第9話 腹黒女の家庭的アピール
慎吾のお兄さんの婚約パーティーがあった次の週末の夜。定時で上がった私は、ジムにも寄らずに家で料理をしている。
今日の夕食は、ロールキャベツにほうれん草のおひたし、さんまの塩焼き、それから具沢山の味噌汁。
本当は料理なんて面倒だし、一汁三菜なんて言うけど、こんな細々とした料理は大嫌い。
だから普段は適当に野菜や肉をぶちこんで鍋にしたり、炒めたり、とにかくワンプレートものばっかり。
小分けしようが、一気にまとめてぶちこもうが、とれる栄養は一緒でしょ?
でも、今日は慎吾がくるから別。どうでもいい貧乏男ならともかく、セレブな御曹司様は特別なの。
ちょうど全ての料理が出来上がった頃にインターホンがなったので、いそいそと玄関へ向かう。
「いらっしゃい、慎吾。あがって?」
予想通り、玄関の外にいたのは、いつも通り高級ブランドのスーツと腕時計をつけた慎吾だった。にっこりと笑いかけて、早く部屋に入るように促す。
「お邪魔します。ネックレスつけてくれてるんだね」
「うん、慎吾からもらったものだから、いつもつけていたくって」
下品にならない程度に首元のあいた服からは、慎吾からもらったダイヤのネックレスをチラ見せし、あなたからもらったものはきちんとつけてますよアピールも忘れない。
さりげなくアピールして慎吾を満足させた後に、リビングに案内して早速作った料理を並べ始める。
「こんなものしか作れなくて、恥ずかしいんだけど」
小さな丸テーブルに作ったものを並べながら、恥ずかしそうに微笑んでみせる。
いただきます、と言ってから、一口食べると、慎吾は満面の笑みを浮かべた。
「すごくおいしいよ」
「よかった~。慎吾の口に合うのか心配だったの。自信なかったけど、そう言ってもらえて嬉しい」
ふふっと笑ってから、私も慎吾の隣に座って、食べ始める。
うん、完璧ね。おいしいに決まってるでしょ?
自分が食べるために料理をするなんて面倒だけど、セレブを手に入れるためなら別。
そのために、クソめんどくさい料理教室に何回通ったことか。
「だけど、時間かかったんじゃない? 仕事で疲れてるのに、ごめんね。ありがとう」
申し訳なさそうに、だけども嬉しそうにそう言った慎吾に、よっしゃ!と心の中でガッツポーズ。
計算通りね。慎吾みたいな小さい頃から高級なものを食べなれてるセレブは、意外と家庭的なものに飢えてるんじゃないかって読みが当たって良かった。
彼女が作った手料理、しかも自分のために時間のかかる手の込んだ料理なんて、ポイント高いはず。
家庭的な彼女を演出するために、普段はしないエプロンもわざわざ買ってきた。
もうアラサーだからやりすぎないよう、スタンダードな形の赤のチェック。髪はしっかりまとめて、ネイルは透明のものを。
それから、いつものナチュラルメイクを今日はすっぴん風メイクに変えた。もちろんすっぴん風というだけで、ベースからしっかり作り込んであるすっぴん詐欺だけど。
ここまでしたんだもの、成功しないなんて冗談じゃない。
恥ずかしそうにうつむきながらも、大げさに首を横にふって、それから慎吾との距離を一歩詰める。
「ううん、全然そんなことないよ。慎吾の喜ぶ顔が見れたら、疲れなんて気にならないよ。慎吾さえよかったら、またいつでも作るからね」
「いや、でも、なんか悪いよ」
「......おいしくなかった?」
急に遠慮し始めた慎吾に、さらに距離をつめ、上目づかいで彼をみつめる。不安そうに目をうるうるさせることも忘れずに。
「すごくおいしかったよ。そうじゃなくて、してもらうばっかりも悪いなって。
あ、そうだ。今日のお礼に今度53階のレストランに連れていくよ。この前のパーティーの時はゆっくり食べられなかったし、二人で一度いってみたいって言ってたよね?」
いよっしゃ!待ってました!
しめしめと、慎吾の提案に本日二回目の心の中でのガッツポーズ。
この前さりげな~くこそっと言ってみたかいがあった~!
誰がリターンもないのに、わざわざ味つけしたひき肉をゆでたキャベツで丸めたり、いちいち控えめエプロンまで買って家庭的アピールするものですか。
人間関係は、ギブアンドテイクじゃなきゃね。
「慎吾と二人でいれるなら、どこでも嬉しい。
でも、あのレストランすごく高そうなのに、私のこんな大したことない料理のお礼だなんて、そっちの方が申し訳ないよ。
それに、慎吾にはいつもごちそうになってるし、次こそは、私に払わせてね」
「それじゃお礼にならないよ。それにお礼って言ったけど、僕がやりたくてやってることだから気にしないで。真由にはいつも助けてもらってるし、彼女には何でもしてあげたいんだ。これくらいさせて?」
「......そう? 慎吾がそう言うなら……。ありがとう、慎吾。慎吾も私にしてほしいことがあったら、何でも言ってね」
にっこり笑いかけると、やっぱり今日も和やかムードになって、成功を確信する。
当たり前だけど、もちろん、最初から払う気なんてサラサラない。
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