第2話、蝶の舞うお茶会
二か月もすると、スキルは料理人・清掃員・お針子にアップしていました。
そして、私がお客さんの食事を作るようになって、美味しいと評判になり、お客さんも増えてきています。
スカーレットのキトンを作らせていただいた奥様も、月に一度はお見えになります。
「こちらが、新しく調合した染料でございます」
最近はバステルカラーに凝っていて、新作はパステルのブルー、パープル、イエローです。
「まあ、可愛らしい色合いね。近いうちに貴族の奥様友達のお茶会があるの。
夜会と違って、お庭でのパーティーだから、イエローだと映えそうね。
気遣いのない席だから、普通のワンピースにできるかしら」
「一週間いただければ」
「お願いするわ。
ああ、このハーブティーいいわね。リラックスできるわ。
それと、プリンといったかしら。このスイーツとても美味しいわ。
そうだ、今度うちでお茶会を開くときに、出張で来てくれないかしら。
本当は、ここから引き抜きたいんだけど・・・そこは我慢するわ。
だから、ねっ」
うちの一番の常連客です。断れるはずなどありません。
一日くらいなら、料理も仕込んでおいて温めてお出しするだけにしておけばいいし。
それにしても、アイリッシュ様って貴族だったんだ。
「細々と続けるつもりだったけど、こうなると人手が足りないわね」
「ああ、跡取りもできた事だし、おのお方と相談して人を雇うか」
収納を獲得してから、遠出する機会が増えてきました。
そして、掃除系のスキル、ブローを使って空も飛べるようになったので、雪山まで遠出した時にそいつが現れました。
【フローズン・シープ♀】
料理:食用。特に内臓。乳は生クリームとバターの原料となる。乳は美味。
掃除:排除対象
裁縫:毛質がよく防寒効果大。皮はなめして使える。
捕獲しますか?
「捕獲よ!」
最終的に3匹のフローズンシープを捕まえることができました。
オス一頭にメス2頭。
常温でも生息可能で、宿の裏に小屋と柵を作って飼うことにしたんです。
だって、スイーツに欠かせない生乳が確保できたんです。
これでバターだって作れちゃうのだ。
ちなみにサトウカエデという樹液の甘い木をみつけ、裏に移植してあります。
むふふ。早速スポンジを焼く。庭に植えたイチゴを摘み、ホイップクリームの出番です。
当然イチゴのホールケーキ!
出来上がりはカットして収納で保管。だって、収納は劣化しないんですから。
クレープも作り、プリンアラモードとシュークリームも用意しておく。
「なに!」「ダメよ私、これ以上は・・・」「ふぁー・・・」
すべてアイリッシュ様の感想です。
「城の料理人なんか目じゃないわ。
どんなに舌の肥えた貴族だって、どれか一品だけで一撃よ。
マリーナお姉さまに一泡吹かせてやれるわ。
ああ、私の開くお茶会が楽しみ・・・。
それと、このワンピース。この飾りボタンは?」
「貝殻を細工しました」
「こんな綺麗な、虹みたいな貝殻があるの?」
「ちょっと苦労しましたけど、探しました」
「シンプルな作りよね。リボンがアクセントになっていてすっきりしている。
でも、よく見ると目立たない蝶の刺繍が入っていて、しかも、蝶の形をしたこの小さな飾りボタン。
通好みよね」
「地味でしたか?」
「とんでもない。室内だと目立たないけど、陽のあたった途端に派手すぎない程度にキラキラしてるじゃない。
これも、お姉さま方の反応が楽しみだわ」
数日後、アイリッシュ様が駆け込んできた。
「サキ!あなた、何てことをしてくれたの!」
「えっと、本日はお茶会の日ですよね」
「そうよ、あのワンピを着て出かけたわ。
馬車の中や室内では何でもなかったわ。珍しい色合いで落ち着いてるけど、デザインがちょっと古いかなとか言われてね」
「はあ」
「外に出た途端に蝶が舞い始めたのよ、私の周りで・・・」
「はあ、投影型の糸と刺繍を施しましたから・・・」
「お姉さま方は絶句したわよ。遠くで見ておられた王様はお茶をこぼして火傷したわ」
「はあ、王様が・・・」
「カップを持つ私の手にも蝶が留まったわ。もう、全員が無言のお茶会なんて想像できる?
