25



 10分程でパメラは落ち着き、号泣したのが恥ずかしそうに目を伏せた。

 昔の…お屋敷で味方がトロくんしかいなかった頃。1人泣いていたリリーお嬢様を思い出して…放っておけないと感じてしまった。


 腫れ上がった顔を癒やすと、小さく「ありがとう」と言ってくれた。



「本当に…魔法って凄いわよね。」


「こんなの低級だけどね。」


「……アシュリィは、すぐこの世界に馴染めたの?」


「…私の記憶が戻ったのは6歳だったから。順応も早かったと思うよ。」



 嘘は言っていない。ね?



「でも、仲間がいると分かったら心強いわ。

 ねえアシュリィ、よかったら私の事は葵って呼ん──」


「パメラ。」


 それは、駄目。

 彼女は目を大きく開き、言葉を失っている。



「貴女はパメラ・スプリングフィールド。私はアシュリィ=ヴィスカレット=ウラオノス。

 軍神葵でも、神宮寺有朱でもないの。

 貴女の人格が葵のものでも、パメラの記憶と肉体を持つ貴女はパメラなの。」



 死者は蘇らない。

 自分の死を…受け入れなきゃいけない。

 貴女はずっと、パメラとして生きるのだから。



 まるで…昔の自分に言い聞かせているみたいで滑稽だね。



「厳しいかもしれないけど…でも」


「いいえ。その通り…よね。

 ありがとうアシュリィ、ハッキリと言ってくれて。

 …私はパメラ。侯爵令嬢として…生きる。」



 パメラは自分の手をじっと見下ろし、強く握った。

 うん、もうきっと大丈夫。




「それにしても、人を力士みたいに言わないでくれるかしら?」


「いやー、貴女の名前的にね。てかパメラ、大相撲詳しいな?」


 私達は席を立ち、会計を済ませて店を出た。

 道すがら…こういった軽口を叩き合う。前世に囚われるのは駄目だけど…こういうネタで盛り上がるくらい、いいよね?


「まだ小学生の時はね、放課後や休日はお爺ちゃんちに行ってたの。

 お爺ちゃんとお婆ちゃん…常に炬燵に座って、テレビでお相撲しか見てなくて…。

 私も一緒になって見てたのよ…。」


「あらまー。

 ところで…どうして貴女は魔族を怖がるの?」


「!!!………だって魔族って、人間を襲って食べちゃう怖い種族なんでしょ!?」


「ファッッッ!!?」


 ななななんつー風評被害!!

 よかった、周囲に人がいなくて!!



「…友達が「もうやらないから」って言って本体ごとくれたゲームがあって。

 それが…主人公が魔族に家族を殺されて、世界平和の為に魔王を倒す話なの。

 魔族は人間を生きたまま食べて…!ってやつ。」


「や…それはフィクションって、分かってるよね…?」


「もちろんよ!でも…現実にいると、少しは怖いじゃない!?

 しかも殿下は魔王の娘と親友だなんて聞いて…!ひーーー!!

 今までさんっざん迷惑かけて…食べられるうううっ!!って怖くてぇ…!」


「ふ…………ふはっ!」


 あっははは!何それおっかしい!

 彼女は本気で怯えてるけど、普段の魔族を知る私からしたら笑い話だ。

 だって皆…確かに力は強いけど、なんら人間と変わらないもの。



「ま、ゆっくり慣れていこうか。もう私は平気でしょ?」


「まあね…。もう1人のウラオノス様は怖いけど…。」


 ディードか。彼も優しいヒトだけどなあ。





 そうしているうちに寮まで帰ってきた。私達は同じアスル寮だから、一緒に行こう。



「いたいた。ただいまー。」


「あっ、アシュリィ!と…スプリングフィールド、令嬢…。」


「アミエル令嬢…。」


 友人達は男女共用スペースである、談話室に集合していた。

 パメラは無意識なのか、半歩下がって顔を曇らせる。さて…約束は守りますぜ。


「ねえアル、リリー。今は何も聞かないで…彼女の言葉を聞いてあげてくれない?」


「「…………。」」


 パメラの1番の被害者であろう2人。

 彼らは顔を見合わせるも、私を信じて頷いてくれた。


 私もパメラに微笑みかけ、頑張れ!と心の中でエールを送る。

 彼女はごくりと喉を鳴らし、意を決して前に出る。



「だ…第二王子殿下、並びにアミエル侯爵令嬢に、申し上げます。


 その……すみませんでしたああっ!!!」


「「えっ!?」」



 パメラは勢いよく腰を直角に折って、大声で謝罪した。


「今まで本当にごめんなさい!!!愛し合うお2人の邪魔をしたり、色々ご迷惑おかけしました!!!

