第19話 九尾狐

 九尾狐といえば悪名高さで有名だろう。

 いん妲己だっきも九尾の狐だったという。日本では玉藻たまもの前という美女に化け、鳥羽天皇に取り入ったという。

 時の権力者に取り入り、国を傾ける存在。それも必ず傾国の美女として現われる。それが九尾狐だ。

 現在も冥界では九尾狐たる紅葉は王の傍近くに仕えている。が、こちらは悪さをするわけではなく、権勢を支え続けていた。

 実際、政治を悪くするのは横にいた美女ではなく、その美女にうつつを抜かした為政者だ。その点において、今の冥界の王である月読命は美女に鼻の下を伸すタイプではなく、九尾狐と相性が良かったのだろう。


「くっ」

 だが、どれだけ知識を持っていても、相対してみると恐怖が勝る。蠱惑的な美女ならばまだしも、狐としての姿は異質だ。大きさがそもそも普通の化け狐とは違う。九つある尻尾と合わせ、その巨大な身体に圧倒される。健星は思わず舌打ちしてしまうほどだ。それほどまで、その霊力に押されてしまった。

「ここまで完璧に変化なされるとは、さすがは鈴音様」

 同じ狐であるユキは平伏してしまう。が、今はそんなポーズが通用する時ではなかった。

「があああっ」

 雄叫びともとれる咆吼を上げると、九尾狐に変化してしまった鈴音は暴れた。九つある尻尾を振り回し、何かから逃げるように暴れる。ソファやカーテンが爪で傷だらけになっていく。

「おい、この部屋の弁償は紅葉に出させるからな」

 健星はこのままでは拙いと気合いを入れ直し、腰からもう一丁拳銃を取り出して構えた。

「ちょっ、鈴音様に向かって発砲など」

「バカか。今はそんなことを言っている場合じゃない。それに銃は気を逸らすためだけだ。お前が何とかしろ」

「な、何とか」

 撃つのを止めようとしたユキは、健星の無茶振りに目を剥く。だって、九尾狐ですよ。どうしろと言うんだ。いくら霊力が強いとはいえ、一介の狐になんとか出来る相手ではない。

「同じ狐だ。牙や爪は通じる」

「い、いや、でも」

「あの娘をなんとか冥界まで運ばないと、ここで俺が殺すことになるんだぞ! 姫を助けたいのならば、何とか誘導しろ!!」

 鈴音を傷つけることに躊躇っていたユキだが、健星の一言で覚悟を決めた。そうだ、ここで、人間界で暴れ回っていては健星に始末されてしまう。いや、この場から逃してしまったら健星ではない人間に始末されるかもしれない。

 それを止める手立ては冥界に運ぶことだ。冥界ならば紅葉がいる。何とか処置してくれるはずだ。ユキはぐっと腹に力を入れると、いつでも飛びかかれるように姿勢を低くした。

「発砲して気を反らせると同時に冥界と繋ぐ。お前はそっちに誘導するんだ」

「はい」

「ユキ!」

「大丈夫か!」

 しかし、発砲するよりも前に冥界と部屋が繋がった。向こう側から右近と左近が顔を覗かせ、加勢すると左近は刀を、右近は弓を構えていた。

「四方向から同時に仕掛けるぞ。冥界に押し込め!」

 健星の合図で四人は同時に飛んだ。あちこちから来る気配に、九尾狐は暴れるのを止める。そこに健星が銃を撃った。

「がぅ」

 銃は鈴音に当たることなく避けられる。だが、そこに右近の放った矢が来る。それも躱される。

「こっちだ」

 左近が斬り込むと、鈴音は僅かによろける。そこにすぐユキが蹴りを入れた。丁度よく冥界に繋がっている部分だった。

「行け!」

「押し込むぞ」

 こうして九尾狐と四人は転がるように冥界へと移動したのだった。

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