29
俺の名前はランス・ベンガルド。カーティー家三男に生まれたが、後継のいないベンガルド伯爵家に養子として迎え入れられた。
新しい両親も、使用人も、騎士団の皆もいい人ばかり。俺はかなりの幸運に恵まれたと思う。
そしてアシュシュと呼ばれる…アシュレイ・アレンシアとアシュリィ=ヴィスカレット=ウラオノス様。彼らは以前、ベンガルド家で修行をしたらしい。
「2人共とってもいい子なんだ。性格だけじゃなく、仕事ぶりも素晴らしい。
本音を言うと、揃って引き抜きたいくらいにね。」
顔合わせをする前から、父上や母上によく言われていた事だ。
息子は俺なのに…と少し嫉妬したのは内緒。
「アシュレイはランスと仲良くなれると思うし、アシュリィに惚れちゃってもいいぞ?殺人タックルを喰らう覚悟があればね。」
父上はそう言って笑った。その時俺の中でアシュリィ様は、ゴリラの化身を想像して慄いた。
なので実際顔を合わせたら…予想を遥かに超えて、可愛らしくて驚いた。
今だから打ち明けると、一目惚れした。父上は「アシュリィがお相手だったら、身分差もなんとかしよう。」なんて言っていたし…本気で求婚しようかと思ってた。
だけど…すぐに分かった。アシュレイが、常にアシュリィ様を見つめている事に。
それで…「む!負けねえぞ、俺も!」と気合を入れていた、のだが…。
俺は昔、自分の考えが正しい!という偏った思考の持ち主だった。「俺はこっちを貰った方が嬉しいんだから、皆同じはず!」的な。でも…。
俺はベンガルドの一員として、アシュシュの苦難を間近で見る事ができた。後から父上に聞いた話も多いけど…。
彼らは俺なんかが想像を絶する人生を歩んできていた。
アシュレイは家族同然の仲間達と生き別れになり、それでも腐らず前を向き続けた。
アシュリィ様もアシュレイを支え、父上の事業にも携わり、後に魔族と判明する強さを持っていた。だけど、心はどこか脆い部分もあったように見えた。
彼らだけでなく、リリーナラリス嬢やアルバート殿下も。そして奴隷になる寸前だった子供達…。
もしも何も知らない俺だったら。
「大丈夫!お前の家族は絶対元気にしてるって!でも探すんなら俺も手伝うから言ってくれよ!」
「アシュリィは可愛い上に万能ですごいなあ。何をしても上手くいくなんて羨ましいぜ!」
「あはは!本気で家族を嫌う奴なんている訳ないよ。リリーナラリス嬢も、いっぺん本音で話し合うといいぞ!」
「俺は殿下のズバズバ言うとこ好きですよ!殿下の魅力を分かんない奴は無視無視!」
「子供を売る親なんていないって!きっと何か悲劇があったんだ、父上に頼んで調べてもらおうな!ご両親もお前達を探してるさ!」
とか……無神経な言葉を、放ったに違いない…。
アシュシュは結果的に、世界を救うと言っても過言ではない働きをした。
アシュレイは公爵家の一員になる力を見せつけてくれたし。
アシュリィ様も、1週間も眠りにつく程力を使い切ったらしい。
俺は?子供だったから…ただ家で大人しくしていただけ。俺も同い年なのに…足手纏いにすらならなかった、蚊帳の外。
そんな俺に…彼らに掛ける言葉は見つからなかった…。
アシュリィ様に恋心を抱いている事すら恥ずかしかった。釣り合わないなんてもんじゃない…世界が違う。
アシュリィ様が魔国に帰った後…アシュレイとは親交があった。彼は父上を慕ってくれているし、トロと友人だからだ。公子であるというのに…俺にも、まるで友人のように接してくれる。
殿下も、リリーナラリス嬢も。そして…。
「ランス様?どうしたんですか、元気ないですね!」
「ミーナ…。」
リリーナラリス嬢の友人、ミーナ・シャリオン。寄宿学校に入学前から、何度か顔を合わせる機会があった。
彼女はなんとなく…昔の俺に似ていた。だけど彼女は相手を気遣う事もできるし、自分の主張を押し付けない…優しい子だった。
「ん…俺って、特に取り柄もないし。なんか…焦っちまって…。」
だからかな。アシュレイ達には決して言えない…本音を少し溢してしまった。
ほぼほぼ愚痴でしかなかったが、ミーナは静かに聞いてくれた。
「んー…わたし、ランス様に取り柄がないなんて思いませんよ?」
「え?」
何を…?だって俺、剣だってどれだけ頑張ってもアシュレイの足元にも及ばないし。
魔法だって、殿下やリリーナラリス嬢にまるで敵わないし。
勉強だって、そこそこ出来るけど1番にはなれないし…。
「いやいや、わたしもですよ。何かで1番になれた試しがありません!でもなんでか、気付いたら上手くいってる時もありますけど。」
それは…その。あの…いつもミーナにくっ付いてる、護衛の方じゃないっすかねえ…?