 許されるとは思っておりません、望まれるのなら二度と視界に入らぬよう退学致します!!」


「いや~…えーっと?」


 おお、アルが珍しく戸惑ってる。


「というか第三王子殿下や、アレンシア様…アギラール様にも多大なご迷惑を!あああ謝る人が多いい!!もう学園中謝罪行脚待ったなしじゃない!?」


「おお、付き合うよー。」


 そんときゃ2人で僧侶のコスプレでもすっかー。

 私以外の全員は目がまん丸。でしょうね。


「…んと。君は…僕の事好きだったの?」


「…………はい、お慕いしておりました…。ですが、その…。」


「んー。アル。」



 この数時間言葉を交わし、パメラは素直な人なんだと分かった。

 だから、パメラの罪も全て背負おうとしているのだろう。


 それは見てるこっちが苦しいから。ズルかもしれないけど、お節介しちゃう。



「彼女はね、夢から醒めたの。

 もうあんな愚かな真似はしないよ、私が断言する。」


「アシュリィ…。」


 ゆっくりと顔を上げたパメラは、苦しげで居た堪れない気持ちになる。

 アルはうーんと少し悩み…。



「うん、いいよ。」


「え…え?」


 ぺかっと笑って、許してくれた。



「本当に反省してるみたいだし、アシュリィもそう言うし。

 事情はサッパリわかんないけど、もういいや。

 あ、でもここにはいない双子にも謝罪してあげて?彼ら伝統に拘るタイプだから、鳳凰会をめっちゃにされたのは超怒ってたからねー。」


「は…はいっ!必ず!」


「ふふ…私も謝罪を受け入れます。」


「アミエル令嬢…!あり、ありがとうございます…!」


 パメラは胸の前で手を組み、泣きそうな顔で何度もお礼を言う。

 アシュレイも、ジェイドも。怒ってないよ、と言ってくれた。


 まだまだ遠慮はあると思うけど。少しずつ…歩み寄れたらいいよね。






「でも貴女、その…綺麗なお顔をしてましたのね。

 失礼ながら…今までのお化粧で、ご自分の魅力を潰してましたわよ?」


「え…いっいえいえいえっ!

 リリーナラリス様こそお美しいです!それにスタイルもよくて…憧れてしまいます。」


 うん、パメラは美しいと私も思う。

 腰まである艶やかな黒髪。スラっと背は高く、スレンダーでモデルさんみたい。それでいて胸もあるし……チクショウ!!!


 何より今まで厚化粧と扇で隠していたという顔。

 リリーが女神であると言うならば、パメラは妖精って感じ?癒し系のような、笑顔がとっても可愛い!




「ところで…お前はどうして魔族を恐れる?」


「…えーと…。」


 男子も混じって雑談していたのだが。ディードがぶっ込んできた。

 まあ彼からすれば、本気で疑問なんだろうけど。


「そのぉ…えっと…!」


 パメラは青い顔でぐるんぐるん目を泳がせる。

 そりゃね…「食べられるぅ!」なーんて思ってたとか、恥ずかしくて言えないよね。


「?アシュリィに対しては普通のようだが…私はどうなのだ?」


「ひ…ひいっ!?」


 ディードがずいっと顔を近付けると、パメラは肩を跳ねさせて情けない声を上げる。うん、ビビってるね!

 ソファーから滑り落ち、ずざざざっ!と尻もちをついた体勢で逃げた。


 その反応に驚いたのか…ディードは追い掛ける。おいコラ、変態にしか見えんぞ。



「何故逃げる?私は別に、お前に危害を加えるつもりはないが?

 まさか…以前魔族に何かされた事が!?誰だ、相手は分かるか?」


「あわ、あわわわ…!」


 ディードは普段高位魔族として…敬われ、畏れられ、羨望の眼差しを送られる事が多い。

 パメラのように、純粋に「怖がられる」のは初めてなのだろう。そもそも魔国を出たのも最近だし。



「ちょっと…ディード、その辺で…!」


「きゃあ~!きゃああ!あっ!?」


 魔族としての責任感からだろうが、やり過ぎだ!

 壁際に追い詰められ、両肩を掴まれたパメラは…



「…た……食べないで~…ひいい…。怖いいぃ…。」


「あ…。」



 ついに泣いてしまった。

 静かに、ポロポロと。号泣ではないが…ガチでいらっしゃる…!



「おい…ディード…?」


「う…!すま、すまない、その。ぐあっ!!?」


 ディードを蹴っ飛ばし、膝を突きパメラをそっと抱き締める。

 すると彼女は私の背に腕を回し、すんすん言いながら泣く。



「ディーデリック…貴方…。」


「「ディーデリック様、サイテー。」」


 壁にめり込むディードに、リリー、ララ、パリスが軽蔑の眼差しを向ける。

 男性陣も「ないわー。」といった顔をしている。



「ディーデリック…流石の俺も引くぞ…。」


 デメトリアスが言うってよっぽどだぞ。




 その後猛省したディードは…パメラに誠心誠意謝罪して。

 パメラも恐怖は拭えないものの受け入れて。


 私達は、友達となる事ができたのだ。



 最初はアンナ・ナイトリーに並ぶ問題児だと思っていたけれど。

 こうして分かり合えて…本当によかった。今は心からそう思うよ。

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