第8話 三男御曹司の苦悩
「ごめん、嫌な思いさせて」
スーツの上着をとり、ネクタイをゆるめている慎吾をえらそうに上から目線で分析していると、突然苦笑いで謝られた。
「そんな、嫌な思いなんてしてない。
慎吾のことを心配してくださる素敵なお母様じゃない。慎吾を育ててくれたお母様なんだから、これからきっと仲良くなれると思う」
ベッドに腰かけた慎吾の隣に座り、うつむいている慎吾によりそうように、そっと腕に触れる。
本当は、性悪ババアと思った、なんて口がさけても言えない。言わない。
「......ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
力なく、だけど、ほっとしたように笑った慎吾に、もちろんよと優しく笑いかける。
もちろん、この私があの程度でへこむわけがない。
あんなプチ嫌がらせでいちいちメソメソしてたら、セレブ妻がつとまるわけがないでしょ?
「あんな感じで、家族みんなガツガツしてるし、攻撃的で、昔から少し苦手なんだ。
なんとなく、あの中じゃ居場所がなくて。
......悪い人たちじゃないんだけど」
相変わらず苦々しく笑いながらも、悪い人たちじゃないとフォローを入れる慎吾にはあきれてしまった。
どう考えても、クソとしか思えないけど。
兄にまでイヤミ言われてたじゃない。
どこまでお人好しなのよ。
「慎吾のご家族だもの、もちろん悪い方たちじゃないんでしょうけど、慎吾は安らげなかったのね。私が......、慎吾の居場所になれたらいいのに」
初めて慎吾の部屋に行った時に「ずっと一緒にいたいな」って軽く言っただけで、それ以来結婚を匂わせるような発言は極力避けてたけど、このタイミングを逃すわけにはいかない。一世一代の大勝負に出ることにした。
苦手な家族に会って疲れたのか、肩を落とす慎吾を包みこむように後ろから手を回す。
まだ付き合って2ヶ月、もちろんすぐに結婚話に進展するとは期待してないけど、「ただの彼女」から「結婚したい女」へと、慎吾の中で少しでも認識が変わればもうけものね。
「......真由」
私が後ろから回した手に触れた慎吾の反応に手応えを感じ、さらにもう一押しする。
「でもね、今日少しだけショックだった」
「......え?」
「お兄さんから私のことを聞かれた時、慎吾一瞬戸惑ったでしょう? やっぱり私のことを彼女だって紹介するのが恥ずかしかったから?」
「だから違うって。恥ずかしいなんて思うわけない。そういう意味じゃなくて、あれは……」
悲しそうな声色で慎吾の背中にもたれかかるように頭をのせた私に、慎吾は驚いたように振り向き、あわてて否定する。
「いいよ、慎吾。分かってる。私と慎吾じゃ世界が違うって。慎吾と付き合えただけでも、私......幸せだから」
否定はしたものの、言葉に詰まってしまった慎吾に弱々しく笑ってみせると、慎吾は大げさに首を横にふった。それから、私の両肩をつかんで、まっすぐに私の目を見つめる。
「真由、違うよ。本当にそうじゃない。
まだ付き合ったばかりだけど、真由のことは本気で好きだよ」
飾り気のない慎吾の言葉に、まっすぐな瞳。 嘘を言ってる雰囲気ではなさそうだけど……。
今まで私から言うことはあっても、慎吾からはっきり言われたのは初めてな気がする。
慎吾は私のこと本気で好きになってくれたの? いや、そうじゃなきゃ困るけど、あまりにもまっすぐな慎吾に心が揺れる。
一瞬だけ、私の心の中には大してないと思っていた良心が痛んだけど、すぐに私は猫をかぶった。
