第3話、魔王の妹を攻略するには


はあ・・・、ため息しか出てきませんよ。

女性とはいえ、魔族・・・魔人を相手にするのだからこの憂鬱は当然です!

なんて言い訳していても仕方ないです。

アイリッシュ様のためにも、明日は最高のものをお出ししましょう・・・、しまった!苦手なものとか聞いておけばよかったです。


仕方ない、気分転換を兼ねて食材を探しに行きましょう。

肉は平気なのかな・・・、サラダはどうしよう・・・、パンは食べるよね・・・。


そうだ!前から考えていたパスタにしよう。

何種類か大皿に盛って、好きなものを食べていただけばいいじゃない。

パンも何種類か用意して、ガーリックトーストとかもいいわね。ピーナッツクリームもパンに合いそうだし・・・



「だからって、この量を女性2人で食べられると思う?」


「すみません・・・」


「まあまあ、アイリッシュ落ち着いて。食べきれない分は後から来る兄さまに任せればいいわ」


「えっ、魔王様来るんですか?」


「ごめん、サキ。急に決まっちゃったのよ。

今日は空いていたらしく」


「はあ・・・」


「ともかく、いただきましょう。ねえ、このヒモみたいなのはなに?」


「パスタです。

小麦を粉にして練って伸ばしたものです。

トマトのパスタと、卵と生クリームとベーコンを使ったクリームパスタ。それと、キノコと一緒にソテーしたパスタを用意しました。

そちらのものは、パスタの生地とひき肉を重ね合わせてチーズを乗せて焼いたラザニアです。

どれもお口に合わなければ、パンも用意しました。ガーリックトーストとピーナッツクリームサンドです。

お肉は、イノシシの生姜焼きと、クマ肉の塩釜焼。それとベーコンの炭火焼きです。

クマ肉は生のように見えますが、ちゃんと火が通っていますのでご安心ください。

サラダは、トマトの冷製とハーブの若葉の二種類を用意いたしました。

こちらのマヨネーズかオリーブオイルを使ったドレッシングでお楽しみください。」


「アイリッシュ、私クリームパスタがお気に入りになったわ。

ラザニアとガーリックトーストはお兄さま好みよ。

クマ肉も下処理がしっかりしているわね。臭みがないのに柔らかいわ。

ああ、トマトにオリーブオイルがあうわね。入っているのは刻んだバジルかしら・・・」


「マーサ落ち着いて、そんなに食べたらデザートが入らなくなるわよ」


「私、とても幸せだわ。

お兄さまが人間との共存を言い出した時は正気を疑ったけど、このお料理だけでも交流して良かったと思えるほどよ。

それに、デザートは別腹よね」


「クスッ。サキ、マーサは人間との交流に反対だったのよ。

だから、行くたびにあなたの料理を自慢してやったの。

魔族の世界では絶対に味わえないあなたのお料理をね。

言葉だけじゃあ真実味がないから、この間作ってもらったお弁当を食べさせてあげたの。

そしたら、急に人間の世界に行きたいって言いだして、みんな大笑いしたのよ」


「何とでも言いなさい。食べたもん勝ちよ。

出遅れてたまるもんですか!」


しばらく歓談した後で、デザートをお出しした。

10種類のプチケーキだ。

イチゴショートやプリン、メロンのムースにシュークリーム。

ミニサイズで一通り用意してある。


「ああ、どれも一口で消えてしまうのね・・・幸せってこの瞬間をいうんだわ。

決めたわ、サキさんを私のお嫁さんにする!」


「マーサ・・・何言ってるのよ」


「あら、魔族は同性婚を認めているのよ」


「嘘よ、魔族の法律は一通りチェックしたわ。

多夫一妻も同性婚も認められていないのよ」


「チッ・・・」


「遅くなった」言葉とともに食堂のドアが開いた。


「あっ、お兄さま。・・・そうだ!お兄さま、サキさんと結婚してください。

政策的にも大歓迎ですわ」


「お前は、突然何を言い出すんだか。

