24



 可愛らしく怒っちゃって、私から逃げて行くアシュレイ。

 私は今…彼になんて言おうとした?



 アシュレイが私に好意を寄せてくれているのなんて、ずっと昔から気付いてた。

 ただ…リリーやアルと同じ、友愛の類だと思ってた。



「……アシュリィ?」


「リリー。貴女はさ…アルの事好きだよね?」


「!…も、もちろんよ。」


 突然の質問に、彼女は頬をほんのり染めて目を伏せた。

 それは…友愛とどう違うんだろう。



「ララも、パリスも。ガイラードやトレイシーに対して…どんな感情になるの…?」


「「「……………。」」」


 3人は照れた表情で顔を見合わせる。

 うう…私の自慢の頭脳は、恋愛ごとでは幼児以下になるぅ…。



「…こほん。私は…アルビーの隣にずっといたい。私の話に笑ってくれたり、触れ合うと胸が高鳴るわ。

 私以外の女の子が近寄ったら嫉妬しちゃう。貴女とか…友人は別だけど。

 でもね?たとえアシュリィでも…挨拶のキスとかハグしたらモヤっとするわ!」


「わたしも…ガイラードさんにはわたしだけ見て欲しいです!

 だけど彼の近くには、アンリエッタさんやドロシーさん、アシュリィ様のような…素敵な女性がいっぱいで不安になります。

 皆さんに恋愛感情は無いと分かっていても、です。」


「ん~…ぼくは片想いですけど。魔国で、離れている間も…。

 今トレイシーは何してるのかな?ぼくの事…覚えてくれてるかな?まさか、彼女とかできてないよね!?

 会いたい。手を繋ぎたい。頭を撫でて欲しい。ぎゅっとしたい。

 ……好きって伝えたら。喜んでくれるかな?困らせちゃうかなあ…って。

 彼の事を想っていると、胸が温かくなります。」



 ………そっかぁ…。


 彼女達の話を聞き、自然と足が動き出す。

 どーせアシュレイの向かう先なんて、寮じゃなきゃトレイシーのとこかベンガルド邸だ。



「まだ、なんて言えばいいかわかんないけど。今はただ…。」



 ざっざっざっ、と。足早に廊下を進む。

 今は、ただただ。



「アシュレイの…顔が見たい…!」



 そう言葉にすると。必死に追い掛けてくるリリー達が…小さく笑った気がした。






「あ…アシュレイ…。」


 いた!予想通り職員室!

 アシュレイは私と目が合うと、明らかに動揺して固まった。だけど逸らす事はしない…。


 拳をぎゅっと握り締め。口を開こうとしたら…。



「あ…スプリングフィールド嬢…。」


 と、アルが思わずといった風に呟いた。



 恋愛ごとにまだまだお子様の私は…うっかりそっちに反応してしまった…!




「えっ、三月場所令嬢!?」


 パメラ・スプリングフィールド。

 私がいない間…友人達に大層迷惑を掛けてくれたとかいう侯爵令嬢。

 どんなツラをしてんのか拝んでやるぜ!と思っていたけど…。


 アルの視線を辿り、バッ!と振り向いた。

 すると背を向けていた女性が、「誰が大阪場所よ!!」と反論しながら私を見据える。




「あ…あなた。まさか、私と…?」


「………!」


 さっきの会話だけで互いに気付いたさ。

 彼女は…転生者だ!!



「アシュリィ、もしかして知り合いだったの?」


「リリー…。いや、初対面…なんだけど。」


 とにかく…彼女と2人きりになりたい。



「…初めまして。私はアシュリィ=ヴィスカレット=ウラオノス。貴女のお名前は?」


「!……スプリングフィールド侯爵家の娘、パメラと…申します。」


 彼女はスッとカーテシーをし、全身を震わせている。んー…。


「よかったら、2人でお話しませんか?」


「えっ!?…………は、い…。」


 私怖い顔してたかな…超ビビってる。

 いや、魔族が怖いのか?



「ごめんね、リリー、アシュレイ。私ちょっと用事が。」


「それはいいのだけど…。」


「アイル達も、先に寮に帰っててくれる?」


 三人衆は側にいる、と言ってくれたけど。

 ごめん、それだけは駄目なの。


 なんとか説得し、彼女を連れて学校の外に出た。

 私達の背中を見送る友人達にも、説明できなくて申し訳ないけど。






「ど…どうして街に、出たんですか…?」


「貴女、私の事怖がってるじゃん。」


 現在地はお客も多いカフェ。私なりの気遣いのつもりだったんだけどね。

 会話を誰にも聞かれないよう、遮音はさせてもらうけど。


 向かい合って座り、コーヒーで喉を潤す。さて…。



「単刀直入に聞くね。貴女…前世日本人?」


「…!そう、やっぱりあなたも!?」


「まあ…単なる転生とも違うけど、その解釈で概ね合ってるよ。」


 私はアシュリィありきの転生だからねー。そこは割愛させてもらう。

 だけどそれで彼女の警戒は大分和らいだのか、ようやく微笑んでくれた。



「よかっ…たぁ~…!