「......じゃあ、どうして?」
慎吾が遊びで付き合える性格だとも思えないけど、あのとき、慎吾は一瞬だけ、ほんの一瞬だけだったけど、それでも確かに、慎吾はお兄さんに私を紹介するのをためらった。
他の家族には全くそんなことなかったのに、一番上の兄にだけ。それがどうしてかが気になる。
「......兄だからそういうわけにもいかないけど、あの人にだけは紹介したくなかったんだ」
「どうして?」
言いにくそうに、ようやく口を開いてくれたけれど、何が言いたいのかよく分からない。なんだか歯切れの悪い言い方。
「......前の彼女が、兄さんと浮気してたんだ」
「それって……」
うわ、悲惨。慎吾には、結婚直前までいっていたけれど直前に逃げられたと噂になっていた元カノがいたことは交際前に調査済み。
慎吾が言うには、慎吾の一番上のお兄さんとその彼女が浮気していたらしい。それに気づいた慎吾が彼女を問い詰めたら、認めたうえに、翌日には現金とパソコンを持って蒸発した、と。
......悲惨すぎる。私だったら、もうどっちの顔も見たくない。
「何か事情があったのかもしれないし、兄さんも悪い人ではないんだけど。……昔から困った人なんだ」
どんな事情よ。どんな事情があったとしても、弟の婚約者を奪うなんてどうかと思うし、どう考えたっていい人には思えない。
兄と彼女は最低だけど、困った人で済ませる慎吾も慎吾だ。婚約者を奪った兄を許すってどうなのよ。
家族と同じく、悪い人ではないと再びフォローをいれた慎吾にはあきれるを通り越して、だんだんイライラしてきた。
「……そんなことがあったのね。
私も、前の彼女みたいにお兄さんに……他の男の人に揺れると思ってる?」
「......正直分からない。僕よりも魅力的な人はたくさんいるし、兄さんと僕だったら、どう見ても兄さんの方が男として上だから、そっちにいかれても仕方ないとは思ってる」
まあねぇ。総合的にみると、慎吾よりも兄たちの方が上なのは否定できない。
慎吾の父は、今慎吾がつとめている会社の系列会社の他にもいくつか会社を経営しているらしい。言われたことをさらっとこなすタイプの二番目のお兄さんが、そのうちのひとつをもうすぐ任されることが決まっていて、信頼も厚い優等生。
二番目のお兄さんが優等生なら、一番上のお兄さんは自分で起業までしているアグレッシブで才能溢れるタイプみたい。
つまり三人兄弟の中で、コネ入社でなんとか会社に入れてもらった慎吾だけが落ちこぼれというわけだ。
「もちろん慎吾のお兄さんたちなんだから、素敵な方なんでしょうけど......。
私には慎吾(のお金)だけ。他の人に揺れたりしない。今日だって、慎吾よりもひかれる人なんて一人もいなかった」
私から目をそらした慎吾の手を両手で握り、彼の目をまっすぐに見つめる。
兄と比べて慎吾が悩む気持ちも分からなくもないけど、別にそこまでウジウジする必要もない。
残念でもなんでも、御曹司に生まれたというだけでそもそも人生勝ち組なんだから。
いくら、兄たちが優秀で、弟が落ちこぼれでも、遺産を相続する権利は平等にある。
御曹司としてのコネ、遺産を相続する権利。
イケメン長男御曹司は捨てがたいけど、やっぱり三男御曹司の方が狙い目よね。
「私は、慎吾(のお金)がいい」
兄御曹司が結婚してくれるならともかく、慎吾の元彼女が蒸発しても兄は何もしてないところをみると、ただの遊び相手だったんだろう。慎吾には悪いけど、頭の悪い女。
男として魅力的だった? それがなに?