誰も何も言わないけど…なんか影の中に入ってるし。それ以外にも、大体周囲にいるし…怖いんだけど。
「わたし…ランス様の努力するところ。
相手の良いところを素直に褒められるところ。
自分の間違いに気付いたら、反省して直せるところ。
決して陰口を言わないところ。
何より…すっごく優しいところ!全部あなたの取り柄だと思いますけど?」
「え…?」
ミーナは俺を真っ直ぐ見据えながら言った。
「ですから、そんな事仰らないでください。それに…。」
?何、なんで口籠る?
「…何かのトップになれなくても。きっと…あなたを1番に想ってくれる…そんな人と出会えますよ!」
ミーナは頬を染めて、はにかみながらそう言った。
その笑顔を見た瞬間…
「………っ!!!」
心臓が一際強く跳ね、顔に熱が集中する。そう、俺は…ミーナに恋をしたんだ。
それを悟られまい!と思い顔を伏せる。どうしよう、どうしよう…!!
その言葉のお陰か、俺は少し前向きになれた。アシュレイ達に対する劣等感は露と消え、自分に出来る事をすればいい!と思えるようになった。
「おっランス様~。ひっさしぶりい。」
「ん、ジュリア?」
とある日、ヒュー卿と結婚したばかりのジュリアと話した。彼女は結婚後もベンガルド家専属を辞める気はないらしい、元々神出鬼没だったしな…。何か俺に用かな?
「いえね、大した事じゃないけどぉ…面白い予感っていうか?嵐が近付いてる気がするのよねえ。」
彼女の直感は本物だ。嵐…ってまさか?
「ふふ、まさかよねえ。それで…ね?これは独り言なんだけどお…。
昔はアシュレイくんが最後の砦だったんだけどお…多分もう、役に立たないと思うのよねえ。
盲目っていうか…会えない間に想いを募らせ過ぎちゃって。なんでもかんでも「アシュリィすげー!」で終わるわね。
リリーナラリスちゃんと殿下は、昔からブースト役…ってか追加燃料背負ってダイブするし。今後はランス様が砦かもねえ」
え、怖。いや無理。
反射でそう答えれば、彼女は声を上げて笑った。
「ま、頑張れ若人!って感じ?それだけ、じゃあね~。
そ・れ・と。専属魔法師ジュリアはぁ、魔法だけじゃなくて恋の相談も受け付けてま~っす♡」
「…………っ!!?なん、いつ気付いたっ!?」
「オホホホホ♡」
き、消えた…!ぐぬぬぬ…!!
そう、肝心の恋愛についてですけど。ミーナには…一線が存在していた。本人じゃなくて、護衛さんが引いたモンだけど…。
「この先に進むなら、覚悟しろ」と言われてる気がして…行動できなかった。俺情けない。アシュレイの事ヘタレとか言えない。
ミーナは優しくて朗らかで、笑顔がとても可愛い子だ。だから…好意を寄せる男は沢山いる。伯爵家で婚約者もいないから尚更。
護衛さんに気付かない奴らは、遠慮なく彼女に踏み込む。俺は…もっと鍛えてからアタックします!!
今は精々、同じ仲良しグループに所属するくらいしか出来ない。今年はそこにアシュリィ様も戻ってきて…デメトリアス殿下も加わり、一気に賑やかになった。
それに乗じて少しずつ距離を縮めているが、やはり決定打に欠ける。むむむ…!
そして本日。何故か俺は、シャリオン家に招かれた。理由は不明だが…アシュシュと一緒なので心強い。
「わたし、お母様がどこにいるのか分からないんですよ。だから今は、お父様と使用人の皆で仲良く暮らしてます!」
とミーナに以前聞いていた。まさか、失踪?それ以上はデリケートな部分だろうと思い、触れなかったけど。
今回はお父上にご挨拶せねば…!?と思い、着て行く服や手土産で一晩悩んだ。俺はまだまだ未熟者だけど、せめて第一印象だけでも良くしなきゃ…!