 私…私ね。いきなり…知らない世界に迷い込んだ、みたいで…っ。

 すっごく…不安だった…!」


「え…。」


 彼女…パメラは眉を顰めて、ポロポロと涙を流し始めた…。

 そっとハンカチを差し出せば…ぶびいぃぃんっ!!と鼻をかまれた…。



「……すみません、洗って返します…。ごほん。

 私、ね。今年の春に…高熱を出して生死の境を彷徨っていたらしいの。

 でも目を覚ましたのは…パメラ・スプリングフィールドじゃなくて、軍神アオイだったの。」


 ……強そうな名前だな。


「最初は本当に戸惑った。知らない人達が…私の両親を名乗るんだもの。」


 それは、うん。怖いよね。


「言われるがままに寄宿学校に行かされて、右も左も分からなかった。

 そこで…アルバート殿下を見掛けた時。

 唐突に…パメラの記憶が私に流れ込んできたの。」




 彼女が語ってくれたのはこうだった。



 パメラ・スプリングフィールドは…評判通り高飛車で、自分が社交界の華だと信じて疑っていなかった。

 アルを狙っていたのは、単にイケメンで『王子様』だから。

 王太子殿下はすでにご結婚されているし、年下のジェイドはストライクゾーンから外れているらしい。


 自分がリリーを蹴落として、アルに選ばれると…信じて疑っていなかった。

 その為に鳳凰会も乗っ取り、「未来の王子妃にそんな態度を取ってよろしいのかしら!?」という振る舞いを続けてきた。



「今は、私はそんな事考えてないわ…。

 王子様とか畏れ多い、天上すぎてどのくらい凄いのか分からないもの。」


 パメラは大きくため息をついた。

 そして両手で顔を覆い、穴があったら入りたい…と呟く。



「私はパメラの記憶を、全部持ってるのよ…。

 は…恥ずかしい…!勘違い通り越してイタすぎる…!

 殿下やアミエル令嬢に謝罪したいけど、私はもう顔を見せないのが一番じゃ…と思ってるの…。」


「……そっかぁ…。」


 嘘をついている風には見えない…本当に苦しんでいたみたいね…。


「私も口添えするから…とりあえず謝ってみる?」


「……いいの、かしら?アシュ…あ、アシュリィって呼んでいい?」


「うん、もちろん。」


「ありがとう。その…アシュリィの前世は?」


「……名前は神宮寺有朱。大学生の時、事故で死んだ。」


「死…。」


 ?パメラは顔を強張らせる。

 その後数分間沈黙が落ちるが…私は何も語らずにいた。



「……私。前世でお父さんはギャンブルとお酒に依存してて…お母さんが必死に働いたお金も巻き上げて。

 弟と妹がいて、2人にだけは苦労させたくなくて。私も中卒で働いて、学費にしてあげたかったけど。

 私のお給料も全部取られちゃって…ご飯も服も、満足に買えなくて…。」


「……………。」


「それで、あの日。私もう、我慢の限界で。お母さんと中学生の弟妹を連れて、家を出ようとしたの。

 お母さんはお父さんを恐れて動けなかったけど、なんとか説得したのに。

 酔っ払って寝ていたはずのお父さんが、運悪く起きちゃって…。」




 葵は職場の先輩に相談して、上司にまで掛け合ってくれたらしい。

 給料を前借り、という形でアパートを契約し、そこに移るだけだった。


 夜中に荷物を持ち、出て行こうとする4人。父親が悟るのは当然だろう…




「お母さんの足が恐怖で竦んじゃって、動けないうちに。お父さんは、包丁を持って、きて…。

 こっちに向かって走って来たの。私、咄嗟に前に出て。


 お腹に…冷たい何かが刺さった。それはすぐに熱さに変わって…っ!」


「…もういいよ。」



 パメラはお腹を強く抱き締めて蹲る。

 もういい。これ以上苦しまなくていい…。



「せめて、お母さん達は…っ、無事でいてくれたら、いいんだけど…!うあああああんっ!!!」



 彼女の横に移動して、そっと肩を支えれば。

 パメラは私を強く抱き締めて…大声で泣いた。

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