結局慎吾とも別れて、兄御曹司も捨てられ、彼女はセレブ妻の座も男も手に入れることが出来なかった。
完璧な長男御曹司のたった数回の遊び相手にされるよりも、残念な三男御曹司と結婚する方が確実に得するに決まってる。
慎吾の元カノは違ったみたいだけど、私なら、さすがにそれくらいの簡単な計算はできるわ。
「やっぱり真由って、そういうとこすごいね。
逆に気持ちが良いよ」
「そういうとこって?」
「はっきりしてるところだよ。もしも真由が僕を選んでくれたとしても、これからも僕と付き合い続けるなら、あの人たちとも付き合わなきゃいけなくなる。前の彼女は、それがだいぶストレスだったみたいだ」
「大丈夫、私に任せて? 慎吾のご家族だもの、きっと上手くやれると思う。これでも私、意外とたくましいから」
なるほどね、ストレスがたまった彼女を兄が上手くたぶらかした、と。
勝手な予想だけど、慎吾の元カノが浮気した理由を推測してみても、婚約者の兄にいくのはさすがにどうかと思う。
家族を捨てて、自分を選んでくれるとでも思ったの? そんなわけないのにね。
心配しなくても、もちろん私はそこまで繊細ではない。
遺産争族(相続)、法廷争い、ばっちこいよ。
もし何かもめて裁判沙汰になったとしても、金のことに関しては一歩も引く気はない。
慎吾は優しいし家族だから、徹底的にあの人たちと戦うなんてできないでしょうけど、私にとってはしょせん他人。
そこは全て私に任せてくれたらいい。
きっと上手くやってみせるわ。
「さっきのパーティーで慎吾がお母様に言ってくれたこと、すごく嬉しかった。
お母様も慎吾を思ってのことだとは、もちろん分かってる。でも、慎吾が守ってくれたことは、素直に嬉しかった。ありがとう慎吾。
慎吾はいつも私を守ってくれるし、大切にしてくれる。だからね、......私も、慎吾を守りたい」
正面から慎吾に抱きついて、甘えるように身を寄せる。
拝金主義で腹黒だとは自覚しているけど、こう見えても意外と義理堅い性格(?)なの。
慎吾が私にそれ相応のもの(お金)を与えてくれるなら、リターンはするつもり。
慎吾を害するものから、全力で慎吾を守る。そうすれば、結果的に私の得にもなるもの。
それに......
さっきかばってくれたことが嬉しかったというのは、本心だった。
頼りなさそうで、気が弱そうだけど、しっかりしてる部分もあるし、意外と男らしいところもある。普段の慎吾とのギャップに、少しだけドキッとした。
「慎吾が大好き」
「はは……、やっぱりそういうとこいいね」
「ねえ、さっきから本気にしてないでしょ。
私は本気で、」
「分かってるよ。″本気″なんだよね。
嬉しいよ、僕も真由が好きだから」
なんだかはぐらかされてるような気がしたけど、私が何か言う前に両手を掴まれて唇を塞がれる。
それから、慎吾はゆるめていたネクタイを外して、私をベッドに沈めた。
簡単なようで妙にガードが固く感じる時もあるし、私には理解できないくらいにお人好しだし、しょっちゅうイライラさせられるけど、不思議と慎吾には嫌悪感を感じない。
もちろん、慎吾の一番好きなところは財力。だけど、慎吾のバカみたいにお人好しで素朴なところもまあまあ気に入っている。
首筋にキスを落とす慎吾に応えるように、彼の背中に手を回すと、慎吾の手が私の首の後ろに回った。
……ネックレスを外された?
邪魔だったのかなと考えていると、また首に何かつけられたような感覚を感じ、さすがに不思議に思って慎吾を見る。
慎吾の目をみつめても何の反応もなかったので、首元に手を持っていくと、そこについていたのはさっきまで私のつけていたネックレスとは違うものだった。
「何……?」
その違和感に体を起こして立ち上がり、鏡の前で見てみると、私の首元にはダイヤのついたネックレスが光っている。
「慎吾、これって……」
ベッドにいる慎吾の方を振り向くと、慎吾は小さく笑っていた。
「本当はドレスも用意してあげたかったんだけど、時間がなくてそれしか用意できなくてごめんね。渡すタイミングもなくて、変なタイミングになっちゃったけど」
「……嬉しいっ!!」
こんなに高そうなものをそれしかって言っちゃうなんて……、やっぱり男はセレブに限る。慎吾が最後まで言い終わらないうちに、慎吾に飛びつく。
これだから、残念御曹司の恋人はやめられない。
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