36



〈エリア10、アシュリィが確保!〉


「チッ…やられたか。」



 テリッカドクが始まり、もう30分程が経過した。予想以上に…苦戦しているな。


「向こうはアシュリィとリリーナラリス嬢以外まともな戦力はいない。ベンガルドは要警戒ではあるが…。」


 俺もここいらでベンガルドを探しに行くか?奴の捕獲はパリス含む3人に任せてある。




「アンドレー。全員に伝達しろ、俺とティモはこれより敵大将の捜索に回る。」


『はいっ!』



 今のは通信魔法で、我々の不可侵領域に伝令係が待機している。


 そもそもアシュリィは杜撰な作戦しか立てていないようだが。

 テリッカドクは大将と護衛。全員を繋ぐ伝令要員。エリア攻略隊、防衛隊。敵大将の捕獲要員。遊撃隊…と細かく配置を決める必要がある。作戦や戦力によって人数は変動するが。

 エリアを奪われたらどうするか。逃走ルート、アシュリィゴリラに遭遇した場合の対処法等…俺のチームは会議を重ねてきた。


 だがベンガルドチームは動きからして、十中八九「とにかく攻撃!大将を見つけたら捕まえる!あとは臨機応変!」といった単純なものとしか思えない。

 実力はあっても…彼女は司令塔に向いていないんだな。どちらかというと、忠実に任務をこなす方が得意と見た。



 ん?考えながら走っていたら、ティモが服を引っ張る。


「どうした?」


 ティモはどこかを指差す。んん?遠くに…。



「アシュー。アシュッシュ、アーシュ♪」


「なんだアレ。」


 アシュリィの…分身?何か歌いながら、瓦礫の上で足をブラブラさせている。あそこはエリア7だな。ふむ…奪いに行くか。




「シューーーッ!?」


「逃げた、あいつが番人か!」


 あんなチビ、すぐに捕まえて…素早っ!?

 見失う前に…!チビに手の平を向け、魔力を集中させる。



「『重力反転』!!」


「アッ!?」


 チビの身体が浮いた!続けて行くぞ、ティモ!



「……………!」


 彼のように、言葉を発せずとも魔法は使える。かなりの集中力と努力を要するが。

 言霊を使えない以上…心の中で強く念じ、イメージし、形にしなければならない。


 ティモの両手が淡く輝く。光の粒が網のように変化し発射、チビを捕らえて引き寄せた!



「よし。ではこのチビを……。」


「あ…あしゅ~…ぅ。」


「「………………。」」


 チビが…ティモの腕の中で、目を潤ませて小刻みに震えている…。



「……………。」じーーー


「…わかってる、その目をやめろ…。」


 俺だってこんなチビに攻撃する趣味はない。たとえ生き物じゃないとしてもな。

 番人は倒さずとも、1分以上エリアの外に出してしまえばいいんだ。そのまま中立地点に移動した。


「シュ~ッ!アシュウ!」


「こら、暴れるな。」


 責任でも感じているのか、必死に逃れようとする。だが…。



〈エリア7、デメトリアス・グラウム殿下が奪取!権利がアレンシアチームに移行する!〉


「アシューーー!!」


 チビががくり…と項垂れた。よし、これでまた引き離した。

 これ以上拘束する理由は無い。ティモがそっと地面に下ろすと…。



「アーシュ。」


「「………………。」」


 俺の裾を掴む。そしてよじ登り…頭に座った。


「フンシュッ。」


「どうしろと…。」


 離れないので、連れて行く事にした。アシュリィに会ったら返そう。

 さて、エリア7にゴーレムを配置しとくか。土ではなく瓦礫で作り…よし完成。




 どどどどど…



 ん?嫌な予感が、近付いてくる…?



「あーっ!!やられたっ、デメトリアスめー!!」


「ふん…来たかアシュリィ!」


「…むむ、ミニアシュ懐いてるな?」


 これはミニアシュと言うのか。丁度いい、返すぞ。と差し出す。


「んー…いや、連れてっといて。邪魔はしないと思うからさ。」


「なんでだ!」


「だってミニアシュが貴方と一緒にいたそうなんだもん。」


 は…?チビと顔を合わせると、ニコニコと笑った…。




 まあ……邪魔しないなら。




〈エリア13、リリーナラリス・アミエルが確保!〉


「おっ!やったねリリー!」


 これで4対3か…領地の奪い合いが激しい、これではイタチごっこだ。



「ふん…行くぞティモ!」


 これ以上の領地戦は不要だ、大将を探し行く!