笑っちゃったわよ。私一人で大笑い。
だって、お姉さま方の度肝を抜くなんて大満足よ!」
「よ、よかったんですね」
「もちろんよ!
あのスカーレットのキトンを着て出た夜会以来二度目よ、こんなに楽しかったのは」
翌月、アイリッシュ様主催のお茶会で三度目が訪れることになります。
パチィシエとして参加した私は、アイリッシュ様の素性を知ることになりました。
第三王女、アイリッシュ・ド・ファンベルク。
結婚はされていますが、現職の外務大臣で対外的な都合もあり旧姓を名乗っているそうです。
出席者は、王族が4人と公爵家夫人が3人。
アイリッシュ様を除く、おしゃべり好きな6人を沈黙させた私には、マダムサイレンサーというよく分からない二つ名がつきました。
「ダメ!口を開いたらこの香りが逃げちゃう…」モゴモゴ
私はしがない家事職の娘。
幸いなことに、アイリッシュ様が私の素性を黙っていてくれたので、後を引くことはありませんでした。
半年が過ぎました。
今では食材の燻製とかも手掛け、冬の備えも万全です。
フローズンシープも子供が3頭増え、順調に育っています。
スキルも、庭師と飼育係・接客・美容部員と増えており、料理人はメインシェフを経て料理の達人になりました。
自分で狩ったイノシシでカツを作ったり、ステーキを焼いたりとレパートリーも増えています。
お針子は服飾作家となり、相変わらずアイリッシュ様の衣装を作ったりしていますが、時々新規の注文が入ったりします。
どうしても断れなくてと、アイリッシュ様経由でパステルカラーの子供服とかを注文いただきます。
清掃員は、一気に掃除の達人になりました。
この清掃には、染み抜きとかも含まれるんで重宝しています。
「サキ、また口紅を調合してくれ、少しおとなしめのやつがいい。
実は、魔族との交渉が始まってな、人間側の窓口にさせられた」
魔族と聞いて心臓がドクンと脈打ちました。顔に出ていないか心配です。
もう、忘れたはず、諦めたはずなのに、こんなに胸がざわつきます。
「だがな、今代の魔王はとても前向きなお方で、人との協調を強く望んでおられる。
魔族にも反対派が多いだろうに、力ではなく説得でここまで進めてくれている。
それに、とても澄んだ目をされていてな、初めて目通りを許された時には一目惚れしそうだった」
「ご主人に言いつけますよ」
そんなことが可能なら、なぜもっと早く実現してくれなかったんですか。
そうしたら・・・
いや、私のような思いをする人間が一人でも減ってくれれば・・・無理やり自分に言い聞かせました。
「うーむ、なぜ一夫多妻が許されているのに、多夫一妻は許されないのだろうか。
これは再考の余地があるな」
「はいはい、今日は新作のイチゴのムースをお出ししますから、早く食事を済ませてくださいね」
その日以降、時折魔族の宿泊客が混じるようになりました。
そんな時は、私は裏方に徹しています。
まだ、直接対応するには抵抗がありますから。
「お互いに、下見という形で交流が始まっているんだ。
元々の生活様式が違うからな、抵抗なく活動するための準備というやつだ」
「外見はそれほど変わりませんからね」
「よかった。サキには偏見はないようだな。
今度魔王の妹を連れてきてもいいか?
ここの食事やスイーツのことを話したら、とても興味を持たれてな。
ぜひ連れて行ってくれと頼まれているんだ」
「・・・」
「ダメなのか?」
「いえ・・・、私はいつも通り作るだけですから」
「そうか、じゃあ明日連れてくる」
「えっ、明日・・・」
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