やあ、アイリッシュ、遅くなって申し訳ない」


「いえいえ、こんなところまでご足労いただき・・・」


「あっ・・・、そんな・・・」


「サキ、どうしたの?顔が真っ青よ」


体がどうしようもなく震えてきます・・・

間違いない、両親の仇だ・・・


膝がガクガク震え、立っていられなくなりました。


「りょ、両親の、敵・・・」


「「えっ?」」


「俺の顔を・・・覚えていたのか・・・」


「「えっ!」」


「わ、忘れる・・・忘れられるわけがない!」


「・・・そうか・・・」


『包丁召喚!』


震える両手で包丁を握り、魔王に向けます。


「だが、今この命をお前にやる訳にはいかぬ。

一年、いや半年待て、人間との和平が成立するまで・・・」


「何を・・・勝手な・・・」


「ああ、これでも魔王だからな。

俺は我が道をいくだけだ」


「半年待てば・・・」


「ああ、俺の命をお前の手に委ねよう。

魔王の証文だ」


魔王は空間に指を這わせ、パチンと指を鳴らして一枚の紙を出現させた。


「約束を違えれば俺は灰になる。この証文を持っていろ」


「魔王!」「お兄さま!」


魔王はもう一度指を鳴らした。


「俺とお前以外の今の記憶を消した。

さあ、食事をさせてくれ」


「・・・はい」


何とか立ち上がり、料理を温めなおす。


「ぬおーっ!生姜焼きをガーリックトーストに乗せて食うと絶品だな!

かぁ、クマ肉。お前旨すぎるぞ!

キノコのパスタだと・・・、明日魔界のキノコで試してみようぞ!」


「お兄さま、お料理は逃げませんわよ」


「マーサ、あなたのセリフとは思えませんね。

私の眼には、ああ兄妹だなとしか映らないわ」


あとのことはスタッフに任せて部屋に戻りました。

お父さま、お母さま・・・、そのまま泣きつかれて眠ってしまったようです。



翌朝、老夫婦が部屋に来ました。


「サキ、お客様は・・・魔王様は帰られました」


「・・・はい」


「今まで騙していてすまない」


「えっ?」


「私たちは、64代魔王ストーグ様の配下なのだよ」


「配下?」


「10年前、ストーグ様は魔王の後継者争いのさ中にいた。

あの日、奇襲を受けたときに、君のご両親を巻き込んでしまったのは事実だ。

私たちも、あの場所にいたんだよ」


老夫婦は深々と頭を下げた。


「謝罪のしようもない。

魔王様は、せめてと私たちに命じて君を探し出し、そしてこの宿屋を手に入れて君を引き取った」


「魔王が・・・引き取ってくれた?」


「あの時、私たちは追われていた。君を連れていくことができなかったんだ。

だから、近くの民家に君を預け、落ち着いたら迎えに来るからと金銭を渡したのだが、反対派を粛正して魔王に就任するまで時間がかかってしまい、君は施設に送られた」


「あっ・・・」記憶がよみがえってきました。

きっと迎えにくるからと・・・握ってくれた手は父のものではなかった。

魔王の顔をはっきりと覚えているのは、襲われた時の顔ではなかったんだと。

約束を守ってくれなかったから・・・だからこんなに恨んでいるんだと・・・気が付きました。


「だからって、十年もほっぽっておくなんて・・・」


「何度も変身して来てくれていたんだよ。君の様子を見にね」


だから、昨日私のことを、何も言わなかったのに分かっていたんだ・・・



それから半年、魔王は何度もやってきた。

時にはマーサさんと一緒だったり、アイリッシュ様と一緒に。

そして、図々しくリクエストしてくる。

今日はガーリックトーストだとか、パスタをスープに入れろとか。


スープは塩味にして、イノシシの角煮を乗せろとかうるさく言ってくる。

それに合わせて麺も変化していき、いつしかラーメンという独立した料理になった。

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