「させるかっ!ランスを捕まえる気だな?足止めさせてもらうよ!」


「ほう…?」


 アシュリィは不敵に笑い、俺達の前に立ちはだかる。面白い…!



「魔族殿にお相手していただくとは光栄だな!」


「思ってもいない事を!さあ掛かって来い!」


 ふん…!見ていろ!



「『強化』!!」


 魔法で魔族に勝てるとは思わん!なので…俺達のエリアに誘導する!

 当然彼女も気付いているだろうが、誘いに乗って来た。エリア6に到着だ!


「ふふん、どうするデメトリアス?」


「どうもこうも、5分耐えるだけよ。」


「(…?私に10kgの重りなんて効かないのに。何が狙いだ…?)」



 ふ…行くぞ!



「『破壊の跡』!」


 アシュリィを囲む廃墟を爆発させ、動きを封じる!これで倒せると思ってはいないがな!!落ちる瓦礫を通り抜け迫ってくる、今だ!!


「っ!?な、足が動かない…!?」


「悪いが女とはいえ、魔族に手加減など出来んぞ!!!」


 ティモは相手を封じたり、守りの魔法を得意とする。そして俺は物質の操作及び、風を扱う事に長けている!!



「『風神の息吹』!」



 ゴオオオォッ!! 轟音と共に、アシュリィを風の中に閉じ込めた。だが…!




「ふふふ。これでも当代魔王の娘…手加減なんて、片腹痛いわね。」


「………!!」



 雰囲気が、変わった。風の向こうでも分かる程に…赤い目が妖しく光る…!!

 竜巻の中にいるはずなのに、その余裕はなんだ?彼女はゆっくりと両腕を上げると…。


 バアンッ! と俺の風が、弾けた!?魔法ではなく、圧倒的な魔力で内側から爆発させたのか…!

 …っ!とても耐え切れず後ろに吹っ飛ばされた。まずい、瓦礫にぶつかる…!!



「あっ!危な…!」


「アシューーーッ!!」


「なっ!?」


 チビ…ミニアシュが、瓦礫と俺の身体の間に…!何してるんだ馬鹿娘っ!!



「……あしゅぅ。ぁ…。」


「あ…!」


 ダメージを受けすぎたのか、ミニアシュが、にっこりと笑って…消え…駄目だ!!



「っと!…ふぃー、これでよし。」


「アシュッ!」


「え…?」


 せめて俺の魔力を…!と強く抱き締めたら、横から腕が伸びてきて…ミニアシュの頭を撫でた。

 消えかけていた身体は元に戻り、元気よく俺に頬擦りしてくる。


「う…自分の分身ながら恥ずかしい事するなあ。ほら、立てる?デメトリアス。」


 ミニアシュを癒した魔王の娘は…先程までの迫力は消え失せ、いつものアシュリィに戻っていた。

 伸ばされた手を無意識に取り、立ち上がると…



 …は?アシュリィの、服が。ズタズタに…!


「ありゃ。これは見苦しいものを…。」


「ぐああああっ!目が腐るッッッ!!!!」


「どういう意味だゴラァ!!?」


 なんで普通なんだお前は!?そりゃ全裸でもないが、胸とか見えそうだぞ!?

 モニターに映ってたらどうする気だ!と焦ったが。竜巻の時点で師匠が察し、あらかじめ接続を切っていたと後で知った。助かった…。



「うーんどうしよ。服を直すには上級魔法が必要なんだよな。」


「ああもう、これを着ていろ!!」


 どうしようもなく、シャツを脱いで上から被せた。俺が半裸になってしまったが、女をあんな格好のままにさせとくよりマシだ!!!


「おおう…なんだよ、紳士じゃん…。」


 俺をなんだと思っているんだ…?


「(ていうか…思ってたより初心うぶ?それにミニアシュの為に、泣きそうな顔になってたし。子供、ちっちゃいもの好きか?

 …知れば知るほど、デメトリアスって可愛い…ような?)」



 …なんだその目は。っそれより、ティモ!


