第3話 落とす楽しみ
それからは、あえて恋愛ネタは避けて、普通に世間話をしながら、食事を終え、例の高級車でアパートの前まで送ってもらった。
一気に攻めても良かったけど、無理は禁物。
いくらお人好しの簡単御曹司でも、あまりガツガツいって引かれたらおしまいだもの。
「ここですか?」
アパートのお客様用の駐車場に車を止めた九条慎吾にうなずいてから、彼によそゆきの笑顔を向ける。
「はい、ありがとうございました。今日はすごく楽しかったです。また、誘ってもらえますか?」
「はい、もちろんです。けど、......」
「けど?」
ここまでは完璧だったはず。
それなのに、煮え切らない九条慎吾に背中にヒヤリとしたものが走る。
「いえ、真由さんの気持ちが分からなくて……。なんでわざわざ僕を誘うんですか?」
九条慎吾はやっぱり居心地が悪そうにしながらも、少しだけ顔を赤くしながら私の様子を伺っている。てっきり引かれたかと思ったら、押せばいけそうな感じ?
「私の気持ちを知りたいんですか? ふふ、そんなの決まってますよ。慎吾さんにまた会いたいからに決まってます。……ふたりっきりで」
所在なさげに視線をさまよわせている九条慎吾に思い切って近づいて耳元でささやくと、九条慎吾はあわてたように私の肩を押して突っぱねる。
さすがにやりすぎた?
でも、ここが押し時よね?
ここでいかなきゃいついくのよ。
「……あの! 真由さん、本当にからかわないでください。僕単純なので、本気にしますよ?」
よし、きた~!! あと一押しでいけそうな反応に待ってましたとばかりに心の中でガッツポーズをしながらも、可愛い女を演じることを忘れない。上目遣いで獲物を見つめ、最後の一押しをする。
「私も本気ですよ?」
「それは、どう思えばいいんですか?
友だち以上の関係を望んでもいいんですか?」
「慎吾さんが望んでくださるなら、ぜひ。
実は私、慎吾さん(のお金)のこと前から気になってたんです。今日お話して、ますます素敵な方だなって思いました」
ふんわりほほえみながらも、ほんのすこし恥じらうように一瞬だけうつむく。
「僕も真由さんのこと、可愛い人だと思ってました。だから、今日誘ってもらえて嬉しかったです。じゃあ、これからお互いのことじっくり、」
じっくり知りましょう、と言われる前に、運転席と助手席の間に置かれた九条慎吾の手に、自分の手を重ねた。
じっくりなんて待っていられない。その間に残念御曹司を狙う私みたいなハイエナ女に横取りされたら、悔やんでも悔やみきれないわ。
「そんな風に思っていただいてたなんて、嬉しいです」
手を握ったまま、九条慎吾の目をただひたすらじっと見つめる。
「真由さん......?」
ただ、ひたすら無言で。
「あの......っ」
何も言わずに見つめ続ける私に、九条慎吾は困惑しているみたいだったけど、それでも見つめ続ける。
しばらく無言の戦いが続いたあと、ついに九条慎吾は根負けしたかのように小さく息をはいてから、私を抱き寄せて唇を重ねた。
それから、観念したように、こう告げた。
「......付き合ってください」
「はい、よろこんで」
......勝った。やった、ついにやったわよ。
ふ、ふふふ……!! 勝利を確信しつつも、いつものよそゆき笑顔でほほえむ。
九条慎吾の車から降りると、何事もなかったかのようにエレベーターに乗る。そして三階の自分の部屋に入り、ヒールをぬいでコートをハンガーにかけた。
それにしても.....。
こうも上手くいくと、逆にこわいくらいね。
簡単すぎない?
もう少し粘るかと思ったけど、あっけなかったわね。落とす楽しみはどこいったのよ。
御曹司なのにあんなに簡単なのは、日本で九条慎吾くらいじゃない?
まあいいわ。これで、セレブ妻へ一歩近づいたわね。
「ふっ......ふふっ......ふふふ.......」
ああ、もうダメ。抑えられない。
残念御曹司といるときは必死にかみ殺していた笑いが、今になって溢れ出す。
......一回いっとこう。テレビの電源をつけてから、大きく息をすいこむ。
「いよっしゃあああぁぁ!! しゃあああ!!」
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