まりです。マヨと、佃煮と、梅干し」

 これでいいと思う。果たして、この三つの組み合わせって、合うのかな。

 近頃、司さんは、映画の撮影のオファーを受け、その役作りや、撮影に務めている。その合間をぬって、私のやりたいことに付き合ってもらっている。忙しいので、納豆のやつは、自分一人でやった。さすが定番というものとあって、どれもバッチリ合っていた。

 

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