「大丈夫か!?」


「…………。」こくり


 ほ…。

 さっきの風で転びはしたが、怪我はしていないな。腕を取って立たせると…。


「眼鏡は…?」


「!?」


 いつも、ティモの顔を隠す眼鏡が…。



「あったあった。はいティ…モ…?」


 その時。アシュリィが眼鏡を手に、近寄ってきて。

 ティモの顔を…正面から見た。

 彼女は目を丸くして。俺とティモの顔を見比べ…



「……っ!寄越せ!!!」



 急いで奪い、ティモの顔に掛ける。

 ……見られ、た。まずい、まずい…!

 頭が急激に冷えて、全身から汗が流れる。心臓が嫌な音を立てている…!!


「……………。」


 ティモが不安そうに俺の頭を撫でた。まずい…ティモの秘密を、知られる訳にはいかないのに…!!

 やはり一緒に連れて来るべきではなかった。だが国に置いておく訳にもいかなかった…どう、すれば…!!




「………………あんら~。」


「「っ!!!」」


 アシュリィの間の抜けた声に、揃って肩を跳ねさせる。拳を握り喉を鳴らし、次の言葉を待つが…。

 ティモの顔が、青かったのに赤くなってる?一体後ろで何が。振り向くと…。



「邪魔だな、脱いじゃお。」


「恥じらえメスゴリラ!!!」


 アシュリィが普通に足を上げてボロボロの短パンを脱ぎ…下着見えてるぞ!!シャツもずるっと引っこ抜き、その辺に放り投げる。最終的に俺のシャツをワンピースのように着こなし…こいつがチビでよかった…!




 ピーーーーーッ



〈アシュリィ=ヴィスカレット=ウラオノス。敵エリアに5分以上滞在しているので、ペナルティ発動します。〉



「おっと忘れてた。でもま、大した脅威じゃ…」


「アシュリィ。魔族のペナルティは2人共…100kgの重りだぞ?」


「──は?」


 瞬間。両腕両足と肩に…重りが降って来た。



「なんじゃこりゃあああっ!?ドラ◯ンボールかよ、ここは天下一武道会かっ!?」


 うわ…怖っ。ついでに服も降ってこないだろうか。

 流石にこれはキツかろう…と思ったら。


「なんちゃってー。このくらいならヨユー。」


 ティモと一緒にコケた。なんで平然としてるんだ…!






「うーん、全然応えてねえなあ。次は200kgにすっか。」



「大変だよディーデリック。君も200kg背負わされるよ?」


「200くらいならどうとでもなる。流石に500になるとキツいが…。」


「…魔族すご~い。」



「よし、次から500kgにしよう。」



 俺達の知らない所で、魔族のペナルティが増していたようだ。






「でも流石に動きが鈍るな。ではお2人さん、私はこれでっ!」


「ど阿呆が!!その格好で彷徨く気か!?」


「やー、私痴女じゃないし。どっかで監視の目を盗んで直すからお気になさらず……あ。」


 あ?視線の先を辿ると…。




「この辺でさっき竜巻起きてたよな…。」


「そうで……あっ。」



「「「「「……………。」」」」」



 アシュレイと…アイルが、来てしまった…。



「いたーーーっ!!!」


「まずっ、逃げ…なんだお前その格好!殿下も半裸だし!?」


 言ってる場合か!!足止めせねば!


「アシュレイは早く逃げろ!!」


「は、はいっ!」


 ティモの封印、俺の念動力で止める。これなら…!



「うわっ、ここにきて100kg+2人の妨害はキツい…!

 ではお祖父様直伝、解析からの分解!!」


 なっ!?俺達の魔法が無効化されて…こうなったら!!



「わっ!どこ触ってんの変態!!」


「うるさい苦肉の策だ!!!」


 物理で止める!アシュリィを羽交い締めにして、どうにか時間を稼ぎ…ん?

 ティモが俺の服を引っ張る。なん…?




「うわわわっ!まずいまずいまずい!!」


「ランス様、覚悟っ!!」


「すばしっこいんだから!!」


「逃しませんよー!!」



 建物の隙間から…シャリオン嬢、パリス、ララに追われるベンガルドの姿が……



「ティモ、追えーーー!!俺はこのゴリラを抑えつける!!」


「!!」こくん


「ぎゃーーーっ、増えたーーー!!あっアシュリィ様!たすけてー!!!」


「ランスの護衛どこ行ったの!えーいっ、アシュリィ☆フルパワー!!」


 なんだと!?よく分からんがこのままでは…あ?



