第4話、女帝と呼ばれた家事職

「おい、このラーメンを魔界でも提供できるように工夫しろ」


魔王という人種は、いちいち言うことが横暴すぎます。

スープはこちらで仕込んでおき、麺だけ茹でるようにすればできないこともないけど・・・


魔王の配下が二人やってきて、師匠とか私をもちあげながら技術を盗んでいきます。

そうして、魔王城ラーメン店が開店してしまいました。

スープも塩味だけではなく、こってりしたイノコツスープや、魔界の素材を取り入れたワイバーンの被膜から出汁をとったコラーゲンたっぷりスープなどが提供されています。

私は魔王の配下の瞬間移動を使って時々様子を見に行くだけなので負担はありません。



「サキ!なんで魔王様だけ優遇するんだ!

うわさを聞いた王様がどれだけご立腹か想像してほしい。

仕方なく、スイーツ店を城に出す予定ですと言い逃れてきたからよろしくね」


アイリッシュ様も魔王と同じ人種のようです・


「えーっ、無理ですって・・・」


「王様に、直接言うんだね。できませんって。

予算はいくらでも出す。外務局のスタッフも全面的にフォローさせるから頼むわね」


「えーっ・・・」


「あっ、食事時はラーメンも出してほしいって。

これは第一王子からのリクエストね」


こうして、宿には魔族と外務局の人が三人づつ見習いとして勤務することになりました。

キッチンに私のいる場所がなくなり、やむなく増設することにします。

建設を外務局と魔族に丸投げしたら、宿の隣に会議スペースが何室もあるラーメン&スイーツの店ができてしまいました。

駐馬車場も広大な敷地が確保され、ついでにフローズンシープのエリアも拡大されました。

いつの間にかフローズンシープの頭数が増え、知らない飼育員が専従しています。


ある日のこと、一枚の布が届きました。

フローズンシープの毛を刈り、糸にして織ったそうです。

肌触りがよく、アイリッシュ様とマーサさんのリクエストは肌着です。

ちょっとセクシーなスカーレットとブラックの下着。

これがまた評判となり、下着中心の洋裁店が増設されてしまいました

お針子さんが何人も雇われ、勝手に事業化されていきます。


私、望んでいないんですけど・・・

財務局のスタッフ曰く、増設を丸投げされましたし、魔界との共同事業を今さら縮小できませんとの事でした。

そう、いつの間にかこのエリアは魔界との中継点となり、うちの宿を中心とした都市に変わっていました。


魔王に直訴したこともありますが、俺にとっても都合がいいと一蹴されてしまいます。



そして、あの日から半年・・・

平和条約の調印がうちの会議スペースで執り行われ、パーティーが催されます。


私もスタッフに指示を出して対応します。


「というか、なんでこんなところでやるの?城でやるものじゃないんですか?」


「いえ、対等の条約ですから、中立の場所といえばここしかありません」


外務局スタッフの答えに反論ができません。


「店にそぐわないこんな大きな会議スペースを作るなんて、作為的よね」


「一任されましたので、この程度までは予測しておりました。

それよりも、乾杯の音頭です。指名されましたよ」


「えっ、聞いてませんよそんなの・・・」


「ええ、私も知りませんでした」


何を口走ったか、思い出せません。

色々と、魔王の悪口とか、外務大臣の無茶ぶりとか言って笑いをとったようです・・・

このスピーチのせいで、女帝とか言われているらしいのですが、面と向かって言われないので否定できずにいます。



「待たせたな」


調印式の3日後です。魔王がやってきたのは。


「魔族もやっと安定した。

夢だった平和の道も開けたし、もう俺がいなくても大丈夫だろう」


夕食の準備中なのに広大な会議室に呼び出された私の手には、出刃包丁が握られています。


「だが、その包丁は人を刺すためのものではないだろう。

俺を殺すのに必要なら剣でも槍でも、すきな得物を出してやろう」



震えが止まりません。私はどうしたいの?

戦士になれなかった事から復讐は諦めたはずなのに、この包丁の届く距離に両親の仇がいます。

このジョブにも、喜びを教えてもらったし、包丁を伸ばせば、家事職を穢してしまう気がします。

というか、魔王って包丁で殺せるのかしら?