で、現在。
「………あの、伯爵様。何か…俺の顔に、付いていますか…?」
「いや?」
そっすか。じゃあ、なんで凝視されてるんすかねえ…。
あと使用人の皆さん。全員気配に覚えがある…護衛の皆さんですよね?
俺は取り柄は無いが…特段気配に敏感だ、という特技がある。姿を見せてない護衛さんも5人いるぅ…。
全員敵意…ではないけれど。警戒心、猜疑心、いや…俺を見極めようとしてらっしゃる…?
向かいのアシュシュに視線で助けを求めるも、笑いを堪えていて気付きゃしねえ。じゃあミーナ…。
「ごめんなさいランス様、お友達連れて来ちゃったから…皆喜んでるんですよ~。」
「はは…うん、ははは…。」
これが喜んで見えるのか。全く…。
そんなズレてるところも可愛い、なんて。俺も大概だな…。
「……あの、伯爵様。それに護衛の皆さんも…俺に何かご用…っでええ!!?」
「………………。」
ミーナ達には聞こえないよう、小声でそう言えば。は、伯爵様の目の色が変わった!!
いや、全員だ!!俺に向ける感情が、強い興味に変わったのが分かる…!!
「…………(この青年は確かに今、使用人ではなく護衛の皆さんと言った。つまりその本質に気付いている…?面白い…!
私のミーナを誑かす男がどのような者か見てやろうと思ったが、これは予想外だ。まさか魔族でもなんでもない、何か飛び抜けた才を持つでもない、平凡な青年が我らの正体に辿り着くとはな)
ジェーン。ミーナと一緒にそちらのお2人に、屋敷の中を案内してあげなさい。」
「はいですっ!では皆様、行きましょっか~。」
「え、あの、でも…。」
行かないでー!!アシュリィ様はチラチラ気にしてくれるが、結局行ってしまった…心強い味方があああっ!!!
バタン と無情にも扉が閉まる。
「さて…と。」
ひいいっ!?おおお俺、どうなるんすか…!?
「ランス・ベンガルド。」
「はひいいっ!!!」
一瞬の間に、伯爵と皆さんは俺の正面に移動していた。すごい…圧を感じる…!!!
「現在この部屋に…何人いる?」
「……俺を、含めて。21人です…。」
「……!(ほう…隠れている5人まで…!これはこれは…)」
ひい…皆さんニヤリと口角を上げていらっしゃいます…。しかも隠れてた方々もぬるりと姿を現しました。泣きたい。
「何故気付いた…?」
「ふ…普段から。ミーナ、さんの…護衛を、していらっしゃいますよね…?どんな魔法か知らないけど、ミーナさんの影に入っている方も…。
特に、先程出て行かれた…ジェーンさん?彼女は魔国にも一緒に来てたし…。」
「「「「………………。」」」」
ひょえええ…。俺が答える度に、皆さん笑みを深めていらっしゃいます。嘘ついたらヤベエ、と思って正直に話してるけど…逃げたい。
その後も質問に、全て答えていく俺。だが…皆さん徐々に近付いていらっしゃいます。チビりそう。
右隣に再び伯爵。左に執事のおじさん。後ろにはいっぱい…これが巷で噂の圧迫面接?
「ランス君…これが最後の質問だ。」
伯爵が…俺の肩を組みながらそう言い放つ。逃さねえぜ…間違えたら死…ってことか…!?
「うちの娘…どう思う…?」
その時理解した。
あ、この人達。ミーナの事…すっげえ大事に思ってんだな。今までの質問は全部…これを聞きたかったんだな…って。
だから…俺は…。
「…ミーナは。他者を思いやれる優しい女の子で。
どんな時も一生懸命で、楽しい事を見つけ出す天才で。
落ち込んでもすぐ復活して、苦しい時こそ笑顔を絶やさなくて。
穏やかに微笑むとすっごく可愛くて……っ!
お…俺は。そんな彼女が…好きです!!」
と。拳を握り…伯爵の目を見ながら、正真正銘の本音をぶち撒けた…!!
さあ、どうだ!もう俺は全部出し切った、後は煮るなり焼くなり好きにしろ!!!
伯爵は…ゆっくりと右腕を上げて…!!
「ランス君…合格だ!!」
「ふぁ…?」
今日一番の輝く笑顔で、親指を立ててみせた…。
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