 ズン… ズズ… ズシ…ン…



 なんだ…?大地を揺るがす、巨人の足音のような…?

 頭上に影が落ちる。パラパラと何か降ってきて…ゆっくりと顔を上げると、そこには。



「アシュリィ!さっきアシュレイを見かけたけど逃げられちゃった!」


「リリー!あっち行った、追ってーーー!!」


「分かったわ!」



 リリーナラリス嬢が…巨大ゴーレムを操り、通り過ぎる。

 ゴーレムは周囲の建物を吸収して歩くので、どんどん大きくなり…遮蔽物も減っていき…。



「ふっ、私のMPは残り5よ。最後に…アシュレイを潰す!!!」


「潰すなーーーっ!!」


 こうなったら…!先にベンガルドを捕獲する!!



「よっしゃ自由になった、待ってろアシュレイ!!」


 当然アシュリィもアシュレイを追う!重りも外れ…これは時間との勝負だ!…服直せよ!!?



「ララ、シャリオン嬢は回り込め!俺はこのまま追う、ティモは魔法で足止め!パリスはなんでもいいから攻撃しろ!!」


「くっそおおおぉぜってえ逃げ切ってやるあぁっ!!うおおおおおおっ!!!」





「リリー、捕まりそう!?」


「ごめんさっきから避けられる!」


「よし、じゃあこのままエリア14に追い込んで!私が先回りして捕まえるからっ!!」


「了解!!」


「ぎゃああああっ!?やばっ、死ぬ!!」


「アシュレイ様!こちらに…あっ。」ブオンッ


「アイルーーー!!」





 ベンガルド、なんという速さ…!魔法で捕まえたくとも、これ以上はMPが底を突く。

 だが回り込みに成功した、あと少し!



 ひゅーー…ん… どかっ!


「ぐええっ!?」


 手を伸ばせば届きそうだったのに…!空からアイルが降ってきた!!


「いてて…無事か!?」


「も…申し訳、ございません。巨大ゴーレムの腕に吹っ飛ばされまして…。」


 その割に全然怪我をしていないな?魔国で数年暮らしたと聞くが、どんな生活してたんだ…。



 アイルは休ませ追跡を再開する!くそ…捕まるなよアシュレイ!!

 ミニアシュが俺の顔に付いた泥を拭ってくれた…勝つぞ!

 途中で何度かエリアを奪った奪われたの放送があるが、一切無視してひたすら走る!!






「あはははっ!今年の4年生は面白いね~!」


「去年は違ったのか?」


「もっとアッサリ終わったよ。こんなに…一生懸命にフィールドを駆け回るなんてなかった。大将も見つかったらすぐ降参でさ。

 でも…こっちのが断然いいよね。デメトリアスもすっごく楽しそう、声しか聞こえないけど!」


「ああ…。私達も本気で掛からねばならんな。」


「おー、頑張ろう!」



 観衆は大盛り上がりだったそうだ。まあ俺やアシュリィが半裸だった為、映像は制限されていたがな。





 …アシュリィ。彼女は…なんなんだろう。

 俺は幼少期からずっと、ティモ以外…誰も信じられない生活を送ってきた。母…陛下すらも。


 たまに会うアルバートは…違ったけど。ジェイドも、ベルディ兄さんも。



 恐らくさっきのやり取りで、アシュリィはティモの秘密を感付いた。その上で、あのような強行策で話題を逸らした。


「アシュー?アシュッ。」


 ミニアシュが、俺の顔を覗き込み…頬にキスをしてきた。まさか、慰めているのか?



「…ありがとう。」


「アシュシュ~。」



 ……イベントが終わったら、アシュリィと話してみよう。

 何を、と聞かれても困るが…俺は





 ビーーーーーッ!!!




〈ベンガルドチーム、アシュリィ=ヴィスカレット=ウラオノスが敵将、アシュレイ・アレンシアを確保!!

 この試合、ベンガルドチームの勝利だ!!!〉




 ………な。



「何いいいいーーーっ!!?」

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