夕暮れ

@HighTaka

本編

 茂じぃは縁側でぼーっとひなたぼっこを楽しんでいた。

 茂じぃは七十九歳、年齢のわりに足腰しっかりしているし、飼い猫の面倒はきちんとみる。ひとり暮らしだが、息子夫婦はすぐ裏の新築にすんでいるし、娘の嫁ぎ先も遠くない。合気道の達人であり、孫たちが小さいころはせまい庭に古畳をおいてにぎやかに楽しげに指導していたころもある。

 最近の嬉しかったことは孫娘が痴漢の腕をじいちゃん仕込みの技でねじあげたという知らせ。それも十年近く前のことだ。

 このごろは物忘れがひどくなってきて、少し気持ちが落ち込んでいる。このまま自分の面倒が見れなくなって施設行きになるのかと思うと憂鬱だ。

 しかし、このときの茂じぃの目の奥には光があった。

 世間では昨晩のくっきり見えた流星の話題でもちきりだった。不吉な色の流星だった。

「よ、茂さん」

 声をかけて遠慮なく庭にはいってきたのは二件隣の権三じいさん。歳はほぼ同じ。しばらく碁をうっていた仲だが、腕の差がありすぎたのでいまはつきあいがあまりない。

「おや権さん。もしかしてあんたも思い出しちまったのかい? 」

「茂さんもかい? ってえことはやっぱり封印が破れちゃったね」

「俺たちは秘密結社ぞるげの牙だった」

「いまどきの子がきくと笑われそうな名前だったよな」

「総統が適当にかっこよさそうな名前くっつけちまったからなぁ。その総統も今は寝たきりだが」

「で、俺があんたらを自分ごと封印したヒーロー天狗マン……今じゃぁ随分恥ずかしい名前だ」

「自分でつけたんだろうが。まあでもあんまり人に喧伝することなくひっそり戦ってたからよしにしようじゃねぇか。うちの孫がよくいう黒歴史ってやつだぁ」

「若かったからなぁ、ずいぶん激しく戦った。わしの家族も何人か手にかけらたし」

「わしらの仲間もずいぶん命を落とした」

「で、だ。茂さん、あんたこれからどうする? 」

 茂じぃの目がほのかに赤く輝く。

「返答次第じゃやるきかい? いや、若いころのあんたなら返答は関係ないな」

「さすがに青臭い若造でもなくなったしな。茂さんの弟さんを手にかけたのはわしじゃ。思い出してしもうたいま、あんたの気持ちを聞きたい」

「五十年以上たったが、あの悲しみは忘れてはおらん。だが、バカだがかわいい孫どもがずいぶんいやしてくれた。わしこそ権さんの考えを聞きたいぞ。それ次第ではもう一度怪人になるが」

「ああ、よかった。茂さんは茂さんじゃったな」

 権三老人は歯のない口をあけて満面を笑みで満たした。

「茂さん、わしもおんなじじゃ。ならば総統の伝言を伝えるぞ」

「総統が? 完全にぼけてる聞いたが」

「ああ、外見はそうじゃな。注意せい、ぼけとよばれてるじじばばの大半はぼけてるわけじゃあないぞ。そうなるように扱われとるだけじゃ。総統は念話がつかえるようなったが、あんまり遠くまで届かんのでわしが伝言を引き受けたのじゃ」

「で、なんというてた。あのケチんぼじじぃ」

「いろいろあったがみんなとなかような、とな。まあトシ考えたら当然じゃ。それと隔世遺伝で孫に怪人体質がおるかもしれんから注意してやれと」

「おお、怪人って遺伝するのか」

「そらあんたら遺伝子いじってるしそうなるじゃろ」

「そらまずいのう」

「うむ。なので彼らが道をあやまらんよう先輩怪人として、見守ってやってくれと。怪人力は世のためにつかってほしいとさ」

「おおお、なんちゅうこった。いまだと三分も怪人姿になれんぞ。心臓とまるわ」

「正義のウルトラじいさんってことでよろしゅうな。わしゃ茂さんが元気でうれしいぞい」

「権さん、それどういう意味じゃ? 」

「死んでもうたり、寝たきりになったり、ぼけてもうたやつの孫は誰が見ることになったと思う? 」

 権三老人は自分を指差した。

「ほんにおたくの総統は食えないじじいじゃ」

「いや、なんかすまんの……」

「ええよええよ。こんなじじぃでも若いもんの役にたつなら枯れ木に花でうれしいことじゃ」

 茂じぃは曲がった背筋が伸びる思いでかつての敵にふかぶかと頭を下げた。

「ほいじゃ、わしゃ次いかないかんので」

 権三老人は手をふった。

「おたがい、長生きしような」


 おわり

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