「では、別の方法で勝負してください」


「お前の望み通りに」


収納から料理を2品取り出します。


「予め作っておきました。片方は、組み合わせで毒になる食材を使っています」


「選べばよいのだな」


私はうなづいた。


「では、両方いただこう」


「なっ・・・」


「お前は毒の入った料理など作らない。というのが私の選択だ」


馬鹿なの・・・この魔王


「私の負けです」


涙が止まりません。


「一つだけ、どうしても許せない事があります」


「なんだ」


「どうしてすぐに迎えに来てくれなかったんですか!

両親は事故だったんだと自分に言い聞かせて、迎えに来るからって言ったから・・・泣かないで・・・待ってたのに・・・」


「すまなかった。

ご両親を巻き込んでしまい、恨まれていると知っていた。

だから、お前の前に姿を現すのが怖かった・・・」


「だから、変身して様子を見ていたんですか!

最低です!私はずっと・・・一人ぼっちで・・・この手が迎えにきてくれるのを・・・待っていたのに」


手をとると、その手は私をやさしく包んでくれました。


「成長していくお前を見るのは楽しかったし、お前の料理はいつだって俺に力を与えてくれた。

アイリッシュがお前と親しくなるのを見て、何度俺に気付いてほしいと思ったかしれない・・・」


「変身してるのに・・・分かるはずない・・・」


「これからは、俺の隣にいろ・・・

いや、魔王職は辞任してきた。

お前が許すなら、俺がお前の隣に・・・」


「えっ?」


「本日をもって魔王は引退した。

掃除や裁縫の魔法も習得済みだ。メイドゴーレムも作れるし、精霊を召喚して手伝わせることも可能だ。

もし、お前に許されるなら、一緒に宿をやるのもいいなと、ひそかに練習してきたんだ」


「うちは・・・人使い荒いですよ」


「魔王業に比べれば容易いものだ」


魔王の顔が近づいてきて、私は目を閉じた。


「うわっ」「お、押すな!」バタバタと数人がドアから倒れこんできた。


「「なっ、何!」」


「お兄さま、おめでとうございます」

「サキ、おめでとう」


なんか、スタッフも数名混ざっています。

私は魔王に背を向けています。多分、顔は真っ赤で・・・


「魔王様~」


パタパタと走ってくる音が聞こえました。


「私は、もう魔王ではない。ただのストーグだ」


「そっ、それがですね。立候補者がいないんです」


「なにっ?」


「ですから、次期魔王の立候補が現れませんでした」


「バカなことを言うな」


「今回の和平条約の成果・・・というよりも、魔王様が引退すると魔王城ラーメン店がなくなると噂が立ちまして・・・」


「大した事ではなかろう。それにデマだ」


「住民が立候補しようとした者に圧力をかけていたらしいです」


「そんなもの大した圧力ではなかろう」


「それが・・・魔王ラーメンのファンは、悪魔大公とか魔将軍とかの有力者が多く・・・

それに、立候補なしで再選されれば、魔界にスイーツの店を立ち上げると妹君が公約され・・・貴族の婦人層が絶対的な支持を表明しました。

それにより、締め切り日までに誰も名乗りを上げられなかったんです。

ですから、魔界法第九条一項により、魔王様の辞任届は無効となり、とりあえず10年の再選となります」


「・・・あいつら・・・」


マーサさんはテヘッとか言いながら舌を出しています。


「わ、私は・・・魔王でもかまいません。

宿から出勤していただければ・・・」


もう、顔が燃え出しそうです。


この宿は魔王の宿屋になりました。実際には、元々そうなんですが・・・

マーサさんの公約したスイーツのお店も賑わっています。

こちらには、食事としてハンバーガーを用意しました。

手間をかけたバッファロー肉のハンバーグは食感もよく大人気です。


それを聞いた人間の城では、第二王子の直営で から揚げ専門店を開きたいと打診がありました。

お願いですから、私を巻き込まないでください。

第二王子様なんて、調印式のパーティーでお目にかかっただけなんです。


私、ただの家事職なんですから!

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家事職ですが魔王に挑んでもよいのでしょうか モモん @momongakorokoro3

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